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バイデンが主導した「キャンプデービッド原則」には甘い幻想が漂う

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(711)

葉月某日

 バイデン米大統領の強い意向で開催された日米韓首脳によるキャンプデービッド会談は、中国、ロシア、北朝鮮の脅威に対抗するため、日米韓3か国が防衛協力を強化する方針で合意した。そして3首脳はそれを中長期的に継続していく方針を打ち出し、「キャンプデービッド原則」として発表した。

 具体的には、首脳会談と外務・防衛の閣僚級会談、さらに日本の自衛隊と米韓両軍の合同演習を毎年定期的に行い、3カ国のいずれかに脅威が発生した場合には、迅速に協議を行うため、ホットライン(専用回線)を設置することにしたのである。

 これを見てフーテンは、バイデン大統領が最初のキャンプデービッド会談に日韓両首脳を選び、それを「歴史的会談」と持ち上げたのは、アジアにおける日米韓の連携を、ゆくゆくは欧州における北大西洋条約機構(NATO)と同じ軍事同盟にしたい考えではないかと思った。

 これまで米国の対アジア安全保障戦略は、日米同盟と米韓同盟というそれぞれ2国間の同盟関係を基軸としていた。その一方で日本と韓国は過去の歴史問題で対立し、日米韓の3か国が同盟関係を築くことは困難だった。

 それを今回のキャンプデービッドで、3カ国が協力関係を増進するようにレベルを上げ、いわば2か国という「線」を3カ国という「面」に変え、さらにそれを継続させることで、いずれは協力関係から同盟関係に発展させようとしているように思う。

 NATOは軍事同盟であり、加盟国のいずれかに攻撃が加えられれば、集団的自衛権が行使され、加盟国は共同で軍事行動を取ることになる。今回の日米韓会談でバイデンは、その一歩手前の「いずれかに脅威があれば、ホットラインによる迅速な協議を行う」ところにまでこぎつけた。

 それを政権が代わっても存続させるとしたのが「キャンプデービッド原則」である。その先に日米韓3国同盟を作りたいバイデンの思惑が見える。しかしその通りに事は運ぶのだろうか。フーテンは「キャンプデービッド原則」にはバイデンの甘い幻想が漂っているようにしか思えない。

 バイデンが今回の首脳会談の場所にキャンプデービッドを選び、それを「歴史的な会談」としたのは、1978年のカーター大統領による「キャンプデービッド合意」が念頭にあったと思われる。その時、カーターに招待されたのは対立するエジプトのサダト大統領とイスラエルのベギン首相だった。

 エジプトを中心とするアラブ諸国とイスラエルは、イスラエル建国以来領土を巡って戦争を繰り返したが、1973年に始まる第四次中東戦争では、アラブ諸国が親イスラエル国に石油の輸出を禁止し、世界経済はオイルショックで大混乱に陥った。

 77年、イスラエルに建国以来初めて右派政権が誕生する。右派のベギン首相はエジプトのサダト大統領をエルサレムに招くなどエジプトとの国交正常化に乗り出した。それを見たカーターはサダトとベギンをキャンプデービッドに招き、平和条約交渉を仲介して「歴史的合意」を結ばせ、サダトとベギンにノーベル平和賞をもたらした。

 この時、2つの文書からなる平和協定が作成され署名されたという。今回の日米韓首脳会談も「キャンプデービッド原則」と「キャンプデービッド精神」という2つの文書が作成され、それが3首脳によって署名された。つまりバイデンは歴史問題で対立する日韓の首脳を招いてかつてのカーターの真似をした。

 それだけではない。バイデンは10年前のオバマ政権の副大統領時代から日韓の対立解消に熱心で、2013年、韓国に右派の朴槿恵政権が誕生すると、日本の安倍晋三総理、韓国の朴槿恵大統領とそれぞれに会談を行い、両者から強い反発を受けながら日米韓の協力連携を働きかけた。

 その結果、15年12月に慰安婦問題で日韓合意が成立する。その時の外務大臣が現在の岸田総理である。しかし17年に韓国で政権交代が起き、左派の文在寅政権が誕生すると、慰安婦合意の検証が始まり、合意は白紙化され、日韓関係は「戦後最悪」と言われるほど冷え込んだ。

 一方、16年に登場した米国のトランプ大統領は、「米国の世界一極支配」を下支えする同盟関係を無視した。トランプは「米国の世界一極支配」をやめて「自国第一主義」を掲げ、欧州におけるNATOの役割とアジアにおける日米韓の連携に背を向けた。

 トランプは北朝鮮の金正恩労働党委員長と会談して朝鮮戦争に終止符を打ち、地球上に残された最後の冷戦体制を終わらせることで、在韓米軍の撤退に道筋をつけようとしたが、ジョン・ボルトン安全保障担当大統領補佐官らネオコンによって阻止された。

 そして20年の米国大統領選挙でトランプを破ったバイデンが大統領に就任すると、米国の安全保障戦略は再び同盟重視路線に戻された。そこに21年に日本では岸田総理、22年に韓国では右派の尹錫悦大統領が誕生する。

 バイデンにとって10年前からの構想である日米韓連携を復活させるのに好都合な展開だ。欧州ではウクライナ戦争によってNATOの存在感が増し、アジアに「キャンプデービッド原則」を打ち立てれば、世界には「民主主義対専制主義」の二極対立が永続することになる。

 しかしフーテンがそれを「甘い幻想」と思うのは、現在の世界情勢がバイデンの思い通りに動いていないと思うからだ。メディアの報道ばかり見ていると騙されてしまうが、フーテンにはウクライナ戦争がバイデンの思い通りになっているとは到底思えない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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