NPBへの輩出16人を誇る富山GRNサンダーバーズが取り組む、地域の人々の健康を守る事業とは
■正しい姿勢の重要性
雨で試合が中止になった6月6日。富山県にあるボールパーク高岡の室内練習場で、なにやらおもしろいことが行われていた。タブレットを三脚に固定し、その前で選手が直立不動で立ったり前屈したりしている。
タブレットを覗き込んで操作しているのは、なんと富山GRNサンダーバーズ(日本海オセアンリーグ)の永森茂球団社長だ。データを打ち込み、「はい、手を挙げて」「体を倒して」「次は横向いて」などと指示を出している。
聞けば、姿勢分析のAIシステム「シセイカルテ」を使用して、選手の姿勢を分析しているところだという。
「姿勢の乱れっていうのが、どうしても筋肉のアンバランスによる可能性が高い」と、永森社長は正しい姿勢の重要性を説く。そもそもが野球というスポーツの特性として、左右が不均衡になりやすい。
「姿勢がどっちかに傾くとか崩れているっていうのは、筋肉のアンバランスによる可能性が高い。筋肉がこわばって凝り固まってるところはストレッチでほぐさないと正しく動かない。逆に反対側の筋肉が伸びっぱなしになっていると、力を発揮できない。ストレッチと筋力トレーニングみたいなことを組み合わせて、姿勢を正していく。アスリートとしてのパフォーマンスを発揮するには、筋肉のバランスが大事」。
つまり姿勢を分析すると、筋肉のバランス度合いがわかるという。そして、それを数値化して見せることで選手にも伝わりやすいと、社長自ら練習に顔を出して個々の測定を始めたのだ。
正面、側屈、横向き、前屈…さまざまな角度から撮影し、それをAIが分析する。その結果は数値とともにランクも表示してくれ、各自のスマホに送信することができるシステムになっている。
■ポテンシャルを引き出し、パフォーマンスを上げるために
たとえば骨盤が前傾している、後傾している、だけでなく「これくらい傾いている」という程度もわかるという。
「後傾だと猫背につながっていくし、前傾だと反り腰で腰に負担がかかるので、腰痛の原因になる可能性がある。そういったことを早めに分析をして、生かしてくれればいいかなと思う。選手にとって気づきの一助になってくれれば、また違う視点でトレーニングができるんじゃないかな」。
体の状態を正しく知ることで、自分に合ったトレーニングや練習の仕方も導き出せる。
ただ、社長自身が選手に指導するつもりは毛頭ない。
「わたしはシステムを導入しただけなんで、あとはコーチとトレーナーがうまくデータを分析して、よりパフォーマンスを発揮できるように工夫してもらいたい。それが彼らの役割になると思う」。
選手の能力をより伸ばし、最大限にパフォーマンスが出せるよう、社長自ら日々研究を怠らない。そして、いいと思うものはどんどん現場に共有する。
ほかにも、湾曲した珍しい形の板を発見した。フィットネスボードの「ダスブレット」というもので、ドイツ国内のブナの木から加工した板を11枚重ね合わせたものだ。
乗ってバランスを整えたり、ストレッチに使ったり、さらには肩回りのトレーニングにも使用できるという。これも、チームに導入することを決めた。
このように永森社長が常にアンテナを張り巡らせ情報収集に努めているのは、NPBを目指す選手たちのポテンシャルを少しでも引き出し、パフォーマンスを上げてやりたいとの思いからだ。
■年間を通した事業の構築
球団の事業としては、もちろん野球の興行がメインだ。しかし4月から9月という“シーズンビジネス”であり、その上「正直、コロナでかなりダメージを受けたこともあって、興行的なものがどうしても下がってしまっている。つまり観客数が減ってるということ」と、2020年から続くコロナ禍による打撃は計り知れないという。
永森社長としても「通年事業、年間を通した事業を作らないといけない」と、その柔らかい頭を捻る。
しかし「ただ金を儲けるっていうんじゃ違うなと思う」と言い、「地域に意味のある貢献をして、それに対しての対価をいただくということにしないといけない。そうすると何が提供できるかというと、我々が持っているリソースを最大限に利用するのがいいだろう」という結論に至った。
そこで考えたのが、地域の人々の健康を守ることだ。
といっても「ミドルエイジというか、普通の大人は運動のできる環境がたくさんある」ということで、「運動機会の少ない園児だとか60歳以上のシニアの方々に運動経験というのをもってもらいたい。そういう年代が健康やスポーツに親しめるよう取り組んでいくことで、サンダーバーズが認められ、ひいては球団の価値が高まる。それで応援してくれる人が増えてくれればと」と、需要を考慮した供給を考え出した。
■シニア世代への講演
シニアに対しては永森社長自身が講演を行っている。その際にも姿勢分析システムの『シセイカルテ』を活用し、姿勢分析とともに矯正のアドバイスをし、いつまでも健康に過ごせるサポートをする「姿勢改善講座」として開催している。
「まず一人一人の姿勢を見て、その結果のレポートを差し上げる。それをベースにして、わたしが30分から40分、お話をする。姿勢の乱れというのは筋肉の衰えやこわばりなんですよ、というような話を」。
「健康な状態と要介護状態の中間の状態を『フレイル』といって、いわゆる虚弱状態。フレイルの状態であれば、適切な運動と栄養を摂ることで健康に戻せる。それを放置しておくと要介護にいってしまうので、そこをなんとかしたい」として、注目するのは年を重ねる毎に減少する筋肉量だ。
