日本政府が7月13日、2021年版の防衛白書を公表した。今年の防衛白書で最も目を引くのが、対立を強める米中関係について新たなセクションを設け、インド太平洋地域での米中の軍事動向を分析していることだ。

特に防衛白書は「中国は、台湾周辺での軍事活動をさらに活発化させている」と指摘し、「台湾をめぐる米中間の対立は一層顕在化していく可能性がある」と分析した。

そして、「台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとってはもとより、国際社会の安定にとっても重要」と初めて明記した。

●中国は「懸念」、北朝鮮は「脅威」

防衛白書は中国の急速な軍事力強化を指摘する一方で、今年もまた、中国が「わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となっている」と記した。その一方、防衛白書は北朝鮮を「わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」と今年も位置付けた。

中国を「懸念」、北朝鮮を「脅威」とそれぞれみなす根拠は何か。軍事力を急速に増強し、海洋進出を活発化させる中国はなぜいつまでも「脅威」にはならないのか。筆者は、防衛省担当者が防衛白書公表前の9日に行った、外国メディア対象のプレスブリーフィングで改めて質問してみた。

この防衛省担当者はまず、脅威とは「意図」と「能力」によって構成されると説明した。確かに一般に脅威は「意図」と「能力」の掛け算とよく言われる。そのうえで、防衛省担当者は北朝鮮の意図については、北朝鮮がかつて「日本を火の海にする」と脅した事実を指摘した。また、北朝鮮の能力については、「日本を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載して日本を攻撃できる能力を既に保有しているとみられる」と述べた。

「したがって、能力と意図を総合的に評価して、北朝鮮が日本にとって脅威であると判断している」と防衛省担当者は説明した。

●なぜ中国は「脅威」ではないのか

では、北朝鮮よりはるかに軍事大国の中国の意図と能力についてはどう評価しているのか。

防衛省担当者は、中国の意図について、安倍晋三前首相と中国の習近平国家主席が日中首脳レベルで「互いに脅威にはならない」と合意した事実を指摘。「したがって、中国との関係で言えば、我々が中国を脅威と認識することはない」と明確に述べた。

防衛省担当者の説明通り、確かに安倍前首相と習近平国家主席は2018年10月、「日中は協力のパートナーであり、互いに脅威にはならない」との原則を確認している。

その一方、中国の能力について、防衛省担当者は「しっかりと分析している」と強調。「具体的に、今年の防衛白書で言えば、弾道ミサイル、核兵器、南シナ海と東シナ海における海洋と航空の活動について重点的に記述している。全体の評価としては、ミサイルを中心に非常に能力の向上が図られていると分析しているが、従来の評価の枠の中にある。繰り返しになるが、意図については、お互いに脅威にはならないということになっているので、中国については全体の評価を(現状のままの「強い懸念」で)維持している」と述べた。

日本海を中心に南北を逆さにした通称「逆さ地図」でみる日本周辺海空域での最近の中国軍の活動。中国の海洋進出を阻むかのごとく、日本列島の弧が存在している(2021年版防衛白書36ページの図を筆者が接写)
日本海を中心に南北を逆さにした通称「逆さ地図」でみる日本周辺海空域での最近の中国軍の活動。中国の海洋進出を阻むかのごとく、日本列島の弧が存在している(2021年版防衛白書36ページの図を筆者が接写)

●河野前防衛相とのやり取り

実は筆者は河野太郎行政改革相が防衛相を務めていた2020年8月7日の閣議後の記者会見で、中国を「懸念」、北朝鮮を「脅威」とみなす理由について、河野氏に直接質問したことがある。

当時の河野防衛相は「これまでも様々な国の評価をする際には、能力と意図ということを申し上げてまいりました。中国は、国防予算を日本の毎年4倍近い予算を使い、能力的にも、潜水艦にしろ、第4世代、第5世代戦闘機にしろ、自衛隊を凌駕する能力を備えているわけでございます。そういう中で、東シナ海、南シナ海あるいは香港の状況、インドとの国境、あるいはブータン東部への発言、そうしたことを考えると、中国が力を背景とした一方的な現状変更の試みをしようとしていると言わざるを得ないというのは、かねてから申し上げてきているところでございます」と答えた。

中国が能力も意図も増してきていることを認めているような答えだった。そこで、筆者がさらに「意図掛ける能力で、段々と中国の脅威が高まってきていても、潜在的脅威とか脅威とかという言葉までは、まだ踏み込めないということか」と問うと、河野前防衛相は「防衛省としては、私が今申し上げた通りでございますが、政府全体として、それは議論して決めていく話だろうと思います」と述べるにとどまった。

●河野前防衛相「中国は脅威」と発言

ところが、河野前防衛相はなんとその約1カ月後の9月9日、軍事的に拡大する中国について「日本にとって安全保障上の脅威になった」と明言した。

河野前防衛相は米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)のオンライン討論で「外相時代は中国を『脅威』と呼ばず『重大な懸念』と言ってきたが、防衛相としては『脅威』と言わなければならない」と述べたのだ。

しかし、河野氏はその3日後の防衛省での記者会見で発言をトーンダウンさせた。「中国を脅威だと認識しているのか」と改めて問われたのに対し、「政府として、中国を脅威と呼んだことはございません」ときっぱりと述べた。そして、「防衛大臣として、中国の意図・能力について、これまで以上にしっかりと見なければいけないし、政府の中でそうした防衛大臣のものの見方をしっかり申し上げていく必要があるということです」と説明した。

中国を「懸念」とみなすのか、「脅威」とみなすのかをめぐり、一言居士とも言える河野氏が一石を投じた一連の発言だった。

米中対立のはざまに立たされる日本が近い将来、中国を北朝鮮並みの「脅威」とみなすようになるのか。あるいは、地域の安定に向け、米中双方に協調を促し、対話と関与で中国側の日本攻撃の「意図」を無くしていく外交戦略を展開していくのか。いずれにせよ、先をしっかりと見据えた日本のしたたかな国家戦略が求められている。

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