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処理水の海洋放出決定から実行までわずか2日という拙速は岸田総理の「危険な賭け」ではないか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(712)

葉月某日

 岸田総理は22日、東京電力福島第一原発にたまる処理水の海洋放出を巡って関係閣僚会議を開き、気象条件に支障がなければ24日から放出を始めると決めた。

 その中で岸田総理は、国の内外で計画への理解が一定程度進んでいることを理由に挙げたが、しかし決定からわずか2日で実行に移すのは、内外からの反発が高まらないうちに既成事実化してしまおうとする意図があるようにも見える。

 つまり岸田総理は、IAEA(国際原子力機関)から「安全基準に合致している」とお墨付きをもらったことで国際社会の理解は広がり、また国内漁業者の代表から「理解は進んでいる」との言質を得たことで放出を決定した。だが拙速とも思えるやり方が逆に反対論に光を当てることもあり得る。

 岸田総理は会議で「廃炉および処理水の放出を安全に終える事や、処理水の処分に伴う風評への影響やなりわいの継続に対する不安に対処すべく、たとえ今後数十年の長期にわたろうとも、処分が完了するまで政府として責任を持って取り組んでいく」と述べた。

 要するに廃炉作業や海洋放出は数十年単位の話で、政府は責任を持って予算を確保し、関係者のための資金を用意するから安心して欲しいと言っているように聞こえる。フーテンは岸田総理のこの認識に驚いた。

 廃炉や処理水の放出が本当に数十年単位で終わるのだろうか。国と東京電力は40年で廃炉作業を終える方針であることは知っている。だから総理としてはそれに従うしかないのだろうが、しかしである。

 100年経っても廃炉作業は終わらないと主張する専門家がいる。またそもそも廃炉はあり得ないからやらない方が良いと主張する専門家もいる。廃炉が終わらない限り処理水はたまり続け、海洋放出は終わらない。拙速に処理水の海洋放出を既成事実化してしまえば、取り返しのつかない誤りを犯すことになるかもしれないのだ。

 これまで原子炉が溶けるという深刻な原発事故は地球上に3回あった。1979年のスリーマイル島原発事故、1986年のチェルノブイリ原発事故、そして2011年の福島第一原発事故である。

 スリーマイル島原発事故で米国の原子力規制委員会と原発事業者は、当初処理水を川に放出する計画だった。しかし住民や自治体の反発で10年後に撤回に追い込まれた。その過程を調べたジャーナリスト尾松亮氏の話を聞くと、米国の民主主義のありようが分かって興味深い。

 スリーマイル島原発事故が起き、処理水が川に放出されると聞いた地元の環境保護団体と地元市は、米国原子力規制委員会と原発事業者を「国家環境政策法」と「水質浄化法」に反すると訴訟を起こした。しかしそれでも川に放出する計画は撤回されず、裁判は長期化が予想された。

 すると地元市が原子力規制委員会と原発事業者に和解協議を申し入れ、翌年和解協定が成立した。それによって原子力規制委員会が環境影響評価書を作成するまで、処分は保留されることになった。要するに放出延期の時間稼ぎができた。

 その間に「処理水」の法的定義が定められた。ところが尾松氏によれば日本の福島第一原発の「処理水」について法的定義がなされていないという。日本では「処理水」の法的定義がなされないまま専門家の間で放出の議論が続けられたというのだ。

 そして米国では原子力規制委員会の助言機関として、専門家だけでなく住民が幅広く参加できる組織ができ、その議論は報道機関に公開された。それによって多くの住民が「処理水」の問題に知識を得て議論に参加することができた。

 こうして議論が始まってから10年後の1989年、原子力規制委員会と原発事業者は川への放出をやめ、処理水を蒸気化して大気に放出することを決めた。つまり原子力規制委員会と原発事業者は、結論をむやみに急ぐことなく住民の声をじっくり聞いて意思決定を行った。まさに「聞く力」を発揮したのである。

 ついでにフーテンの知っていることを付け加えれば、この時に地元のローカルテレビ局が「原発反対」の立場から報道を行い、それは「公平の原則」に反するとして連邦通信委員会(FCC)から処分を受けた。「公平の原則」はテレビ局に必ず賛成と反対の両方の意見を放送しなければならないことを義務付けていた。

 ところが「女性有権者同盟」という団体がその決定に反発し、「公平の原則」は憲法の言論の自由に反すると裁判に訴えた。連邦最高裁はテレビのチャンネル数が少ない時代に「公平の原則」は必要だったが、その後チャンネル数が増えたことを理由に訴えを認め、1987年に米国のFCCは「公平の原則」を撤廃した。

 スリーマイル島の原発事故は、米国の民主主義に変化をもたらす貴重な機会となった。つまり原発事故は米国民に社会の仕組みを根本から考えさせる機会を与えた。ところが福島第一原発事故が日本の民主主義を進化させたかと言えば、まるでその逆だ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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