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会社が社会に「幸せな働き方」を広げていくには|楠山健一郎氏・倉貫義人氏対談【後編】

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
左から、株式会社ソニックガーデン 倉貫義人氏、株式会社プリンシプル 楠山健一郎氏

拙著『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』に登場する株式会社プリンシプル 楠山健一郎社長と株式会社ソニックガーデン 倉貫義人社長よる対談シリーズの最終回です。

リモートワークをはじめ、社員の自律性に任せた自由な働き方を実現している両社の社長が、組織と個人と社会の関係や、現代のマネジメントのあり方について議論しました。

■「給料は全員一律」の本当のところ

楠山:今日、ぜひ聞いてみたかったのは、御社の給与体系についてです。本には全員一律の給料だとありましたが、本当ですか?

倉貫:新卒は分けていますけど、中途採用はほぼ一緒ですよ。

楠山:新卒はどうなっているんですか?

倉貫:新卒は、労働時間に対して報酬を払います。新卒に対して成果で報酬を出すことにしたら、成果が出るまで死ぬほど働かなければいけなくなってしまいますから。評価は無しで、年次が上がるごとに昇給します。成果で報酬を出せるレベルになると、中途で入った人たちと同じ給料になります。

楠山:なるほど。中途の人は一緒ということですが、普通は転職してくるときに前職の給与レベルを維持かそれ以上を望みますよね。前職が大企業で給与水準が高い人は来ないのでしょうか?

倉貫:そもそも、前職の給料を聞いたことがないのでわかりません。「うちの会社ではこの給料です。それで満足できるなら来てください」と言うだけです。ただ、僕らがもともといた会社は一部上場企業ですから、ソニックガーデンの給与水準もそこそこ高いと思いますよ。

楠山:それでも、どうしても採用したいという人がいたら、給料の交渉になりませんか?

倉貫:「この人を採りたい」ということがそもそもないんです。向こうから来てくれるまで待つタイプなので、僕から誰かに声をかけることはないし、採用メディアやエージェントも一切使っていません。知り合いだとしても、ホームページのエントリーページから応募してもらいます。応募から入社まで、1年半くらいかかるんですけど。

楠山:1年半ですか!?

倉貫:そうです。平均でそのくらい。

そんなに時間をかけて何をしているかというと、その人と僕らが合うかどうかを見極めるためにいろいろなお付き合いをする期間を取っているんです。一緒に遊んだり、副業的に仕事をしてみてもらったりして、お互いに「一緒にやろうか」と思える状態になったら、正式に入ってもらうんです。

■社員にとって重要なお金以外の価値

倉貫:よく「給料が一律で、不満は出ないんですか?」と聞かれますが、社員の満足や不満足って、金銭面だけじゃないと思うんです。

楠山:僕もそう思います。

倉貫:僕らの会社で言えば、例えば移住したいと思えばいつでもできることとか、子どもとの時間をたくさん取れることとか、満員電車に乗らなくて済むこととか……、むしろお金に換算できない大きな価値を、社員は得られていると思っています。

お金はもちろん必要なものなので、僕らは給料をベーシックインカムと捉えています。「給料のためにもっとがんばらなきゃ」とか「がんばってるからもっとくれ」みたいなことは考えなくてすめば、それが一番いいと思っているんです。

楠山:幸せに暮らすのに最低限必要なお金が、常に保証されているということですね。

倉貫:給料を一律にして、どうして不公平にならないかというと、一人ひとりの稼ぎをだいたい同じくらいにしているからです。例えばルーキーはフルタイム分働かないとそれだけ稼げないけれど、ベテランなら週の半分で稼げるという場合、ベテランはそれ以上仕事をしなくてよくて、残りの時間は自分の好きなことをできるんです。

それぞれに成長したいという気持ちを持っている人たちなので、自分で好きに使える時間が何より大切なんですよ。それが、成果を出そう、生産性を上げようというモチベーションになっているんです。

楠山:理想的な状態ですね

■社員の幸せを目的にした「組織のスケール」と「マインドのスケール」

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楠山:僕も最初の5年くらいは、無理に人数を増やして会社を大きくしなくていいと思っていたんです。でも今は、独自のユニークな文化や自由な働き方など、会社の良い部分を維持しながら会社をスケールさせたいと考えています。普通、大きくなればなるほどユニークさや尖った部分が減退していくものですが、そうならないようにチャレンジしたいんです。

