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『キャロル』の監督に聞く「映画はこのまま、無くなっちゃうのでしょうか?」『ワンダーストラック』

渥美志保映画ライター

今回は本日公開の『ワンダーストラック』のトッド・ヘインズ監督のインタビューをお届けします。

最近は昨年のカンヌ国際映画祭のコンペティションに選ばれた作品を次々とご紹介していますが、この作品もその一本。

一昨年公開された『キャロル』で描いた1950年代のニューヨークの何とも美しく優雅な世界が記憶に新しいトッド・ヘインズ監督。とにかく丁寧に美しい世界観を作り上げる、クラフトマンシップに満ちた監督というイメージがありますが、今回の『ワンダーストラック』はその極めつけといっていい作品!ニューヨークのワクワクがそのまま映像化されていて、今すぐニューヨークに行きたい~!という作品になっています。

ということでまずはこちらを!

『ワンダーストラック』はどのような映画でしょうか?

トッド・ヘインズ(以下、ヘインズ)  1927年と1977年というふたつの時代を舞台に、50年の時を経てマンハッタンをかけ回る二人の子供の一風変わった物語だよ。主人公の二人、ベンとローズは聴覚に障害があるんだけど、その障害によってより力を得て、自身の孤立した環境の中から世の中へと飛び出してゆく。そして「自分は何者なのか?」という謎を解明しようとするんだ。

12歳の時に見た『奇跡の人』という作品を、僕は思い起こした。目が見えず耳も聞こえない主人公のヘレン・ケラーは、「言葉」がなんであるかすらわからない。そんな中でも、ヒーローみたいな人道主義者になっていった彼女に、僕は憧れたんだ。

ベンとローズもまた、どうにもならない人生を強いられながら生きている。そこに心を動かされたよ。だってそれは、誰もが背負っているものだからね。

交互に描かれる二つの時代が、町のそこここで交錯する物語の中で、特に大きな舞台として登場する自然史博物館も印象的でした。

ヘインズ  言ってみれば「自分史探し」をする二人が、都市、博物館といった、歴史を伝える場所に紛れ込んで行く物語なんだけど、ベンとローズが常にクリエイティブで、文化的なことに興味を持っていることもすごく重要だった。ベンの部屋には博物館のような棚があり、石ころとか木の枝とか色んなものを集めている。たぶん「これなんろう?」と、名前まで調べるタイプだね。一方のローズは、段ボールや新聞の切り抜きなどを使って、いろいろなモノづくりをしている。そういう意味では、人と人のコミュニケーションにおける「手」の役割の大事さも感じてもらえるかもしれない。この映画でその最たるものは「手話」だね。

ご自身も手を使う子供だったんですか?

ヘインズ  そんなことばっかりしてる子だったよ(笑)。

最初のきっかけは3歳の時に見た映画『メアリー・ポピンズ』。あまりの感動に、ポピンズの絵をがんがん描き、歌を歌い、母にポピンズの扮装をさせて「ごっこ」遊びをしたり……取りつかれちゃったんだよね。

次にドハマりしたのは、7歳の時に見たフランコ・ゼフィレッリの『ロミオとジュリエット』だ。僕が9歳で最初に作った映画は『ロミオとジュリエット』だからね。すべての役を自分で演じる気で、衣装はタオルで作った。ティボルトとマキューシオの決闘はカットバックでどうにか撮影して、ロミオとジュリエットのラブシーンも二重露出でなんとか!と思ったんだけど技術が追っつかず……ジュリエット役だけ泣く泣く断念したんだけどね(笑)。

昔は今と違って、好きな映画を気軽に繰り返し見ることはできなかった。でもたった一度の感動でも、子供は様々なものを吸収し、蓄積することができる。そういう経験が自分をクリエイティブにしてくれたんじゃないかな。

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原作者ブライアン・セルズニックによる脚本は、どんなところが魅力的でしたか?

