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アンバー・ハードと違い、ジョニー・デップには控訴する根拠がある。その理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 ジョニー・デップとアンバー・ハードの戦いが、2幕目を迎えた。ハードが控訴を告知した翌日、デップも同様に控訴を願い出たのだ。

 現地時間21日にハードが提出した書類同様、デップの書類も控訴をすると「告知」するためのもので、全部で4ページしかない。しかもそのうち3ページは弁護士の名前を羅列するもので、本文は1ページだけだ。ハードも、デップも、3ヶ月以内に控訴の根拠を述べる正式な文書を提出しなければならない。

 世界に対して真実を語るという目的を果たした上、裁判でも勝ったデップは、ハードが本当に控訴をしてこなければ、このことはもう忘れて前に向かうつもりだった。判決で、デップもハードに200万ドルを払うよう言い渡されたものの、ハードが払わなければならない総額1,035万ドルに比べれば非常に小さなもので、わざわざ闘うには値しない。とは言え、本当のところ、この200万ドルにデップのチームは納得がいっていなかった。控訴という次のステップを踏むとなった今、デップには、ここについてあらためて反論する機会が生まれたのである。

 アメリカの法律のエキスパートによると、控訴が認められて裁判に行き着くということ自体、ハードルが高い。控訴を求める人たちは、判決のどこが間違っていたのかについて説得できなければならないのだ。

 控訴に先立ち、裁判の無効とやり直しを求めたハードの弁護士チームは、陪審員のひとりがなりすましだったとの疑惑を前面に押し出していた。しかし、これは裁判で判事を務めたペニー・アズカラテによってぴしゃりと否定されてしまっており、もう通用しない。となると、ハード側は、裁判の最後のほうで急に強調し始めた「言論の自由」を出してくるのではないかと思われる。もちろん、言論の自由には、嘘によって誰かの名誉を毀損することは含まれない。それは再三、指摘されてきた。よってハードは自分が嘘を言っていないと証明せねばならず、またもや問題の「Washington Post」の意見記事はデップについて語るものではなかったとの主張を繰り返すことが予想される。

ハードは200万ドルもの損失を受けたのか

 一方で、デップには、かなり説得力をもつ論点がある。

 ハードは、デップの弁護士アダム・ウォルドマンがメディアに対して語った3つのコメントによって名誉を毀損されたと訴えている。陪審員は、そのうち2つは名誉毀損に当たらないとしたが、残りひとつのコメントは、事実ではなく、悪意があり、ハードの名誉を毀損するものだと判断した。また、ウォルドマンは、デップの代理人としてその発言をしたとも判断している。

 そのコメントは、「簡潔に言って、あれはやらせ。アンバーと友達はミスター・デップをはめたのだ。彼女らは警察を呼んだが、1回目はうまくいかなかった。警官らはペントハウスに来てしっかり調べたが、彼女の顔にも家の中にも何も被害が見られなかったので、帰ってしまった。それでアンバーと友達は、弁護士やパブリシストの意見を聞き、新たな筋書きを考え、ワインを撒き散らし、家の中を荒らして、もう一度警察に電話をしたのだ」というものだ。おそらく陪審員は、ここで語られることが事実かどうか証明できないと思い、「事実でない」「悪意がある」「ハードの名誉を毀損する」と考えたのだろう。

 実際のところ、ウォルドマンの言ったことには信憑性がある。しかし、ハードの友人(今はもう友人でないにしろ)、弁護士、パブリシストが自分たちのやったことを認めるとは考えづらく、証明するのは難しい。だとしても、デップのチームは、ウォルドマンが「デップの代理人としてこの発言をした」という部分には、確実に異議を唱えることができる。離婚の時の条件で、カップルだった頃のことについて話してはいけないと決まっていたため、デップは自分が言いたいことをウォルドマンに代弁させたのだとハードは責めているわけだが、デップはハードから逆訴訟されるまで、ウォルドマンが何を言っていたか知らなかったのである。

 もうひとつは、200万ドルという金額。陪審員がデップに対して求めた懲罰的賠償金はゼロで、この200万ドルはすべて損害賠償である(ハードに対しては、損害賠償1,000万ドル、懲罰的賠償500万ドルを求めた。しかしヴァージニア州の懲罰的賠償の上限は35万ドルと決められていることから、こちらは減額されている)。だが、例のウォルドマンのコメントによって、実際にハードは200万ドルもの損失を受けたのだろうか?ハードは、彼女のキャリアで初の超大作である「アクアマン」でも、100万ドルしかもらっていないのだ。

 逆にデップは、ハードの意見記事のせいで「パイレーツ・オブ・カリビアン」6作目を降板させられ、2,250万ドルのギャラを失ったと主張している。陪審員が彼に与えた1,000万ドルの損害賠償は、その半分以下である。それを考えても、ハードに200万ドルを払えというのは、高すぎるのではないか。

判決が読み上げられる前の気になる出来事

 陪審員がじっくり考える余裕なくこの数字を出したのではないかと思われる理由が、実はひとつある。判決が読み上げられる当日、予定通り現地時間午後3時に全員が集まったのだが、陪審員から判決文を受け取ったアズカラテ判事がざっと目を通し、「金額が抜けていますよ」と指摘して、陪審員が金額を決めるまで15分ほど待たされるという出来事があったのだ。

 抜けていたのが、ハードがもらえるべき賠償金だったという証拠は、もちろんない。それはデップに与えられたふたつの賠償金のどちらかだったのかもしれない。しかし、判決はまずハードによるデップへの名誉毀損から読み上げられ、その最後にデップがもらうべき賠償金の金額が伝えられて、デップによるハードへの名誉毀損はその後だった。ハードに対してデップが支払う賠償金の金額が述べられたのは、判決の最後。だからこそうっかり忘れられてしまったのではないか。ただ、もっと正確に言うならば、最後に述べられたのはデップがハードに払うべき懲罰的賠償金で、金額は「ゼロ」だったのだが。

 いずれにしても、控訴となったのは、デップにとって、面倒ではあってもそう悪いことではないのではないかと思うのだ。前の記事でも書いた通り、正式に控訴をするには賠償金全額と1年分の利子を保証金として入れなくてはならず、デップがハードからもらうべきお金はその段階で確保されることになる。弁護士代がかかるのは痛いかもしれないが、幸い、彼の弁護士は非常に優秀だ。何より、真実の強さは前回証明された。次もまた、勝利の女神はデップの味方をしてくれるのではないか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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