会社を幸せな場所にするために大事なこと~幸福学研究者・前野隆司教授に聞く~

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 前野隆司教授と筆者

このたび、『本気で社員を幸せにする会社「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)を出版しました。

「社員を幸せに」というと昭和の家族主義的な会社をイメージされるかもしれません。しかしこの本には、「社員の一生の面倒を見る」というような考え方の会社はほとんど出てきません。仕事へのスタンスも生活も多様化する現代において求められるのはどんな組織かーーそんなことを考える際のヒントになればと思います。

巻末には、幸福学研究の第一人者でホワイト企業大賞企画委員でもある前野隆司教授との対談を収録。企業にとって社員の幸福が持つ意味、働く人が幸せになれる会社を作る方法について伺いました。その内容を以下に掲載します。

「幸福度が高い働き方」を実現するために必要なこと

◇ 「幸せ」の4つの因子

出典:『本気で社員を幸せにする会社』(日本実業出版社)
出典:『本気で社員を幸せにする会社』(日本実業出版社)

やつづか:今日、前野先生にまずお聞きしたかったことは、幸せの4つの因子についてです。前野先生は(1)やってみよう(自己実現と成長)因子、(2)ありがとう(つながりと感謝)因子、(3)なんとかなる(前向きさと楽観性)因子、(4)ありのままに(独立と自分らしさ)因子という4つの要素がバランスよく満たされると、幸せを感じると提唱されています。これを日本の会社に当てはめた場合の傾向などはありますか?

前野:日本の伝統的な会社は4つの因子でいうと、(2)のつながりを重視しすぎている傾向がありますし、個人の特性を活かす方向ではない場合も多いので、「(4)ありのままに因子」や「(3)なんとかなる因子」が低いということはあるかもしれません。

 反対に、どんな会社でもそれなりに高いのは「(2)ありがとう因子」です。感謝したい気持ちはそう簡単に下がらないのかもしれません。また、「ありがとう」は自分が他人に対して思うものなので、どんな状況でも、ある程度「ありがとう」と思いやすいですよね。「(1)やってみよう因子」などは、まわりの人が「やってみません」という人だと、自分だけでそう思うのは難しいでしょう?

やつづか:4つの因子は環境により強化したり弱まったりするということですか?

前野:そうですね。学習や社会環境によって幸福の4因子の感じ方は変えられると考えられます。

 つまり、悲観的な性格の人がいたとして、職場に信頼感のある上司と仲間がいるとします。本人はすぐに「私、できない」と思ってしまうんだけど、上司や同僚が「あなたはできる」と言ってくれる。それでやってみたらできた。そういう成功体験を積んでいけば、悲観的な人も楽天的になり、「(3)なんとかなる因子」が満たされるようになるでしょう。

やつづか:もともとの性格はあまり関係ないということですか?

前野:調査をしてみたところ幸せの4因子と性格の相関は低くはありませんでした。

 たとえば「優しい人はありがとう因子が高い」のです。ただし、性格も半分くらいは後天的に変えられるということが知られています。

やつづか:「幸せの4因子」の感じ方が後天的な努力や環境条件によって変わるものだとしたら、「幸せの4因子」を感じやすい仕事というものが存在するかもしれませんよね?

前野:そうですね。コンサルタントやクリエイティブ系の仕事は、そもそも幸せを感じやすいと思います。ほかにも仕事に面白さを感じて、新しいことをどんどんやっていくような職種、広告代理店などはそうかもしれません。反対に、ルーティンワークが多い職種は幸福度が低くなりがちという研究結果もあります。 

 だから僕としては、やはりルーティンのような仕事を減らしたほうがいいと考えます。ルーティンワークはAIにまかせて、人間は感性と創造性を発揮する仕事に移っていったほうがいいでしょうね。

やつづか:たとえば「私は会計が好きで、手際よくお金の管理をすることに誇りを感じている」というような人は、ルーティンワークが好きと言えませんか。

前野:そういう場合は、やっていることはルーティンワークに見えますけど、本人の中では「次は何分でこの作業をしよう」とか「完璧を目指そう」とか、そこにやりがいを見出しているのでしょう。 

 一方、「ルーティンワークが好き」の裏には「私はクリエイティブなことはできない」という感情が隠れている場合もあって、そういうパターンであれば社内の「(1)やってみよう」や「(3)なんとかなる」因子を高める必要があります。

 組織として安心安全な風土をつくる。それと個人のモチベーションアップをはかれば、幸せな職場になるはずです。

◇ 企業は「最初から幸せな人」を採用すべき?

