阪神タイガース・ファームの胸を借りた日本海オセアンリーグ選抜 熊谷兄弟の対決も
■阪神園芸さんの大奮闘のおかげでプレーボール
NPB球団との試合は、独立リーガーにとって大きなアピールのチャンスだ。“格上”の選手を抑える、打つ。しかも大勢のスカウトの目の前で。
今季から活動している日本海オセアンリーグ(以下NOL)は4球団(富山、石川、福井、滋賀)からの選抜メンバーで1チームを構成し、5月に横浜DeNAベイスターズと2試合、6月に千葉ロッテマリーンズと1試合、そして7月5日には阪神タイガースと1試合、それぞれのファームチームと対戦した。
タイガース戦当日は台風が接近しており、タイガース・ファームの本拠地である阪神鳴尾浜球場では朝から激しい雨が降り続いていた。オセアンリーガーたちが到着したころにはグラウンドは完全に水が浮き、田植え中の田んぼのような状態だった。
しかし、中止は出ない。鳴尾浜には“世界の”阪神園芸さんがいるのだ。ほどなく雨が弱まるときびきびと動き始め、完全に雨が止むと魔法のように美しいグラウンドに仕上げてくれた。他球場では考えられない匠の技である。
園芸さんたちには「遠くから、しかも朝早く出て来ている選手たちのために、中止にはしたくない」という思いがあったようだ。ありがたい。
そして、この日はタイミングもよかったのか、これまでで最多のスカウトたちが集結した。雨上がりの蒸し暑い中、9球団のプロアマ合わせて総勢20人ほどのスカウト陣が、スピードガンやストップウォッチを手にネット裏から熱視線を送っていた。
屋外での打撃練習やシートノックができなかったのは残念だったが、それでもアピールの場は整った。
■打撃陣
まず表の攻撃シーンを振り返ろう。
タイガースの先発は、ケガによって育成契約になった川原陸投手だったが、NOL打線はなかなか捉えることができず、三回まで植幸輔選手(石川)のヒット1本に抑えられてしまった。
しかし四回から登板した牧丈一郎投手から、中前打で出た川﨑俊哲選手(石川)を熊谷宥晃選手(福井)が右中間を割る三塁打で還し、1点を奪った。
七回は守屋功輝投手の登板だ。野村和輝選手(石川)が先頭でヒットを放つも、次打者は熊谷敬宥選手の好守備によって併殺に仕留められ、得点できず。
八回、小野泰己投手から濱将乃介選手(福井)、小原駿太選手(滋賀)がともに左翼線への二塁打で1点を追加して2点差に詰め寄ったが、反撃はそこまで。最終回はルーキー・岡留英貴投手に対して3人で攻撃を終えた。
■投手陣
一方、裏の守りだ。NOLは7人の投手が登板した。
先発は捕手から投手に転向した元東京ヤクルトスワローズの山川晃司投手(富山)だ。ずっとランナーを背負った状況であったことや自チームでは後ろで投げていることもあってか、間合いが長くリズムに乗りきれなかった。
四球を挟んでの4連打に2つのエラーにも足を引っ張られ、4失点(自責は2)という結果に終わった。
二回の松向輝投手(富山)は球速こそ最速の150キロには届かなかったものの、社会人時代に修羅場を経験しているだけあって、テンポよく三者凡退に抑えた。
三回の松原快投手(富山)は本来の状態には及ばなかったが、スコアボートに0を刻んだ。
■秋吉亮投手はNPB復帰を懸けたマウンド
四回は秋吉亮投手(福井)だ。精緻なコントロールを誇る秋吉投手にしては珍しく、先頭に四球を与えてしまう。それでもストレートとスライダーのコンビネーションで攻め込み、しっかりと無失点でマウンドを降りた。
試合後、井上広大選手と談笑するシーンがあった。どのような読みだったのかの確認だったが、「僕の考えていた配球と一致していた」と振り返る。
ただ、決めにいった球がボールと判定され、四球にしてしまった。いいコースだったが、「やっぱNPBの選手は振らない。独立だと、いいところはだいたい振るからね」と、違いを感じたという。
しかしボール自体には手応えがあったようで、「状態は上がってきている。悪くはない」と納得顔だ。この日の判定はストライクゾーンが狭かったように感じる。コースを内外いっぱいに使って攻める秋吉投手にはやや不利だった。
それでも、これまでと変わらない笑顔でのピッチングで、プロの編成担当たちにアピールしていた。
五回からは藤川一輝(石川)、吉村大佑(滋賀)、菅原誠也(滋賀)の3投手で4イニングスを守りきって得点は許さなかったが、4―2とNOLは敗れた。