NASDAQ上場を目指しているんですけど、元々は上場したくないと思っていました。サイバーエージェント時代に社員として上場を経験した時は、上から高すぎる目標が降ってきて理不尽に感じましたから。ただ、もともと自分が何をしたかったのかと考えると、世界で自分の力を試したい、ということなんです。それと、ロイター時代の良かったことの一つが、180カ国に拠点があって好きな場所で働けることでした。好きな時に好きなところに行けて、歓迎してくれる仲間がいるのはいいな、と思って。そういうことを今の会社でもやろうとしたときに、上場して資金調達をし、世界中の会社を買ったらできるな、と。NASDAQに上場している日本企業は12社しかない、というのもワクワクします。

ただ、あくまでこれは個人が幸せな働き方をできる会社であるためです。上場を目指すことがそれを阻害するようであれば、この目標は撤回する、ということもみんなに言っていて。このことはかなり重要だと思うんです。

倉貫:上場は目的ではなく、手段だということですね。

楠山:そうです。

倉貫:僕は、会社を大きくしたいという気持ちは全然ないんです。ただ、プログラマの仕事はとてもクリエイティブでこれからの時代において本当に価値のある仕事だということを、もっと世の中に知ってもらいたいという気持ちはあります。

僕らの会社のビジョンのひとつに「プログラマを一生の仕事にする」というものがあるんですけど、その方法として例えば、世の中のプログラマが一生プログラマの仕事ができるようなサービスを提供するということもあると思います。ただ、それをするために僕らがプログラマとして楽しく仕事できない状態になったら本末転倒ですよね。

プログラマを幸せにしたいと言いながら、社員には「今はちょっとつらいけど、世の中のプログラマのために頑張ろうね」というのはどこかずれているなと。であれば、僕らはまず今働いているプログラマが幸せに働けることを一番大事にしようと思うわけです。人をたくさん入れて拡大することも、元からいる社員にとっては特に嬉しいことではないので、本当にいい人がいたら入ってもらうけれど、そうでなければ無理に集めることはやめました。

会社をスケールさせる以外でどうしたら世の中に貢献できるかと考えたら、一生プログラマでちゃんとお給料をもらえて、価値を生み出し、幸せになれる、ということを僕ら自身が証明するということです。それを見て「そういうことができる会社があるんだ」とわかってくれれば、他にもやってみる人が増えるかもしれないですよね。会社を大きくするスケールではなく考え方を世の中に広げるという意味で、「マインドのスケール」ができればいいと思ってやっています。

楠山:マインドのスケール、いい言葉ですね。僕は両取りで、「日本の中小企業がNASDAQに上場できちゃうんだ」とか、「そういう仕組みをうまく使えば世界中に拠点を立ち上げられるんだ」とか、そういうことが、社員の必死ながんばりというよりは、個人のWinの延長で幸せに働いて実現できるんだ、ということを社会に提案したいんですよね。

■目標や仕事の難易度と、成長・幸せの関係

倉貫:最近気づいたことですが、僕らの会社の特徴は「ベストエフォート」「グロースマインドセット」「フォアキャスティングな経営」という3つのキーワードで表せそうです。

楠山:どういう意味ですか?

倉貫:「ベストエフォート」はIT用語ですが、よくネット回線なんかは「ベストエフォートで提供します」と言いますよね。理想の速さはこれぐらいですが、実測はこれぐらい、という。僕らは目標やノルマを掲げてそれにコミットしていくという会社ではなく、精一杯頑張ってベストはつくすけれど無理はしない、というスタンスなんです。

そう言うと「まったりした会社ですね」と言われますが、ちょっと違っていて、みんなすごく成長したい気持ちがあるんです。2つめの「グロースマインドセット」ですね。成長の中身は人によって違います。日本一のプログラマになりたいという人もいれば、本を出して有名になりたいという人もいるし、良い作品を作りたいとか事業を成長させたいという人もいます。それぞれが自分の基準で上を目指していて、成長しているという実感があるときに幸せを感じられるというのが、僕らの会社のメンバーの共通点です。

もうひとつの「フォアキャスティングな経営」ですが、これはバックキャスティングしない、とも言い換えられます。バックキャスティングというのは、未来にどうなっていたいか目標を設定して、それに向けて逆算でやることを決めていくという考え方です。僕らはそうじゃなくて、今あるカードでどうやっていくのかを考えながら、成長を積み重ねていこうとしています。言ってみたら、ただの頑張っている中小企業でしかないのですが。