やつづか:いま、女性の再就職や高齢者の雇用拡大など、人材採用に関しても過渡期を迎えています。前野先生の研究では「幸せな人は創造性が3倍、生産性が1.3倍」という結果もありました。だとしたら、企業は「最初から幸せな人を採るのがいい」ということになりますか?

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前野:実は、大企業に行くと「いつも笑顔で、人柄がいい人」がいっぱいいます。そういう人は、つまり「性格がいい人」なのです。そういう人ばかりの会社は、働きやすいでしょう。「笑顔で性格が良い」人なら、本人もまわりも幸せに生きていそうですよね。だから、「幸せな人を採ろう」とは思っていないけれど、結果的に幸せな人を採っている可能性はあります。

 けれど、大事なのは「幸福度は変わる」ということ。どんな人でもどんな場所でも、やりがいがアップして、信頼できる仲間がいれば幸せになることができます。

 反対に、どんなに幸せな人を採用しても、やりがいがなくて安心できない職場だったら、多分、その人は幸せではなくなる。だから「最初から幸せな人」を採用するのは半分正解ですね。これはもちろん「幸せじゃない人」を採用しないという意味ではなくて、幸せ因子を感じていない人が職場にいたら、みんなで幸せにすればいいだけなのです。

やつづか:「私、幸せ」という状態から、もしくは「私、幸せではない」という状態からの変わりやすさに、年齢は関係ありますか?

前野:はっきりしたデータを持っているわけではないのですが、関係があるとは思いますね。年齢と幸せは、40代が底のUカーブを描きます。

 つまり、子どもの頃は幸福だけど、大人になるにつれていろいろな問題や試練を受けるうちに幸福度が下がり、40代で底を打って、その後また上がっていく。40代は中間管理職で、子育てなどでお金もかかって、いちばん苦労が多いということの表れではないでしょうか。

やつづか:歳をとるとまた幸福を感じる人が増えるんですね。退職後の再雇用ということでいえば、60代、70代の幸せ度が低い人を雇って力を発揮してもらうのは難しそうに思えます。

前野:それでもきっと変われると思いますよ。シニアで幸福度が低い人は、「自分のこれまでの人生に自信がない」とか、「自分にはもう先がない」などと思っているから幸せ度が低いし、一見変われないんだと思いますが、それもやっぱり「変われる条件」を整えてあげる。

 たとえば「50代で起業する人もいます」「定年後にいきいきと地域活動する人もいます」と実例を見せてあげるとか、「あなたはこれができますよ」と職場でやりがいを用意するとか、教育をするとかで、シニアだって変わります。

◇ 職場の雰囲気で「幸せ」は変わる?

やつづか:ここまでお聞きしたところでは、「幸せ」を感じるためには個人の意識も大事ですが、一緒に働くまわりの人や会社の風土も重要ということですよね?

前野:そうですね。幸せとは個人のもののように思いがちですが、組織やまわりの人によって相当変わります。ですからいま、まさに「ワークの仕方」を変えていく余地がすごくあります。

やつづか:前野先生はホワイト企業大賞の受賞企業の選考委員でもいらっしゃいますが、ホワイト企業はやはり幸せ度が高い企業ということでしょうか。

前野:そうです。「みんなが助けあって、ワクワクして、生き生きしている」のがホワイト企業なので、幸福度が高い傾向があります。

やつづか:逆はないのですか? ホワイト企業だけど働く人はあまり幸せじゃないというような。

前野:職種的にハードな中小企業などで、もともと幸福度が低くなりがちな分野というのは存在するかもしれません。でも、そういう職場でもホワイト企業で、お互いに感謝しあいながら働いていると、幸福度が高まります。

 むしろ人気企業で、もともと幸せな人を採っているからみんな幸せそう。でも何か覇気がないというパターンもあります。一緒に飲んでいるとさわやかな人だけど、仕事の話になると元気がない(笑)。

 僕としてはそういう「優秀で幸せな人を採っておきながら、元気なくさせている」というほうも問題だと感じます。そういう会社は、一流企業だけど景気が悪い傾向にあったりして。たとえば、「新規事業開発の担当なのにアイデアを出してもはねのけられる」とかね。そういうことが続くと、幸せな人を採っても幸福度が下がっていきますよね。

やつづか:それは「利益がなければ始まらない」というような、利益最優先の考え方でそうなってしまうのかなという気もするのですが。どうしたら変えられますか?

