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「子持ち様」分断は誰が引き起こしたのか

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表
(提供:イメージマート)

最近、SNS上で“子持ち様”に関する議論が盛り上がり、メディアにも取り上げられる機会が増えています。子持ち様というのは「育児を理由に仕事を切り上げたり育休を取る同僚」を揶揄する言葉のことです。

【参考リンク】「なんで私があなたの子どものために」 広がる「子持ち様」批判

筆者がざっと目を通したところ「SNSで炎上しやすくなったから」「子育てを経験していない世代が増えたから」というような理由付けが目につきます。

そういう事情もないではないのでしょうが、本質的な理由ではないでしょう。

というわけで、子持ち様批判が高まる日本の構造的な理由について雇用面から解説しておきましょう。

もともと日本型雇用では“子持ち様”の存在が想定されていないから

賃金制度では、担当する職務に応じて賃金の決まるジョブ型賃金と呼ばれるものが世界標準で、日本でも非正規雇用のほとんどはこちらが主流です。

一方、日本の正社員は職能給と呼ばれるものが一般的で、こちらは担当業務とは関係なく、多くが勤続年数に応じて上がる実質的な年功給として機能しています。

具体的に言うと、採用面接では具体的に任せる仕事内容は曖昧なまま採用可否を判断され、採用後は色々な職場で同僚と協力しながら部署全体の仕事を進めるイメージです。

具体的な業務範囲は確定しておらず、人によっては日によって担当する業務は変わるということも珍しくありません。

こういう仕組みでは「手が空いた人間は機動的に動いて他者をカバーできるし、新たな状況にも対処しやすい」というメリットがあるとされています。

一方で、能力的についてこれなかったり休んだりする人間の穴は「同僚がみんなでカバーしなければならない」というデメリットもあります。

このデメリットこそが「子持ち様に対する批判が高まりやすい」ことの構造的な理由ですね。

ちなみに日本の有給休暇取得率が異様に低いのも同じ理由です。業務を切り分けずみんなで一緒に仕事をする中で「自分はやることやったので有給取りますね」とはなかなか言いにくいでしょう。

【参考リンク】休めども 7割の目標遠く 有給休暇の取得率、58%に改善でも 職場改革、世界に遅れ

なぜ今、批判が盛り上がっているのか

ではなぜ今、それに対する批判の声が高まっているのでしょうか。

それは、国が90年代以降に男女間の雇用格差是正を強力に推進する一方で、上記のような構造的課題を無視し続けた結果、現場の負担だけが一方的に強まった結果でしょう。

特に働き方改革以降に「男性の育休取得推進」も強力に後押しされているのが大きいと個人的には感じています。

フォローしておくと、筆者自身は男女の格差是正も男性の育休取得もどんどん進めるべきだというスタンスです。

ただ、現状の歪んだ構造のままでそれを推進すれば、一方的に負担させられるだけの人間から不満の声が上がるのは当然だと考えます。

言い換えるなら、国が本来やるべき改革を放置したまま、子育て支援のコストを企業現場に丸投げしたようなものですから。

この構図は、国が年金や財政の都合で、一方的に定年や社会保険料の引き上げを企業に押し付けてきたこととまったく同じものです。

結果、日本の賃金は30年間ほぼ横ばいという惨憺たる結果になりましたが、それにくわえて「他の先進国並みに育休は取らせるから、現場の努力で何とかしたまえ」と言われてさすがに我慢の限界だというのが実情でしょう。

対策はどうあるべきか

では、政府や企業はどう対処すべきでしょうか。

一番抜本的な処方箋は、職能給からジョブ型への全面的なシフトでしょう。それぞれが担当する業務に応じて賃金が決まる仕組みであれば、極論すれば休む人間の業務をカバーする人間には、それだけの賃金が上乗せされることになります。

これで少なくとも「同僚の休んだ穴をタダ働きでカバーさせられる」という不満はなくなります。

また、育休などで長期間休む人間の業務を新規採用で埋めやすくする仕組みも有効でしょう。

当然、それには「人を雇いやすくする=必要でなくなったら解雇しやすくする」規制緩和が必要となります。

最後に、「子持ち様バッシング」ともされる現在の風潮についてですが、確かに2000年代まではそうした風潮は社会にほとんど見られなかった記憶があります。

ただ、それは単に企業がほとんど女性を総合職としては採用せず、一般職採用しても結婚や妊娠のタイミングで退職させていたことが大きいです。

たまに「日本人が不寛容になった」という言説を目にしますが、正確には「もともと不寛容だった日本型雇用の本性が露になった」というべきなのは言うまでもありません。

日本ではリベラル政党はなぜか終身雇用を無批判に擁護するスタンスですが、終身雇用制度にはもともと不寛容な性質があり、それが今も不毛な分断を引き起こしているという現実は直視すべきでしょう。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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