「選挙はムダ」「革命だ」――フランスで第4党から新首相任命 激怒する第1党・左派政党支持者のデモ拡大
- フランスでは週末、議会最大会派である左派政党の支持者を中心に反マクロンの抗議デモが拡大し、その規模は10万人にものぼるといわれる。
- そのきっかけはマクロン大統領が第4党に所蔵するバルニエ元外相を新首相に任命したことだった。
- この任命は左派政党支持者以外からも疑問や懸念を招いているが、その一つの要因はバルニエ内閣で極右政党の発言力が増すとみられることにある。
「選挙での意思表示は無意味だ」
「パリ五輪終結の頃からフランスでは政治対立が加熱する」と多くのウォッチャーは7月から予測していたが、大きく的を外さなかったようだ。
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パラリンピック最終日を翌日に控えた9月7日、パリをはじめフランス各地でエマヌエル・マクロン大統領に対する抗議デモが発生した。参加者は10万人とも言われる。
大規模デモのきっかけはマクロンが9月5日、ミシェル・バルニエ元外相を新首相に任命したことだった。
フランス第五共和制は大統領制と議院内閣制のハイブリッド型で、首相は目立ちにくいポストだが行政権の多くを握る。通例は第1党から任命される。
ところが、新首相に任命されたバルニエは総選挙で第1党(188/577議席)だった左派政党の連合体“新人民戦線”ではなく、第4党にとどまった共和党(48/577議席)に所属する。
これに新人民戦線の支持者から批判が噴出したのだ。
バルニエ新首相の73歳という年齢も、若年層の不満を呼ぶ一因になった。
デモ参加者の一人、21歳の若者は仏メディアの取材に「マクロンが権力の座にあるかぎり選挙での意思表示は無意味だ」「第五共和制は崩壊しつつある」と不満をぶつけた。
違法ではない。しかし…
誰を首相に任命するかは大統領の権限であり、マクロンは何も違法なことをしていない。
しかし、バルニエ任命には新人民戦線の支持者以外にも疑問や懸念が広がっている。
調査機関ELABEの緊急世論調査では「マクロンが議会選挙の結果を尊重していない」が74%、「選挙結果が“盗まれた”」が55%にのぼった一方、「バルニエ任命が良いこと」という回答は40%にとどまった。
こうした疑問・批判の一つの理由は、マクロンの手法にある。
もともと7月の総選挙で、マクロン率いる中道右派政党の連合体“アンサンブル”は新人民戦線と候補者調整などで協力した。
アンサンブルと新人民戦線は移民受け入れの是非、財政再建と景気対策のどちらを優先するか、ウクライナ支援の規模などをめぐって立場が大きく食い違う。
とりわけマクロン政権が「小さな政府」を目指す改革を進め、そのなかで企業や富裕層に有利とみなされる政策を多く実施してきたことが、生活不安を抱く人々の反発を招いてきた。新人民戦線はマクロン改革を批判し、積極財政を主張する。
政策面で対立するにも関わらず、マクロンが新人民戦線との選挙協力に踏み切ったのは、勢いを増す極右政党“国民連合”を封じ込めるためだった。その結果、総選挙で国民連合は第3党(142/577議席)にとどまった。
ところが、アンサンブルも第2党(161/577議席)に終わり、第1党の座を新人民戦線に明け渡すことになった。
そのため、新人民戦線やその支持者が首相の座を期待したのは、いわば自然の成り行きだった。新人民戦線のなかの最大勢力“不屈のフランス”を率いるジャン=リュック・メランション代表は総選挙後「準備はできている」と述べている。
だからこそ、マクロンによるバルニエ新首相任命が多くの人の目に“裏切り”、“ちゃぶ台返し”と映っても不思議ではない。
“反極右”のはずが極右と連携
ただし、新人民戦線の支持者が激怒し、多くのフランス人が疑問や懸念を抱くのは、新人民戦線から首相が任命されなかったからだけではないだろう。
もう一つ重要なのは、総選挙でマクロンは“反極右”のために新人民戦線と協力したはずなのだが、最終的に新首相に任命したバルニエは極右に近い立場にある、ということだ。
バルニエの所蔵する共和党は保守系で、マクロン率いるアンサンブル連合には加わっていない。
その一方で、バルニエは同性愛に否定的で、厳格な移民管理を主張するなど、中道右派から保守に至るまで広く受け入れられやすい人物だが、そのなかには極右も含まれる。
実際、極右と目される国民連合のマリーヌ・ルペン党首はバルニエについて「意見の違いを埋めるための議論ができる人物」と述べ、基本的に支持している。
しかし、それは裏を返せば、バルニエ内閣で国民連合の発言力が強くなりやすいことも意味する。
バルニエの共和党とマクロン率いるアンサンブル連合が新人民戦線ぬきで議会過半数を握るためには、国民連合の支持が不可欠だからだ。言い換えると、極右の支持なしには成り立たない。
要するに、総選挙で国民連合を必死に抑え込んだマクロンは、選挙後の情勢をみて“反極右”の旗を静かに降ろし始めたのだ。
ベルギー最大の仏語紙はマクロンを“政治的動物”と評したことがあるが、論理や体裁ではなく、本能や直観を頼りにひたすら生き残ろうとする行動パターンは、まさにその形容が相応しいとも言える。
勝者なき政争?
とすれば、一躍キングメーカーになった国民連合のジョルダン・バルデラ代表が「バルニエ首相は我々の監視下にある…我々なしでは何もできないというのが現実だ」と述べたのは、事実上の勝利宣言に等しい。
実際、国民連合はかつてなく権力の座に近づいた。
ただし、今後フランスがいきなり極右一色になるとも思えない。マクロンやアンサンブルにとって国民連合の支持は必要でも、同化もできないからだ。
とりわけ、アンサンブルと国民連合の間には、移民制限などである程度歩調を合わせられたとしても、経済改革やウクライナ支援などの違いを簡単に埋めるのは難しいとみられる。
あえて単純化していえば、マクロンやアンサンブルが進めてきた新自由主義的な経済改革やウクライナ支援に否定的という意味で、極右の国民連合と左派連合の新人民戦線の間に大きな差はない。
だから国民連合が連立政権に入っても、マクロン改革を進めることも戻すこともできず、ウクライナ支援を増やすことも減らすこともできないというデッドロックに陥ることも想定される。
そうなった場合、もはや誰も勝者ではなく、選挙や政治に対する不信感だけがエスカレートしても不思議ではない。
フランスではホームレスがこの10年で2倍以上に増え、人口1万人あたり30人以上にのぼる。これはEU加盟国で最も高い水準だ。
こうした背景のもと、政治的デッドロックの懸念は生活不安をさらに大きくする。
新人民戦線のメランションは、バルニエ新首相の任命に抗議するデモについて「フランス人民は反旗を翻した。これは革命なのだ」と主張する。
実際にはフランス革命のような大変動が発生するとは思えない。しかし、フランスが大きな混乱の淵にあることもまた否定し難い。それは混迷する世界の一つの縮図ともいえるだろう。