前野:うーん。利益至上主義の社長がいる場合、社長が変わるまで大きな改革は難しいですね。というのも、職場が幸せであるためには、「経営者が社員を幸せにする」という意識を持つことが大事なので。だから、経営者が変わらないうちは会社全体の幸福度を高めるのは困難かもしれません。だけど、もっと小さなチームから変えることはできますよね。「ブラック企業だけど、この課だけは元気」という会社は実際に存在します。「いい課長が来て、あそこの課は活気があって楽しそうだな」みたいな。

◇ 中小企業が幸せな職場に変わるために必要なこと

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やつづか:ここまで大企業を例にお話を伺ってきたのですが、中小企業の人が何かを変えてみようと思ったときは、何から変えていけばいいでしょうか?

前野:中小企業のほうが変えやすいですよ。社長が「変えるぞ」と決意すればいいんです。「うちの社員を幸せにするぞ」と、社員にも言ってさえくれれば、幸福経営は始まります。

やつづか:本書で取り上げた事例でも「おやつタイム」を導入したウィルドさん(第5章)は、規模的には中小企業なんですね。「おやつタイム」も社長が突然考えたんです。それまでは泊まり込みも多い受託開発で、ワークライフバランスを良くしようと考えていろいろ試してみた中で、一番良かったのはおやつタイムだったそうです。

前野:「おやつタイム」に似た事例として、お昼にバーベキューをする会社や、朝はみんなで掃除をする会社などもあります。ここで重要なのは、おやつなのかバーベキューなのかということではなくて、「ちょっと無駄」に思えるような活動をみんなですることです。その中で理念や思っていることを共有したり、人間らしい会話をしたりすることが大事です。家族と一緒ですよ。家族も会話がないとよくない。仲のいい家族は真面目なばかりではないでしょう。仲良く雑談しています。

 会社も同じで、やはりある程度仲良くしゃべれないと、幸せに働く上で重要なことが共有できませんよね。

やつづか:確かに、上司と気楽にしゃべれない会社は一般に厳しい会社ですね。

前野:もちろん、昔の「飲み会」みたいな場でも気楽に話せるんでしょうけど、最近の若い人は強制されるのが嫌ですし、飲み会が嫌という人も世代問わず多いですよね。「おやつタイム」なら、就業時間内でできるのもいいアイデアです。

やつづか:社員同士が気楽にコミュニケーションするための工夫をしている会社は多いと感じています。第6章で紹介したフローレンスさんは、「ニックネームで呼びあう」という方法をとっていて、これも上下関係がやわらぎますよね。フローレンスさんでは、ほかにも日報をメールで送りあうということもしていて、今日思ったことなども書くそうです。

前野:それも、幸せな職場づくりの方法としては簡単だし、いいですね。日報などでは事実だけでなく、ここはちょっと無理やりにでも「気持ち」を書いてもらうとすごくいい。というのも、働き方改革をしようとすると、多くの会社が「無駄な会話」をなくそうとします。でも、そうして「事実の会話」だけになると、ロボットみたいになってしまいます。気持ちの会話がどんどん減っていく。そうなると、会社と社員がただの支配する側と支配される側になってしまいがちです。ですから、そうならないためにも「気持ち」を言葉にできる場所をつくるのが大切なのです。

やつづか:最近は、上司と部下が1対1で眼の前の仕事以外の話もじっくりする1on1を取り入れる企業も増えていますね。これも雑談の中からやりたいことを見つけたり、お互いを理解したりするきっかけになります。

前野:そうですね。最初から「私はこれをこうしたい」とゴールがはっきり見えている人は少ないので、見つけることを楽しんで、いろいろなことにチャレンジするためにも「話しながら探せる」職場づくりは大切です。

やつづか:雑談が重要という点では、ワーキングマザーの働き方にも課題がありそうです。ワーキングマザーの多くは、育休明けに時短で復帰するのでとにかく時間が足りない。みんなでランチに行く余裕もありません。わき目もふらずに仕事をして、時間が来たらすぐ帰る。仕事のスピードは上がっているけど、コミュニケーションがなくなるので、何をやりたいかアピールする時間がない。難しい問題だなと感じます。

前野:いまあげられたものすべて、実は時短というか、効率化が起こしている弊害です。効率化すると短期的には利益は上がりますが、長期的には無理が募って病気になったり、退職したりということが増えがちです。株主のことを考えると「まずは利益」となるのでしょうが、長期的な経営をしたければ「とりあえず基本投資をしよう」とか「雑談をしよう」とか、「幸せ経営」という視点を忘れないほうがいいですね。

