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歴史の闇を暴く衝撃作『ソウルの春』で始まった、激動の80年代を知るための韓国傑作映画6選

渥美志保映画ライター

『ソウルの春』は、1979年におきた「12・12粛軍クーデター」を描いた作品だ。「12・12粛軍クーデター」とは、後に大統領として8年もの軍事独裁をしくチョン・ドゥファン(役名チョン・ドゥグァン)が、陸軍内の実権を一夜にして掌握した事変のこと。映画は、一般には知られていなかった「その夜に起こっていたこと」の詳細を、綿密な取材を元に映画は克明に描いている。今回はその作品をより深く理解するための関連作品をご紹介。どの作品も基本的には「事実をベースにしたフィクション」であり、そのまま鵜呑みにしてはいけない部分もあるが、時代背景や前後の出来事の関係などを大筋で把握できると同時に、80年代の激動が今の韓国に明確に繋がっていることも理解できるに違いない。

側近のKCIA幹部による統領暗殺までの前日譚『KCIA 南山の部長たち』

『ソウルの春』を見る前に是非見てほしいのが、イ・ビョンホン主演の『KCIA 南山の部長たち』だ。

映画は「12・12粛軍クーデター」の約1ヶ月半前、10月26日におきた「パク・チョンヒ(朴正煕)大統領暗殺事件」を、パク大統領の側近でKCIA部長だった実行犯キム・ジェギュの視点で描いている。映画には「『ソウルの春』のあの場面、あのセリフは、こういうことだったのか」とわかるエピソードがいくつかあるのだが、それは前の記事『大統領暗殺と軍内部のクーデター。誰も知らなかった歴史の裏で起きていたこと』を参照いただくとして、今回は別の部分に触れたい。

映画には大統領の御前会議の場面が何度か登場する。ここに実行犯のKCIAキム・ジェギュ、その政敵の警護室長チャ・ジチョルとともに出席しているのが、陸軍保安司令部のチョン・ドゥファン(全斗煥)である。ジェギュを暗殺に駆り立てたのは、折から釜山・馬山(現在の昌原市)を中心に起こっていた「釜馬民主抗争」に対するパク政権の強硬姿勢だったとも言われている。それを御前会議で「(韓国軍で最強の)空挺部隊を使おう」と進言しているのがチョン・ドゥファンだ。アメリカの特殊部隊に学び、韓国に空挺部隊を作った人物である。

ちなみにこの「釜馬民主抗争」のひとつのきっかけには、打倒パク政権を掲げた釜山地盤の国会議員キム・ヨンサム(後の14代大統領、金泳三)が、与党の単独採決で議員職除名にされたことがある。

様々な視点から描かれてきた「光州事件」(「5・18光州民衆抗争」)

空席となった大統領職を12月6日に引き継いだ首相のチェ・ギュハは、憲法改正による国民による大統領直接選挙の実現を約束し、緊急措置9号(憲法に反対、誹謗、改正・廃止を扇動する行為などの禁止)の解除とともに政治犯の釈放(キム・デジュンの自宅軟禁解除を含む)を実施。「ソウルの春」と呼ばれる民主化への期待が高まるが、その後一週間足らずで「12・12粛軍クーデター」が発生したのは、映画『ソウルの春』が描いたとおり。政治の実権を掌握したチョン・ドファンは、「ソウルの春」で広がる民主化要求デモに対し5月17日に非常戒厳令を全国に拡大(5・17クーデター)。この際に逮捕されたキム・デジュン(後の15代大統領、金大中)の地盤、光州で起こった民衆と軍の衝突が「5・18光州民衆抗争」、言うところの「光州事件」である。

ソウルのタクシー運転手と外国人記者が見た虐殺の衝撃

おそらくこの事態を題材にした最も有名な作品は、ソン・ガンホ主演の『タクシー運転手 約束は海を超えて』だろう。ソウルに暮らすタクシー運転手の主人公は、「光州まで往復してくれたら大金を払う」という外国人客を乗せホクホクしながら向かったその地で、軍が市民をためらいなく虐殺している現場に衝撃を受ける。命からがら平和なソウルに戻るが、その光景が目に焼き付いて離れない。「政治なんて自分には無関係」と思っていた素朴な小市民は、もうかつての自分には戻れなくなっている。