ヘインズ  映画への情熱にあふれる脚本で、どのページにも強烈に映画的なアイディアがあった。脚本のキモは二つの時代が交互に登場すること。音に対してもこだわりがあったと思う。フィルムメーカーとしてそそられる、「どうやって作ろうか?」と考えずにはいられない作品だった。ふたつの時代を毎日少しずつ撮影しなければならなかったのは、実際、かなり大変だったけどね。

ラスト近くに登場する、クイーンズ美術館のニューヨークの巨大な全景模型が素晴らしかったです。登場人物たちがその模型の中に足を踏み入れる時、ゴジラみたいに壊してしまうのではとハラハラしましたが……

ヘインズ  その心配は的中しているよ……実はスタッフが橋を壊しちゃってね。もちろんちゃんと修復したけど。偶然にもカメラマンの実兄がその橋を作った人で、お願いして直してもらったんだ。でも最終的には撮影前よりいい状態になったと思うよ。あの場面を撮影したドローンが起こす風で、積もっていたほこりを払うことができたからね(笑)。

あの場面は二人の子供たちが大都市を走り回る物語の、すごく美しい最終章になったと思う。彼らが街を自分のものにすることのメタファになったし、ローズが獲得してゆく人生のシンボルでもあるんだよ。

監督の「ニューヨーク愛」もすごく感じました。

ヘインズ  もちろん。作品自体が、ニューヨークという町への「愛の詩」なんだと思う。特に映画の舞台である20年代と70年代は、NYの歴史においてすごく重要な時代だし、その二つを並べることで、町の歴史全体が感じられる物語になったんじゃないかな。

今回の映画で「時の流れ」はすごく大きなテーマで、その中で知識や記憶を保ち続けるものとして登場するのが、博物館や都市なんだ。そしてなんといっても隕石だよね。30年の時を隔てながら、二人の子供たちが同じ隕石に触れる。何世紀も前からあった隕石は、「時の流れ」の究極的な象徴で、物語が「時」に触れている瞬間でもあると思う。

1920年代と1970年代という二つの時代を一つの映画に収めるに当たっては、どのようなアプローチを?

ヘインズ  どちらも映画的な伝説を築いてい時代だから、資料はたっぷりあった。特に1920年代は、映画史の頂点のひとつだ。当時の映画もずいぶん見たけれど、読んだり聞いたりはできても、見るのは本当に難しかった。DVDどころかVHSもないからね。特にキング・ヴィダーの『群衆』はインスピレーションに満ちた1本で、ビリー・ワイルダーが『アパートの鍵貸します』でパクった(巨大なオフィスにデスクが延々と並んでいる)場面を、今回の映画で僕もマネしてるんだ。1920年当時は(CGがないので)あの場面を実際に作ったんだろうから、本当にすごいよね。

1970年代はどうでしょう?

ヘインズ  今のニューヨークはとても裕福で高級化しているんだけど、1970年代は財政難で大変な時代だったんだ。だからブルックリンやクイーンズでさえも、当時の街並みを探すのは難しい。あの時代は僕たちの目の前から消えつつあるんだよね。だからこの映画で保存できたことはすごく良かったと思う。

そうしたクラフトマンシップに満ちた映画制作もまた、次第に消えつつあるのでしょうか?

ヘインズ  どうだろうね。人が「**はこの時点で終わった」と主張する「その時点」の状況は、必ずしも持続するわけじゃない。実際、なんとかそれを乗り切ってゆくし、そうであって欲しいと僕は思う。今はケーブルテレビやストリーミングでそういうチャンスが圧倒的に増えていて、だから多くの映画監督はそれに惹かれている。ジェーン・カンピオン(『トップ・オブ・ザレイク』)やデヴィッド・リンチ(『ツイン・ピークス』)なんかも今はそうした作品を手がけているよね。

僕自身は、大画面で見ること以上のものはないとは思っている。この映画はAmazonスタジオの製作なので、他の会社はどうかわからないけれど、少なくともこの映画の企画当時のAmazonでは、インディペンデント映画の製作者や、映画を心から愛し尊敬する人たちからなる部署があり、彼らが「何に出資するか」「どの監督を起用するか」を決定していたんだ。彼らが挙げる監督候補の顔触れはかなり凄いものだったよ。それで今は素晴らしい仕事をする余裕がある。こういう状態がどれくらい長く続くかは、わからないけどね。

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トッド・ヘインズ

1961年生まれ。ブラウン大学在学中に本格的な作品作りをはじめ、卒業後はニューヨークに移住し、ハーバード大学に入学。この頃からインディペンデントで映画製作を開始。1991年の長編デビュー作『ポイズン』は、サンダンス映画祭グランプリ、ベルリン国際映画祭テディ賞などを受賞。カンヌ映画祭で受賞した『ベルベット・ゴールドマイン』(’98)、ヴェネチア国際映画祭で受賞した『エデンより彼方に』('02)『アイム・ノット・ゼア』('07)を経て、’15年の『キャロル』はアカデミー賞をはじめ、世界各国の映画祭を接見した。

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『ワンダーストラック』

4月6日(金)公開

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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