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大統領暗殺と軍内部のクーデター。誰もが知らなかった歴史の裏で起きていたこと。映画『ソウルの春』

渥美志保映画ライター

今回ご紹介するのは、韓国で昨年大ヒットした映画『ソウルの春』です。映画が描くのは、独裁政権下の軍内部で起こった一触即発の事態。様々な意味で韓国が激変する80年代の幕開けとなった出来事は、にも関わらず一般には「何かが起こっていたのは知ってるが、何が起こっていたかはわからない」という事件だったようです。今回は、人物や時代の背景を加えながら解説したいと思います。
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映画の始まりは1979年10月26日に起こったパク・チョンヒ大統領暗殺事件。20年近くも軍事独裁を続けてきた大統領の死でできた権力の空白に、混乱を警戒した軍は非常戒厳を宣布します。その中で対立を深めてゆくのは、戒厳司令官となった陸軍のトップ=陸軍参謀総長チョン・サンホ(実名スンファ、演=イ・ソンミン)と、暗殺事件の捜査を仕切る保安司令官(ほぼ大統領直轄の軍内部の防諜部隊)チョン・ドゥグァン(実名ドゥファン、演=ファン・ジョンミン)です。サンホはドゥグァンを牽制しようと、軍内の要職である首都警備司令官に、政治や権力に興味のない少将イ・テシン(実名チャン・テワン、演=チョン・ウソン)を抜擢します。一方、これまで軍の要職を自分の仲間で独占してきたドゥグァンは、さらにサンホが年末には自分を地方に左遷するつもりであることを知り、早々に決着をつけねばと考えます。ドゥグァンは、パク大統領のもとで軍内に組織してきた「ハナ会」のメンバーを動員し、12月12日にクーデターを決行することに。後にいうところの「12・12粛軍クーデター」が始まります。

大統領暗殺までを描いた、クーデターの前日譚『KCIA 南山の部長たち』

さてこの映画を見る前に、前日譚として見てほしい作品が、パク・チョンヒ大統領暗殺事件にいたるまでを、実行犯キム・ジェギュ(演=イ・ビョンホン)の視点で描いた『KCIA 南山の部長たち』です。

キム・ジェギュはKCIA(韓国中央情報部)の部長にして大統領の側近の一人。作品中では、大統領の民主化運動への弾圧と側近たちの権力闘争に嫌気が差し、暗殺という凶行に及びます。事件はKCIAの接待所での宴会中に起きるわけですが、この時にキム・ジェギュは事件後に軍を抑えるために、何も知らない陸軍参謀総長チョン・スンファを現場に呼び身柄を確保しています。そして大統領の御前会議にも登場するチョン・ドゥファンが、ラストにはパク・チョンヒの隠し金庫から大量の金と金塊を持ち出している様も描かれます。

『ソウルの春』は、まさにその直後から始まります。事件捜査を仕切ることになったチョン・ドゥグァン(実名ドゥファン)は逮捕したキム・ジェギュを拷問し、隠し金庫の金は「”閣下のお嬢様”(朴槿恵に当たる人物)に6億、(自分の所属する)保安司令部に2億」と好き放題に着服。参謀総長サンホにも1億差し出すもののはねつけられ、懐柔できないと見たドゥグァンは「(当日現場にいた)サンホも事件に関わっている」と内乱幇助罪をでっち上げることに。強引にでも逮捕してしまえば、あとは拷問して自白させればいいだけ。それがパク政権時代からの、敵を排除するための常套手段だからです。

サンホ参謀総長(イ・ソンミン)
サンホ参謀総長(イ・ソンミン)

もちろん物事は計画通りスムーズにはいきません。まずは公邸でサンホ参謀総長を拘束する際に、警備との間に銃撃戦が勃発。さらに、階級上位者の逮捕に必要な大統領の裁可を、12月6日に就任した新大統領チェ・ハギュン(元首相、実名ギュハ)が頑として拒絶したこと(これがないと「逮捕=不法行為」となり、大義名分を失えば「名実ともに反乱軍」となってしまう)。さらに首都警備司令官イ・テシンが早々に動き出したこと。

かくて陸軍は「ハナ会」と「それ以外」に二分され、一触即発の状況に陥ってゆきます。首都警備隊の憲兵監キム・ジュニョプ(演=キム・ソンギュン)に「”珍島犬”を出しましょう」というセリフがありますが、この「珍島犬」とは韓国の対北朝鮮の非常事態警報のこと。混乱に乗じた北からの攻撃に備えてということなのでしょうが、そういう中でも事態は更に拡大し、国境最前線の最強部隊「空挺旅団」までもが駆り出される展開に。