光州の人々はなぜ闘いに駆り立てられていったのか『光州5・18』
『光州5・18』は、光州に住む住人たちを主人公に描いた群像劇だ。

何の変哲もないのんきな日常を過ごしていた高校生、その兄のタクシー運転手、看護師、元軍人、遊び人のお兄ちゃんまでが、突然現れた戦車にわけもわからず蹴散らされ、「暴徒」として最終拠点となった道庁に追い詰められてゆく。普通の人たちが立上がるようになっていったのはなぜか、軍の市民への攻撃がどのようにエスカレートしていったのかが時系列で描かれており、人々が感じた理不尽が我がことのように伝わってくる。

加害者にならざるをえなかった人間のその後の人生『ペパーミント・キャンディ』

韓国映画の歴史に残る傑作『ペパーミント・キャンディ』は、光州民主化運動を鎮圧した側の軍人を主人公にした作品だ。物語は主人公が電車に轢かれて自殺するところから始まり、いったい彼に何があったのかを時間を遡って描いてゆく。小さな草花に涙するような青年は、兵役中に否応なく駆り出された光州での体験で、その人生を決定的に歪められてしまう。被害者はいうまでもないが、加害者にならざるをえなかった人間たちも被害者であることを、映画は痛切に描いている。

警察による不法逮捕と拷問を告発した弁護士は、後に大統領に『弁護人』

81年には、釜山で読書会に集まった学生・社会人22名が逮捕状なしに拘束された「釜林事件」が起こるこの事件で拘束された学生の無料弁護を引き受けたのが、後に16代大統領となる弁護士ノ・ムヒョン(盧武鉉)だ。『弁護人』はその事実をベースに描いた作品である。ソン・ガンホが演じる主人公は『タクシー運転手 約束は海を超えて』よろしく、貧しい生まれゆえに無邪気に豊かさに憧れる普通の男だ。だが学生たちの身体に刻まれたひどい拷問の痕跡に衝撃を受け、ハナから真実に興味がない裁判所と、敢然と戦うことを決意する。ちなみにこの裁判をともに弁護士として戦ったのがムン・ジェイン(文在寅)、後の19代大統領だ。

民主化への決定打「6月抗争」と、二人の元大統領を逮捕した検事『1987 ある闘いの真実』

この事件をきっかけに人権派弁護士に変貌したノ・ムヒョンは民主化運動にも足を踏み入れ、大統領直接選挙の実現と民主化を求める「6月民主抗争」を主導することになる。『1987 ある闘いの真実』はその前段を描いた作品だ。

デモで拘束されたソウル大生の警察の取り調べによる拷問死、その隠蔽に義憤を覚えた人々のリレーで真実が社会に明かされることによって、政権がゆらいでいくまでを描く。ラストに新聞社が「午後6時に、教会や寺は鐘、車はクラクションを鳴らす」という台詞があるが、これは反政府勢力が結集した大統領直接選挙を求める組織「民主憲法争取国民運動本部」の呼びかけに、市民が連帯したものだ。

1988年、韓国で初の国民による直接選挙が行われた13代大統領選は、野党が候補の一本化に失敗し、チョン・ドゥファンの盟友であるノ・テウが当選。その後、14代大統領となったキム・ヨンサムは、「12・12粛軍クーデター」を主導した軍内秘密結社「ハナ会」を解体する。同政権下の95年には、「5・18光州民主抗争」「12・12粛軍クーデター」の罪を問い、二人の元大統領(チョン・ドゥファン、ノ・テウ)が拘束、起訴される。これを行ったのが『1987 ある闘いの真実』で警察の隠蔽と断固として戦ったチェ・ファン検事である。

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『ソウルの春』 新宿バルト9ほか全国にて公開中

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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