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習近平の独裁権力強化の背景には世界最強国家米国の凋落がある

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(674)

神無月某日

 22日の中国共産党大会閉幕式で衝撃的な映像が流れた。胡錦涛前国家主席が腕を掴まれ会場から連れ出されたのである。映像は様々な憶測を呼んだ。

 秩序を重んじる中国で、共産党幹部間に意見の相違があることを知らしめる映像の撮影が許されるはずはない。だから体調不良による退席と説明されたが、それにしては胡錦涛の足取りがしっかりしていて、政治的確執があったとしか思えない。

 胡錦涛時代の終わりを見せつけるため、習近平の側による強制退席と見る見方があれば、個人の独裁体制を強化しようとする習近平に対し、胡錦涛が抗議の意思表示をしてみせたとする見方もある。

 しかしいずれにしても翌日に行われた共産党政治局員の人事で、胡錦涛の派閥である共産主義青年団出身者は政治局から一掃され、やはり一つの時代の終わりを象徴する映像だと再認識させられた。

 つまり胡錦涛前国家主席が腕を掴まれて退席させられたことは、経済優先で米国と協調しながら成長を追い求めてきた鄧小平路線の後継者たちが退席させられたことを意味する。中国は毛沢東時代を復活させて社会主義の初心に帰ろうとするのだろうか。

 ただ一つ言えることは、この動きをもたらしたのは世界最強国家として世界に君臨してきた米国の凋落だとフーテンは思う。米国が中国を資本主義化し、経済大国に育て上げ、そして今や社会主義国として覇権を許そうとしている。

 フーテンは冷戦崩壊当時ワシントンに事務所を置いて、米議会情報を日本に紹介する仕事をしてきたが、この30年余りの米国を見るにつけ、米国の力の衰えをひしひしと感ずる。冷戦末期、米国の敵はソ連ではなく日本だった。米国民はソ連の核より日本経済に脅威を感じていた。

 その時代は日本製自動車と家電製品の集中豪雨的輸出によって米国の製造業は倒産に追い込まれ、「日本は失業を輸出している」と批判された。しかし冷戦がある限り、米国は同盟国の日本を切り捨てる訳にいかない。日本は冷戦を利用して金儲けに励んだ。しかも憲法9条を盾に軍事負担を負わないように立ち回った。

 それが1989年の冷戦終結と、1991年のソ連崩壊で、その構図がなくなる。それまで自民党は自分たちが権力を失えば、ソ連と中国に近い野党政権が誕生すると米国を脅してきたが、それも通用しなくなった。

 むしろ米国は中国を将来有望な市場とみて積極的に連携を強める。冷戦後に誕生したクリントン政権は中国との間で「戦略的パートナーシップ」を締結し、一方の日本には「年次改革要望書」を送り付け、日本的商習慣の撤廃や米国に都合の良い構造改革を要求した。

 憲法9条によって軍隊を持たない日本は、米国の軍事力に安全を委ねている。従って米国は安全保障と引き換えに何でも要求できる。冷戦時代に自民党は野党政権の誕生の可能性を言って脅したが、冷戦後は軍事的にも経済的にも米国の要求を拒否する術を失った。

 冷戦が終わった1989年、日本の株価は4万円近い最高値をつけ、企業の時価総額では世界のトップ10に日本企業が7社もランクインした。しかしバブル崩壊と共にその後の日本経済は坂道を転がるように転落する。それは「失われた30年」と呼ばれ、デフレが常態化した。

 一方の中国は米国によって「世界の工場」となり、2001年には米国の後押しもあり世界貿易機関(WTO)に加盟して世界貿易の中心プレイヤーになる。2001年に日本の3割だった国内総生産(GDP)は、20年後の2021年には日本の3倍になった。一人当たりGDPも2021年には1万ドルを超え、もうすぐ高所得国の仲間入りをする。

 中国と米国は技術面で協力し日本を追い抜こうとしたこともある。電池は性能が高まれば活用範囲が無限にあることから各国とも技術革新に力を入れている。かつて日本の技術が世界一と言われていた時代、米中の軍同士が協力して日本の技術を抜く開発をやっているというニュースを見た。

 米軍と中国の人民解放軍が協力することがあり得るのかとフーテンは思ったが、どうも本当らしい。その頃、外務大臣をしていた人間に聞くと、こんな話をしてくれた。米国は中国の軍事大国化に反対だと言い、日本に警戒しろと言うが、米中にはいろいろと協力関係があるというのだ。

 そこで外務大臣が米国の国防長官に「おかしいではないか」と異議を申し立てると、米国から「それは日本がもう一度戦争に勝ってから言え」と言われた。なるほど日本は第二次大戦の敗戦国で向こうは戦勝国同士である。

 そして中国は日本を反面教師にする。日本が半導体生産の世界シェア50%を達成すると、米国は日本に「日米半導体協定」を結ばせ、日本のシェアを奪った。軍事力を米国に委ねている日本は要求を受け入れざるを得なかった。だから中国は日本を反面教師として軍事力を増強し、妥協せずに対等な立場で交渉するのだという。

 米国の凋落は米国が冷戦に「勝った!」と思ったところから始まった。冷戦で米国とソ連は砲火を交えたわけではない。米国のレーガン政権が「スターウォーズ計画」という宇宙空間での荒唐無稽な戦術を発表し、それについていけないと考えたソ連のゴルバチョフ書記長が冷戦終結に応じた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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