楠山:なるほど。特に成長の実感があると幸せだというのは、よくわかります。その場合、「コンフォートゾーンを出る」という発想がありますよね。組織が上場のような高い目標を持つと、その時に初めて直面する課題があって、それによって社員の目線も引き上がるというか、成長の糧になると感じています。

倉貫:それはフロー理論でも説明できますね。ご存知かもしれませんが、スポーツでもゲームでも仕事でも、自分のスキルに対してほどよく難易度が高いことをしていると、めちゃくちゃ集中できる。それをフロー状態と言って、そのときに人は幸せを感じるそうです。逆に、新人にいきなり新規事業を立ち上げろと言っても難易度が高すぎて不安になるだけで全然楽しくないし、逆にスキルが上がっているのにずっと同じ仕事をさせられていると難易度が低すぎて退屈してしまうわけですよね。

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楠山さんが、成長実感を得るために高い目標が必要だとおっしゃったのは、成長した会社の状態に合わせて、今は少し難易度を上げる必要が出てきているということかもしれませんね。

楠山:そうです。高い目標に一丸となって向かえる状態が良いと思っています。

■現代の組織にマネージャーというポジションが馴染まない理由

倉貫:みんな幸せであるためには、それぞれの人がずっとちょうどいい難易度の仕事をし続けられているといいわけで。それを会社の側が用意することもできるけど、僕は本人が自分でチューニングできるのがいいと思っています。

楠山:なるほど。僕がみんなで一丸となって、と言うときにイメージしているのはプロスポーツで、プレイヤーも企業のスポンサーもサポーターも、勝つという目的のために一緒になっている状態です。

倉貫:確かに、共通の目標は必要ですよね。「勝っても勝たなくてもいい」と言われたら面白くなくなっちゃいます。

楠山:特にうちは、職人かつプロフェッショナルな自立した人間を集めているので、彼らがチームになってどう勝つかという点でも、プロスポーツと似ていると思います。

倉貫:僕も、サッカーに例えることが多いです。昔から「トータルフットボールでいこう」と言っていて、それぞれにフォワードやミッドフィルダーやディフェンスというポジションはあるんだけど、ディフェンスがシュートしてもいいんです。司令塔が全部を支配するチームではなく、それぞれがリーダーとして考えてやっていこう、と言ってきました。

楠山:それについては最近考えていることがあって、『本気で社員を幸せにする会社』に出てきたネットプロテクションズさんにヒントを得て、マネージャーというポジションをなくした方がいいのかなと。

というのも、うちに来る人たちは全員プロで優秀な人たちなのに、限られた数のマネージャーとそれ以外の人たちに分けることに、すごく違和感を感じていたんです。

常に同じ人が上に立つのではなく、スポーツチームのキャプテンのような感じで、その時々でリーダーシップを取る人がいる、そんな組織を作っていきたいな、と考えています。

倉貫:僕らの会社もマネージャーはいません。評価をしないし、有給休暇を取るのも経費を使うのも各自が判断するので、決裁者がいらないんです。全員がセルフマネジメントをしているから、どちらかというと全員管理職みたいな会社なんです。

工場で一斉に同じものを作るなら、管理職が指示した方が効率的ですが、プログラマの仕事は再現性がない。昨日と今日で同じことを繰り返しているわけではないし、人によってもでき上がるものは違います。そういうのをクリエイティブな仕事と言っていますが、クリエイティブな仕事をマネージャーが指示したり評価したりすることはできないんですよ。「いいプログラム書きなよ」というのは指示になっていませんからね。そうなると、もう本人が自律的に責任をもって自分の仕事をやるしかありません。

もちろん会社の中には再現性のある仕事もありますが、僕らはプログラマなので、再現性のある仕事はコンピュータにさせています。プログラマという管理者の下にコンピュータという労働者がいるとも言えます。

楠山:なるほど。尖った人が埋もれない組織にしようとすると、これまでのピラミット型の組織では合わない部分がたくさんあるんだと思います。

今日はたくさんヒントをいただきました。ありがとうございました。

倉貫:こちらこそ、お話できて楽しかったです。ありがとうございました。

※写真はすべて筆者撮影

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フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』(http://mydeskteam.com/ )を運営中。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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