イ・テシン首都警備司令官(チョン・ウソン)
イ・テシン首都警備司令官(チョン・ウソン)

さて映画は激動の一夜の出来事を、首都警備司令官のイ・テシンと、反乱軍のリーダー、チョン・ドゥグァン(実名ドゥファン)の関係を通じて描いており、そこに人間ドラマとしての面白さがあるように感じました。

私が注目したのは、ドゥグァンがサンホ参謀総長に「首都警備隊はテシンでなく(ハナ会の)、士官学校出身のノ・テゴン(本名テウ、演=パク・ヘジュン)に」と進言する場面です。テシンのモデルであるチャン・テワンは現場の将校を養成する陸軍士官学校でなく、軍内の行政や教育を担当する人を育てる陸軍総合行政学校の出身で、私立大学を卒業し、70年代には非学位とはいえ、ソウル大学と大学院の経営学課程を終了しています。映画の中のテシンも、論文の執筆や兵士の教育などでキャリアを積んできた人で、戦場を知る現場の軍人とは少し異なるようです。
これを受けるように、ドゥグァンがハナ会の仲間に激を飛ばし、クーデター計画を飲み込ませる場面があります。「ソウル大に入れるほど優秀なのに、金もコネもないから将官になれず、横入りしたやつの下に甘んじている」。実際のチョン・ドゥファンは、経済的に恵まれず大学進学を断念、学費無料の陸軍士官学校に入り、勉強よりもボクシングに熱中し、アメリカの特殊部隊に学んでベトナムで戦い……つまり動物的(野獣的?)勘によって現場で叩き上げ、権力と金を手にした人物です。その入り交じる劣等感と優越感を、名優ファン・ジョンミンがこれ以上ないほどに憎々しく演じています。

そんなチョン・ドゥファンが軍内でさらなる力を持つために、ノ・テウなど士官学校の同期たちとともに作ったのが「ハナ会」です。独裁者に忠誠を誓う秘密結社ですから、出世の道は約束されたようなもの。「ハナ会」の誰もが「金もコネもない」とは思わないんですが、「ハナ会」にいることが何よりも最強のコネになっていったであろうことは想像に固くありません。『ソウルの春』には、その連帯意識と同時に、鉄火場で「勝馬にのらなければ破滅する」という軍人たちの切迫感が、生々しく横溢しています。

暗殺されたパク・チョンヒ大統領も1961年にクーデターで政権を奪取した人物なのですが、『ソウルの春』のドゥグァンは「閣下(パク・チョンヒのこと)がどうだったか」という話を何度もしています。映画を見るとドゥグァンは、閣下が独裁政権樹立するまでの流れを「自分バージョン」で再現しようとしているように感じました。仲間に対して「分け前はたっぷりやるぜ」という姿勢もパク・チョンヒそっくり。実際この反乱の参加者は、チョン・ドゥファンの後に13代大統領に就任したノ・テウを始め、あらゆる政権の役職に収まってゆきます。映画を見た後に仲間と宴会するドゥグァンに怒りが収まらないのですが、「人間は”命令する人間”になるより、強い人間に導かれることを望んでいる。あそこにいる連中は、おこぼれに預かろうと同調してるだけだ」というセリフには、蔓延る悪を許すのは「凡庸な悪」なのだなということも思い知らされます。

ファン・ジョンミンに腸煮えくり返って収まらない!という人が続出し……

映画は歴史通り悪が勝利を収め、そのラストシーンには韓国人ならずともチョン・ドゥグァンを憎まずにはいられません。「怒りの持って行き場がない」という観客の声をうけて、韓国では急遽『人質 韓国トップスター誘拐事件』という旧作がリバイバル公開されたのが笑えます。ドゥグァン役のファン・ジョンミンが、「俳優ファン・ジョンミンが誘拐された」という物語で自分自身を演じ、とにかく理不尽にいたぶられるという作品です。

ところでこの騒動は「12・12粛軍クーデター」とよばれていて、つまりは軍内の実権奪取のための非合法な武力行使と、反対派への粛清なんですね。途中、物々しく行き来する戦車に対して人々が「なんだなんだ?」となる場面があるのは、一般市民はその夜に何が起きていたのかまったく知らなかったから。チョン・ドゥファンが政権を手に入れた本当のクーデターは、年が明けて1980年5月に起きた「5・18光州民主化抗争」、いわゆる「光州事件」です。市民に銃を向け多くを虐殺した末に、チョン・ドゥファンは大統領に就任することになります。

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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