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「陪審員依頼の手紙に生年月日の記載はなかった」。アンバー・ハードの裁判無効要求を判事が拒否

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 アンバー・ハードの悪あがきが、予想通り、ぴしゃりとはねつけられた。ジョニー・デップとの名誉毀損裁判で判事を務めたペニー・アズカラテが、アメリカ時間13日、ハードによる裁判の無効要求を否定する最終命令を出したのだ。

 現地時間6月1日に陪審員が出した判決で、ハードはデップに1,035万ドルの支払いをするよう言い渡された。これを不服とするハードの弁護士チームは、今月1日と8日の2回にわたり、この裁判が正当になされなかったとの意見書を提出していた。

 その理由のひとつとして挙げられたのが、陪審員15番の男性だ。陪審員リストで1945年生まれとなっているこの男性は、どう見てもそれより若く、別の人がなり代わって陪審員を務めたのではないかと、ハード側は疑ったのだ。もしそうであれば、ハードにとって公正な裁判が行われなかったとして、ハード側は、裁判の無効とやり直しを求めたのである。

 それに対し、11日、デップの弁護士は、それらの理由が意味をなさないと反論する意見書を提出していた。その中で、デップの弁護士は、ハード本人が陪審員15番に早くから疑問を示していたにもかかわらず何もしなかったというのは、その陪審員を認めたということだと主張している。

 また、ヴァージニア州の裁判の規定には、陪審員リストの情報に間違いがあったにしろ、それは「裁判無効の根拠にはならない。これらの情報が正しいかどうかを確認するのは、裁判にかかわる両者の責任である」との記述がある。このことから、ハードの要求が通ることはまずないだろうと見られていた。そして実際、その通りになったのだ。

 アズカラテ判事による3ページの短い命令書にも、このヴァージニア州の規定が明記されている。しかも、「情報が正しいかどうかを確認するのは、裁判にかかわる両者の責任」という部分は、太字で強調されている。

 また、アズカラテ判事によれば、この男性に送られた陪審員依頼の手紙には、名前、住所は記載されていたが、生年月日の記述はなかった。この男性の家には同姓同名の男性がもうひとり住んでいることから、年配のほう(おそらく父?)に呼び出しがかかったのに、若いほうが彼になりすまして裁判に出てきたのではないかと、イレーン・ブレデホフトをはじめとするハードの弁護士は憶測したのだが、もともとの手紙に生年月日がなかったのならば、どちらに向けて出されたものなのかわからず、どちらが受けていても問題はなかったことになる。

 さらに、アズカラテ判事は、この文書に、この陪審員が記入した陪審員への質問書を添付している。名前、電話番号、生まれた月と日にちは黒塗りされているが、その陪審員は、生まれた年の欄に1970年と記述していた。なぜ陪審員リストに1945年となっていたのかは不明ながら、最初から1970年生まれの男性が陪審員を務めることになっていたわけだ。

 そもそも、陪審員に問題があったというなら、そのせいで判決が公正に行われなかったという証拠がなければならないとも、アズカラテ判事は述べている。「被告(ハード)は、その正しい手続きを取ってはおらず、また証拠を提示してもいない。(すなわち)被告は、15番の陪審員が含まれていたことで自分に不利があったとは主張していない。この陪審員は入念に審査され、最初から最後まで裁判に出席し、熟考し、判決を出した。この裁判所が持つ唯一の証拠は、この陪審員も、すべての陪審員も、宣誓をし、裁判所の命令に従ったということだ。裁判所は、有能な陪審員が出した判決に従う」という文章で、文書は締め括られている。

依頼の手紙には、どの裁判の陪審員を務めるのかの情報はない

 ところで、添付された陪審員への質問書を見ると、この男性の職業は、自営で、ITマネジメントとある。署名の日付は2021年8月26日だ。裁判のおよそ8ヶ月前である。

 この日付を見ても、デップに有利な判決を出すためにデップの支持者がなりすましたという理屈が通らないのは明白だ。そもそも、陪審員依頼の手紙が来た段階で、それがどんな裁判なのか、呼ばれた側にはわからない。このデップの名誉毀損裁判は、パンデミックもあって何度も延期になってきた。この手紙を見ただけで「もしかしたらあのセレブリティの裁判か?」とは、誰も思わないだろう。第一、今回の陪審員には、デップとハードのスキャンダルについてほとんど何も知らなかった人たちが選ばれている。

 また、陪審員への質問書には、陪審員を務められないという場合、理由の選択肢として「年齢が70歳以上だから」という項目があった。この陪審員と同居する、同姓同名の、おそらく父と思われる男性は、77歳だ。それもあって、生年月日の記載がない呼び出しの手紙を見たこの男性は、自分がやると自然に決めたのではないだろうか。

 いずれにしても、ハードがかけた一縷の望みは、こうやってあっさりと消えた。この必死の抵抗がアズカラテ判事に悪い印象を与えたことは、この文書の文面からも感じられる。まだ諦められないハードに残されたのは、控訴だけ。だが、控訴するには賠償金全額と、年6%の利子が必要となる。さらにここへ来て、ハードの保険会社のひとつが支払いを拒否してきた。控訴の期限は10日後と、もう目の前だ。秒読み段階に入った中、ハードにまだなんらかの選択肢は残されているのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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