亡き父の味を守り続けたい 創業38年目の「閉店」
有楽町マリオンと同じ年に創業した『マリオン』
東十条の古い町並みにすっと馴染むように佇む一軒のラーメン店がある。1984(昭和59)年創業、『東京ラーメン マリオン』(東京都北区中十条3-18-1)。ラーメン店らしからぬその店名は、同じ年に開業した『有楽町センタービル』の愛称「マリオン」に由来する。洋食店の居抜きという店舗は、懐かしさもありどこかモダンでもある。
創業者の蛸井眞さんは、戦前から続くフレンチの名門『東京會舘』で腕をふるった料理人だった。フレンチの技法を用いて自分なりのラーメンを作りたいと、住まいのあった東十条に店を構えた。開業当時、東京では札幌ラーメンや九州ラーメンが人気を集めており、負けないようにという思いから「東京ラーメン」と名乗った。
ラーメンの素人がいきなり店を継いだ
優しい味わいのラーメンと眞さんの人柄で、長年地元の人たちに愛されていたが、2017年に眞さんが急逝。店を継ぐことになったのが、娘の玲亜さんだった。玲亜さんは飲食店勤務の経験はあれど、ラーメンに関しては全くの素人。ヨガのインストラクターとして活動していたが、父の店を守るために二足の草鞋を履くこととなった。
「父のお店を手伝ったこともなかったので、右も左も分からぬままに継ぎました。ラーメンの味については私よりも常連の皆さんの方が遥かに分かっていらっしゃるので、教えて頂きながら父の味に近づくようにしてきました」(東京ラーメン マリオン 店主 蛸井玲亜さん)
深い旨味の「ラーメン」と売り切れ必至の「にぎり」
マリオンのラーメンは複雑な旨味があふれる醤油ラーメン。豚骨や豚足などの動物系素材のベースに、イワシの煮干しや焼き干しをふんだんに加えてじっくり丁寧に仕上げていく。昔ながらの懐かしさもありながら、マリオンならではのオリジナリティもある。
料理人だった父の眞さんは、チャーシューに思い入れがあった。チャーシューは柔らかな食感と味わいを出すために豚バラ肉を使う。周りの余計な脂身は取り除いて、美味しいところだけをチャーシューにして、その中でも美味しい部位はチャーシュー麺用に使う。残った脂身は細かくカットしてラーメンに浮かべるのだ。
さらに自慢のチャーシューを味わえる、この店の名物が「にぎり」。柔らかなチャーシューを地元名産の千住葱と共にチャーシューの炊き込みご飯で仕上げた逸品。お土産として持ち帰る客も少なくない、売り切れ必至の人気メニューだ。
また焼酎をこよなく愛した先代は、メニューに焼酎の銘柄を数多く揃えた。地元の常連客は焼酎を飲みながら、おつまみやにぎりを楽しみ、締めにラーメンを啜る。『マリオン』はこの街にとって欠かせないオアシスなのだ。
道路拡張計画により2月に閉店が決まった
そんな『マリオン』が、2022年2月5日で閉店することとなった。コロナ禍の中でも多くの常連客が足を運んでいた人気店だったが、閉店の理由はコロナ禍ではなく都市計画による「道路拡張」によるものだった。
『マリオン』の近くを通る旧岩槻街道は、環状7号線に直結する道でありながら幅員7mという狭さで歩道も確保されておらず、都市計画道路「補助第83号線」として20〜30m拡張されることとなっていた。『マリオン』もその拡張エリアにかかっており、やむなく立ち退くこととなったのだ。
「父が生きている時からその話はあったんです。父が亡くなる少し前から話が進み始めて、それでもいつから工事になるかなどは決まっていなかったのですが、昨年くらいから具体的になって来て、3月に更地にして引き渡すことになりました」(玲亜さん)
いつかまたこの街で『マリオン』を再開させたい
父がこの店を構えて38年、娘が店と味を受け継いで約5年。移転先などはまだ決まっておらず、2月で一旦その歴史は幕を閉じることとなるが、玲亜さんはいずれ別の場所でこの店を再開させたいと考えている。
「こんなコロナ禍の中での閉店となったので、果たして今のタイミングで移転してすぐ開業すべきなのかどうか考えました。ここは一旦世の中の状況を見ながら、良い場所とか人とかを考えながら、焦らずゆっくりと進めていきたいなと思っています」(玲亜さん)
経験もないままに、いきなりラーメンの世界に飛び込んだ玲亜さん。右も左も分からぬまま、懸命に厨房に立ち続けた。今では馴染みの常連客たちからも愛され、すっかりラーメン店の主人としての風格も出てきた。
「父から引き継いで5年経って、板についてきたというか、ラーメン屋さんになってきたなと自分でも思うんです。この店をやめるか続けるかと考えたら、やはり続けていきたい。父の味を受け継いで守っていきたいですし、この店を好きでいてくれる常連の皆さんもたくさんいらっしゃるので、いつかこの街のどこかで再開出来たらと思っています」(玲亜さん)
※写真は筆者によるものです。
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