■どこをアピールするのか
点差こそ2点と僅差ではあったが、歴然とした力の差を感じさせられた。オセアンリーガーたちのアピール度は、決して高かったとはいえないだろう。
選抜チームの監督を務めた福井ネクサスエレファンツの会長兼GMである西村徳文氏は「みんな、硬かったね。力が入りすぎでしょうね。スカウトの方もたくさん見に来られているから、力を入れるなっていうのが無理なのかもしれないけど…」と残念そうだった。
「最初から自分の力を出すためにはどうすべきかっていうところを、これからやっていかないといけない。選手には1年でも早くNPBへと思うから、そうすると時間がない。そこがNPBで指導するのとは違うところで、難しい」。
一人でも多くの選手をNPBへ送り出してやりたい。こういう舞台でスカウト陣の目に留まるようにと願うからこそ、歯がゆい思いがある。
「アピールの仕方は個々によって違うと思う。自分は何が一番いいのか、どこをアピールしないといけないのか。全部をうまくやってやろうではなく、何か一つ、抜きん出たものを見せないといけない」。
己をよく知らねばならないということだ。
■濱将乃介選手の適所とは
そのように訴える中、西村氏がピックアップするのは福井の濱将乃介選手だ。自チームでは開幕から不動の「1番・ショート」だったが、西村氏は適性を外野にあると見ていた。
5月11日のベイスターズ戦でセンターに就いてシートノックを受ける姿を見て、「センターからの返球が、NPBの選手と比較しても遜色なかった。それくらいよかった。自分の中では外野だと思っていた」と評価しており、6月29日からはセンターを守らせている。
この日もセンターで出場させたところ、案の定、見事なバックホームを見せスカウト陣を唸らせていた。
「昨年(四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグス)までは外野をやっていた。今年は本人とも話し合っての内野なんだろうけど、外野のほうが(NPBへは)近道。濱も大学4年の年。となると遅くとも来年…いや、早ければ早いに越したことないんで」。
NPB側は若い選手を欲しているという実情がある中、「今年ダメなら来年」とは、なかなかならない。1年でも早く送り込むことが必須なのだ。今後も各選手の適性を見て、“近道”を探してやることに腐心するという。
■熊谷敬宥&宥晃の兄弟対決
この試合は“兄弟対決”でも盛り上がった。敬宥、宥晃の3つ違いの熊谷兄弟だ。
ちょうど1軍が甲子園に帰ってきており、試合勘や打席を求める兄は“親子ゲーム”を志願して鳴尾浜に来ていたのだが、試合途中で1軍の中止が決定したため、最後まで出続けることとなった。六回からセカンドも守り、5打席立つことができた。
試合前に兄からバットやジャージ、手袋などをプレゼントされた弟は「野球道具がもらえるのが一番嬉しいし、助かる」と白い歯をこぼし、兄は「弟が野球をしているところを見るのは初めてで、楽しみ」と言って試合に臨んだ。
オーダー表には兄は2番に、弟は9番に、守備位置はともに「7」と書き込まれた。まずは兄が第1打席で弟のいる方向、レフト線に2ベースを放った。
試合後にこの場面を振り返って、兄は「『投げてくんな』と思った」、弟は「『打ってくんなよ』と思った」と明かして笑わせた。
弟も五回に右中間へのタイムリーを放ち、ウリである快足を飛ばして三塁を陥れた。兄は「足はたぶん僕よりは速いと思う。僕よりいいバッティングをしていた。しっかり打てたので自信にしてもらえたらなと思うし、僕も刺激になった」と笑顔を見せ、弟も「なかなか野球を見てもらえる機会がなかったので、結果を出せてよかった」と喜んでいた。
普段の会話はほとんどないというが、楽しみながら臨んだこの日の対戦でお互いのプレーを見て、あらためて切磋琢磨していくことを誓った熊谷兄弟だった。
■アピールは続く
「NPBとの対戦で、選手たちも違いを感じていると思う。見た目以上に球が来るとか、いかに一発で仕留めるかとか。そういうことをしていかないといけない。実際に対戦することで、まだまだやることがたくさんあると気づいたと思う」と西村氏はうなずく。
次戦は7月19日、大阪シティ信用金庫スタジアムにてオリックス・バファローズのファームとの一戦だ。
選ばれた選手たちが、スカウト陣を前のめりにさせるような熱のこもったプレーを見せてくれることを願う。