◇ 「会社のため」がなくなりつつある時代に大切なこと

やつづか:本書の第1章でも触れたのですが、最近は企業の不正や不祥事が発覚するニュースが多いです。それも、すごく長い間続いていて、その間に良心の呵責に耐えられなくて退職した人もいたはずです。とはいえ、一昔前までは隠すことが会社のためだと思っている人が多かったのではないでしょうか。

前野:「会社のため」に不正と承知しながら加担したり隠ぺいしたり。これは実は「幸福度」的には微妙で、こういう状態では幸福度が低いかといえば、意外と高かったりします。でもそれは「ブラック度の高さ」なんですね。洗脳のような状態だった可能性もあります。でも終身雇用が崩れて、忠誠心が薄れてくると、ブラックな幸福度も薄れるので、その結果、内部告発が増え、以前よりも不正が発覚しやすくなるということはあるようです。つまり組織への帰属意識は下がっているという現実があります。

 不正を糾弾するのも大切です。でも、不正になる前にみんなで話しあって解決するのが本当の幸せです。

 いまの不正事件は、二重の意味で不幸ですよね。会社が信じられなくなって、外部に向けて告発する。

 一番いいのは風通しがいい状態で、みんながいいことをできる職場であり、職場の風土が大事なのです。

◇ これからの時代の「幸せな会社」に必要なこと

やつづか:幸せな職場づくりのためのキーワードとして、ここまでに「社員同士の風通しの良さ」「組織としては効率化ではなく幸せ経営」があがりました。これらを体現している企業や事象などで注目されていることはありますか?

前野:先ほどの不正事件もそうですが、家父長制、ピラミッド型の組織が解体され始めていて、新しい組織が生まれているんだなというのは、新興企業の経営を見ていて感じます。たとえば、この本でも紹介しているダイヤモンドメディアさんの経営なども、自然発生的に出てきていますよね? これは「ピラミッド型がおかしい」という素朴な疑問から、新しい形を模索し始めた事例ですよね。「みんなでコミュニケーションを取るのが幸せ」ということが浸透し始めていると感じます。

 幸福学的には、個人がもっと4つの因子を考えることも大事ですが、経営者も、若手も、中間層も、みんなが新しいやり方に移らないと、なかなか幸せな会社になりません。個人の幸せと組織の幸せを共に考える姿勢を持つことが、「幸せな会社」づくりなんだと感じます。

 一方で僕の興味としては、「個人がいかにやりがいを持つか」も重要だと思っています。すべての人は「これをやりたい!」と思っていることをやっているときが一番幸せです。サラリーマンの多くが、幸せはたとえばお給料があがることだったり安定した生活を送れることだったりと考えていて、「やりたいことをやる」ことではないと思っている。次は、そういう人が解放される方法を考えたいと思っています。

やつづか:本書の読者にも、やりがいよりも収入や生活の安定を優先させなければいけないと感じている人がいるかもしれません。そういう方を含めて、最後に読者に伝えるとしたらどんなことでしょうか?

前野:そうですね。僕は会社員時代も幸せに働いていましたが、大学に移ってみると100倍位幸せになりました。11年前に、学部を移ったらさらに100倍位幸せになりました。キャリアをスタートしたころに比べると1万倍くらい幸せです(笑)。

 なぜかというと、会社員のスタート時点ではそれ以外の情報がなかったから。人は自分がしている以上のことはわからないわけです。だから、すべての人にとって、まだ自分の知らない幸せがきっとあります。なるべく多様な体験をして、自分の一番幸せなやり方を見つけるのがいいんじゃないでしょうか。

 こう言うと転職のすすめのようですが、転職しようということではなくて、その会社にいながらもっといいやり方を見つけてもいいし、外に出て、転職や起業をしてもいいでしょう。各人なりのいろいろな幸せの形を探してほしいなと思います。

 幸福学的に言うと「スモールスタートでいいからやってみる」ということです。みんながちょっとずつ行動に移せば、社会も変わります。

 いまの時代は歴史的にも過渡期です。日本では何十万年と人口が増えてきていたのに、最近になって初めて人口が減る時代になった。数十年後には世界の総人口も減り始めます。「成長第一主義」から、「幸せ第一主義」に変わる転換点です。だからまずは自分の働き方、会社の組織という身近なところから、「幸せ」について考えていってほしいですね。

前野 隆司(まえの たかし)

1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社。1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て、2008年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか』『幸福学×経営学次世代日本型組織が世界を変える』など。

(写真はすべて日本実業出版社提供)