「農薬は洗えば落ちる」は本当か?
「野菜はよく洗い、果物は皮をむいて食べれば、農薬の心配はありません」。インターネットなどでよく見かける情報だ。しかし、最近は、作物の内部に浸透して高い殺虫効果を発揮する「浸透性農薬」の人気が、生産者の間で高まっている。このタイプは、成分が作物内に残留しやすいため、表面を洗ったり皮をむいたりしても、落ちない。従来の常識が通用しないのだ。
組織の隅々にまで行き渡る
浸透性農薬は水溶性のため、土や作物に散布すると、殺虫成分が根や葉、実の表面などから水と一緒に吸収され、植物の組織の隅々にまで行き渡る。作物全体が殺虫剤と化し、その一部を少しでもかじった害虫は、神経をやられて死に至る。作物の内部に染み込んでいるため、せっかく散布した農薬が雨で洗い落とされるといったロスも少なく、農家にとっては便利な農薬だ。
浸透性農薬を代表するのが、ネオニコチノイド系と呼ばれる殺虫剤のグループだ。1990年代に普及し始め、現在、日本を含め、世界で最も人気の殺虫剤と言われている。日本では、野菜や果物の栽培の他、稲作にもよく使われる。
人体への影響に強い懸念
だが、ネオニコチノイド系農薬は人体への影響が強く懸念されている。
科学者の木村-黒田純子氏は、著書『地球を脅かす化学物質 発達障害やアレルギー急増の原因』の中で、ネオニコチノイドに関する最近の様々な研究成果を紹介しながら、こう述べている。
欧州連合(EU)の専門組織で、食品の安全性評価を担う欧州食品安全機関(EFSA)は2013年、ネオニコチノイド系のアセタミプリドとイミダクロプリドに関し、「人の神経の発達や機能に影響を及ぼす可能性がある」との見解を発表した。
海外では規制強化の流れ
ネオニコチノイド系農薬は、人だけでなく、ミツバチやトンボといった身近な昆虫、様々な種類の野鳥、ウナギやエビなど汽水域に生息する魚介類、野生の哺乳類の繁殖にも深刻な影響を与えているとの報告が相次いでいる。このため、EUや米国、カナダ、韓国、台湾など、使用禁止や規制強化に踏み切る国や地域が、ここ数年で急速に増えている。
では、ネオニコチノイド系農薬は、洗ったり皮をむいたりしても、本当に落ちないのだろうか。
りんごで実験
それを科学的に確かめたのが、一般社団法人・農民連食品分析センターが行った実験だ。市販の長野県産と山形県産のりんご合わせて4種類を使い、皮と、皮をむいた後の果肉の部分に、それぞれどんな種類の農薬がどれくらい残留しているか測定した。
結果は、浸透性農薬の特徴がはっきりと出る内容となった。アセタミプリドは4種類すべてに残留していたが、皮の部分の残留量は平均0.578マイクログラム(1マイクログラムは100万分の1グラム)。これに対し、果肉の部分の残留量は同2.040マイクログラムで、皮の部分の3.5倍の量が残留していることがわかった。比率的には、りんご1個に残留しているアセタミプリドの78%が果肉に残留している計算になる。
ネオニコチノイド系では他に、クロチアニジンとジノテフランがそれぞれ1種類、チアクロプリドが2種類のりんごに残留していたが、アセタミプリドと同様、果肉の部分の残留量のほうが皮の部分の残留量よりも多かった。
「野菜も同じ」
病気の予防に使われる殺菌剤も、数種類の残留がすべてのりんごで確認されたが、ネオニコチノイド系とは対照的に、残留していたのはほとんどが皮の部分だった。例えば、きゅうりや白菜などにも使われるピラクロストロビンは、すべてのりんごに残留していたが、残留箇所はいずれも皮の部分で、果肉にはまったく残留していなかった。
この実験から得られる結論は、りんごの場合、農薬の種類によっては皮をむいて食べれば農薬を避けられるが、浸透性農薬は、皮をむいても無駄だということだ。
農民連食品分析センターの八田純人所長は「野菜ではまだ実験していないが、おそらく、同じような結果が出るだろう」と話す。
東京都の調査でも裏付け
ネオニコチノイド系農薬が果肉に残留することは、東京都の調査でも明らかになっている。
東京都健康安全研究センターは、都内で流通している農産物を対象に行った2014年度の「残留農薬実態調査」の報告書で、以前は「散布された農薬が蝋物質や精油を含む果皮を透過せず、果肉からは検出されない事例が多かった」が、ネオニコチノイド系農薬の使用が増えた結果、メロンやみかん、りんごなど様々な果物の果肉から残留農薬が検出されるようになったと指摘している。
浸透性農薬を避けるには
洗ってもむいても落ちないとなると、消費者が浸透性農薬を避ける方法はあるのだろうか。
農薬と同様、安全性を不安視する消費者が多い食品添加物の場合は、表示義務があるため購入の際に見分けることができる。だが、農薬は表示義務がないため、どんな種類の農薬がどれくらい使われているのか、消費者にはまったくわからない。
浸透性農薬を避ける最も確実な方法は、農薬も化学肥料も使わずに育てた有機農産物を選ぶことだ。欧米では有機農産物の売れ行きが右肩上がりで伸びているが、大きな理由の1つは農薬に対する不安だ。
国内の関係者によれば、農薬の残留を気にする生産者も多いことから、一昔前に比べれば、全体的な残留量は減っているという。しかし、それでも有機農産物など農薬を使わない農産物に比べれば、健康へのリスクが高いのは確かだろう。