60年愛され続ける「仙人」が作ったラーメン
昭和32年創業の老舗「玉屋」
東京都北区、東十条。閑静な住宅街の中心を貫くように流れる「十条富士見銀座商店街」の一角に、ひときわ目につく古い佇まいの店がある。モルタル仕上げの外壁と風になびく古びた暖簾。下十条と呼ばれたこの町が東十条と名前を変えた時と同じ、昭和32(1957)年に創業した老舗ラーメン店が「玉屋」(東京都北区十条仲原2-3-8)だ。
暖簾には色褪せた「中華専門」の文字が店名よりも大きく染め抜かれている。壁には「昭和生まれの味と技」と書かれたメニュー表が掲げられ、店の入口には平仮名で「たぬま」と書かれた手作りの表札がぶら下げられている。何とも言えない「味」のある外観をしばらく眺めていたくなる。
暖簾をくぐり引き戸を開けて店内へ。パイプの椅子とテーブルが置かれた店内は、外観同様に懐かしさを覚える昭和の雰囲気だが、液晶の大型テレビだけがやや居心地悪そうに鎮座している。この店を切り盛りしているのは店主の田沼志津江さんと娘の千佳さん。そして壁に掲げられている肖像画は、志津江さんのご主人でこの店の創業者の田沼昭三郎さん。20代の若さでこの店を開いた昭三郎さんは88歳まで厨房に立ち他界。今は奥様と娘さんが店を継ぎ、その味を守り続けている。
「仙人」が生み出した深淵なるラーメンの味わい
生前の昭三郎さんはその風貌から「仙人」と呼ばれていたという。そこから名付けられた玉屋の看板メニューが「仙人ラーメン」だ。見た目は昔ながらの懐かしさを覚える「ノスタルジックラーメン」だが、味は今のラーメンに負けず劣らずの深みのある味わいを持っている。
スープは豚骨、鶏ガラを早朝から仕込んだものに、煮干しやカツオ節などを別取りして最後に合わせる。今でこそ多くのラーメン店で見られる「ダブルスープ」の手法に早くから着手していた昭三郎さん。ラーメン作りでもその仙人ぶりを感じさせるではないか。
豚や鶏などの動物系素材の旨味に煮干しやカツオ節の魚介系素材の旨味が合わせられ、相乗効果によってより深い味わいを生み出している玉屋のスープ。懐かしい味わいでありながら力強さもあるスープは、昭三郎さんが亡きあとも健在だ。「直接手ほどきを受けたわけではないんです。作っていたのを見ていたので真似ているだけ。同じ味になっているか、娘と確認しながら作っています」(店主の田沼志津江さん)。
仙人の生み出した味でもう一つ忘れてはいけないのが「カレーラーメン」。生前カレーが大好きだったという昭三郎さんは、ラーメンと共にカレーライスも出していたが、「ラーメンとカレーを一つにしたら絶対に美味しい」と考えてこの一杯を作り上げた。
ラーメンスープの醤油味とカレーソースのスパイシーな味わいが見事に溶け合ったカレーラーメンは、食べ進めていくうちにどんどん美味しさが深まっていく。そんなカレーライスとカレーラーメンは今も玉屋の人気メニュー。もちろんカレーのレシピも昭三郎さんが考えたものを変えずに守っている。
戦後から高度成長期、街には多くのラーメン店が開業した。それから70年近く経ち創業者も歳をとった今、後継者のいない店は惜しまれつつも閉店を余儀なくされている。長年親しまれてきた店がなくなってしまうのは寂しくもあるが、それもまた必然でもある。しかし東十条の仙人が生み出した味は今も健在だ。どうかいつまでもこの味を楽しめますように。
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※写真は筆者の撮影によるものです。