「筋肉量は20代から30代がピークで、とくに運動をせず日常の生活だけだと、年に1%くらいの筋肉量が減ると言われている。すると6~70代になると3~4割減るということになる。筋肉量が減ると筋力が衰えるので、つまずきやすくなったり、転んで骨折したり、そのまま寝たきりになることもある。あとは腰痛、膝痛なども、筋肉が守ってくれなくて関節に負担がかかることで起こりやすくなる」。
いかに筋肉量を維持することが大事か、力説する。
高齢者が「よく散歩をしているから大丈夫」と言うのを耳にするが、これが落とし穴だそうだ。散歩だけだと負荷が軽すぎて、筋肉量の低下は防げないという。
「負荷を上げるために何がいいかというと、一番いいのがスクワット。スクワットをやれば、足を上げるのに関わるような筋肉はみんな鍛えられる」という指導をしている。
■食事のアドバイスやストレッチ、筋肉トレーニングも
また、食事面のアドバイスも併せて行っている。
「年齢を重ねるとタンパク質の摂取が減り、吸収率も悪くなる。タンパク質が筋肉や体を作っているので、たんぱく質を減らさない食事をしないといけない。どうしても年を取ると運動量が減るからお腹もすかないし、その中で肉類などをあまり摂らない。そこはしっかりとタンパク質を摂ることを意識してくださいと、講座の中で話している」。
わかっていても日々の生活の中でできないこともあるが、受講者たちもこうして講座で聴くと「やらなくちゃ」と刺激を受けるようだ。
さらに講座の中で筋力トレーニングのアドバイスもする。女性トレーナーが全身のストレッチを指導し、そのあとに筋トレをする。用具は一切使わず、自身の体だけを使ったトレーニングだ。ジムなどに行かなくても、家でも気軽にできるというのがポイントだ。
この永森社長による「姿勢改善講座」が非常に好評を博し、現在あちらこちらからオファーが舞い込んでいる。
■子どもたちにも運動の機会を
一方、幼稚園児など子どもに対しても活動をしたいのだが、ここでもまたコロナが影を落とす。
「これまで体験教室もやってきたけど、今は子どもたちと触れ合うことができなくなっている。これもぜひ復活させたい。実は跳び箱とか室内用具はもう買い揃えている。宝の持ち腐れ状態なので、早くやりたい」。
準備は万端整っているのだ。
「ちょっとコロナが収まってきたんで、高岡市からもサンダーバーズと協力して、保育園や幼稚園を回ってやっていきたいという話も来ている。ようやく活動ができるかな」。
今、小さい子どもが自由に安全に遊べる場所が減っている。運動ができる機会を提供することで、もっとスポーツに親しむ子どもが増えるだろうと目論んでいる。
■いずれは選手の協力も
コロナが収まりさえすれば、選手に協力してもらうことも可能だ。これまでBCリーグ時代はシーズン中の報酬だけだったのが、日本海オセアンリーグ(以下NOL)では報酬のない月が12月と1月のみで、1年のうち10カ月間支払われる。
つまり9月にシーズンが終わっても10、11月は球団に属しているので、球団の仕事をすることが可能なのだ。
「そのあたりはまだ現場とは話していないけど、選手ももっと地域活動ができるかなと思っている」。
ただ、コロナの懸念はある。これまで選手が感染しないよう、対外的な接触は避けてきた。あくまでも状況次第ではあるが、選手の協力があればより活性化できそうだ。選手にとってもまた、ファン獲得のきっかけになるに違いない。
■体作りのケアも
“本業”である野球では、サンダーバーズはBCリーグ時代も含め16人の選手をNPBに送り込んだ。BCリーグ、NOLを通じて球団別の輩出人数はトップだ。つい先日はジョアン・タバーレス投手が中日ドラゴンズに移籍入団した。
「あと1人2人くらいは行ってくれたらいいんだけど…」と、今後もバックアップは惜しまないつもりだ。
選手育成にあたり、永森社長が以前から気にかけているのは食事だ。
「一番心配なのは栄養面。普段食べる食事の管理ができていない。NOLになって報酬が上がった分は、食事にちゃんと使ってほしいなと思っている」。
このコロナ下、外食は控えて自炊をしている選手も多いが、それも「栄養のことを考えて作ってほしい」と願い、以前行っていた栄養士による講習も復活させたいと考えている。
「いわゆる男料理的な簡単にできるもので、ちゃんと栄養が摂れるものを教わって、ね。前にやっていたときは、横浜DeNAベイスターズに行った古村(徹=2018年在籍)なんか『すごくよかった』って言っていた」。
より強く大きい体を作ることができるよう、栄養面でのケアもしていかねばならないと語る。
■社長自らチャレンジ
2020年からのコロナ禍の影響は、やはり大きかった。さまざまなことが制限、頓挫されてきた。
「やりたいことが2年くらい遅れている、思いからすると。こっちが年取るので、早く元気なうちにやらないと(笑)」。
やりたいことのストックはかなり溜まっている。
独立リーガーたちは「一年」に懸けて来ている。永森社長もそれを重々承知しているからこそ、歯がゆい思いをしているのだ。
「一年一年勝負の世界なんで、悔いが残らないようにっていうことでいうと、いろんなものにチャレンジしていいと思う」。
「チャレンジ」―。選手にチャレンジ精神を説く永森社長こそが、常にチャレンジを続けている。今後ももちろん率先して、その背中を見せていく。
(表記のない写真の撮影は筆者)