クビにされた会社を救う男たち 〜スティーブ・ジョブズの成長物語 ピクサー篇(8)
ジョブズと「トイ・ストーリー」のラセター監督。ふたりには共通点があった。共にテクノロジーとアートの交差点を愛していたこと、そして若き日に追放された会社をやがて救う天才だったことだ。時代を変えるふたりが、出会おうとしていた───。
音楽産業、エンタメ産業のみならず人類の生活を変えたスティーブ・ジョブズ没後十周年を記念した集中連載、第十八弾。
■天才をクビにしたディズニー社
彼は文字通り、待っていた。
CGでディズニー級の映画を創る。それこそ六〇年代、誕生したばかりのCGを見た学生時代からの、キャットムルのほんとうの目標だったからだ。ついにディズニー社が私のところにやってきた…。一九八二年のことである。
だが、デモンストレーションに張り切るキャットムルの心と裏腹に、視察団の反応は冴えなかった。
その背景にはAppleの創業が火をつけたパソコンのブームもあった。コンピュータが職場に入り込めば様々な職業が消える、Apple社の上場はそんな議論を巻き起こしていた。三十年後、人工知能ブームで同じ脅威論が再燃することを当時の人々はもちろん知る由もない。
しかし、若きジョブズがコンピュータ革命に人生を賭したのは、そんな「仕事の効率化」などのためではなかった。やがてコンピュータが人間の創造性を解放する道具になる。そう確信したからこそ、彼は永平寺に出家せず、起業したのだった。
皮肉にもAppleを上場成功に導いたApple Ⅱは、表計算ソフトがキラーアプリになって大ヒット。人びとの事務仕事を効率化した。その流れに乗ったのがソフトウェア産業のパイオニアだったマイクロソフトだ。
そんな時代の風潮にあって、「コンピュータに描画をまかせたら人件費を一挙に下げられるではないか」とディズニーの経営陣が考えるのは不思議なことではなかった。「スター・ウォーズ」のG・ルーカス監督のみならず、後のジョブズですらそうだったのだから。
そんなわけで、自分たちの仕事を奪いかねない道具を売り込もうとするキャットムルに、ディズニーのアニメーターたちは冷淡な目を向けて説明を聴いていたのだった。
視察団を前にキャットムルの情熱は空転するばかりだったのだが、ただ一人、目をキラキラさせて質問を連発してくる男がいた。もちろん、二十五歳だったラセターだ。ふたりは何か通じ合うものを感じた。そして交流が始まった。
ディズニーの大ファンなんだと話すキャットムルを、ラセターは後日こっそりディズニー・アニメーションスタジオの倉庫に招き入れた。
これがウォルトの描いたスケッチだと原画を見せると、キャットムルは感激で声を失うのだった。まさか自分たちがこのスタジオを率いる未来が待っているとは当時、露ほども気づくはずもない。
その頃、ディズニー社は、ちびの電気トースターが主役の絵本を映画化しようと企画していた。この映画をいっしょに創らないか、とラセターは言った。キャラは僕らが描く。背景はきみらがCGで描くんだ。
コンピュータで、こんなクリエイティヴなことができるんだって世界中をびっくりさせようよ…。そんな構想を熱く語っていたラセターだったが、しばらくするとなぜか顔を見せなくなった。
一九八三年、秋の終わりだった。太平洋に浮かぶ、とある豪華客船の上で開かれたCGのカンファレンスで久々にふたりは出くわした。
「『ちびのトースター』はどうなったんだい?」とパーティで訊くキャットムルに、ラセターは頭を掻いて「棚上げになっちゃってね」と答えた。しばらく暇なんだ、とことばを続けるが眼が泳いでいて、なにか様子がおかしい。
ラセターはディズニー社をクビになっていた。彼の入れ込んだ映画『トロン』は現在価値で五〇億円超の赤字を出していた。CGはコスト削減どころか、金食い虫だったのだ。ディズニー社は、CGに積極的なアニメーターをリストラした[1]。
少年時代の目標だった場所から追放されたことを、若きラセターは母にも言えなかった。だが事情を察したキャットムルは、すぐさま船上から電話した。チャンスだ。私たちのCGに命を吹き込める男がフリーになった! 同僚にそう伝えて電話を切ると、キャットムルは柱のかげから呼びかけた[2]。
「ジョン、ジョン! ちょっとこっち来て…」
ジョン・ラセターはそのままルーカス・フィルムに入社。いきなりキャットムルと共に部署ごとお払い箱となるが、すぐジョブズの買収があってピクサーの一員となった。
オーナーのジョブズは当然、この新入りが天才だと気づいていない。(続く)
■本稿は「音楽が未来を連れてくる」(DU BOOKS刊)の続編原稿をYahoo!ニュース 個人用に編集した記事となります。
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[1] http://www.measuringworth.com 労働価値で計算し、95円/ドルで換算。
[2] ディヴィッド・A・プライス著 櫻井祐子訳『メイキング・オブ・ピクサー』(2011)早川書房, 第3章 p.73