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ソニーによるパラマウント買収計画が直面するハードル

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
デビッド・エリソンのスカイダンス・メディアもパラマウントの買収を狙う(写真:ロイター/アフロ)

 日本のソニーが米投資会社アポロ・グローバル・マネジメントと組んで、パラマウント・グローバルを買収しようとしている。

 パラマウント・グローバルは、パラマウント・ピクチャーズ、メジャーネットワークのCBS、ケーブルチャンネルMTV、ニコロディオン、配信プラットフォームParamount+などを抱えるハリウッドの主要なプレイヤーだ。長い歴史を持つ映画スタジオ、パラマウント・ピクチャーズは、「ゴッドファーザー」、「チャイナタウン」、「インディ・ジョーンズ」、「ティファニーで朝食を」、「サタデー・ナイト・フィーバー」、「トップガン」など、数多くの名作を生み出してきた。今年も、来週日本公開の「ボブ・マーリー:ONE LOVE」がヒットし、来月には「クワイエット・プレイス:DAY1」が控える。

 だが、負債を抱え、株価が低迷するパラマウント・グローバルは、最近、複数から買収のターゲットとなってきた。ワーナー・ブラザース・ディスカバリーは短い話し合いをした結果、検討を中止。一方、メディア界の大物バイロン・アレンのジ・アレン・メディアグループは、昨年から何度かにわたって買収オファーを持ちかけているが、先に進めないまま。そんな中、優位な立ち位置を得たのが、デビッド・エリソンが創設したスカイダンス・メディアだ。ソニーとアポロがオファーを提示した時、彼らはパラマウント・グローバルと30日間の独占交渉に入っていた。

 エリソンは現在41歳。父は、オラクルの創設者でビリオネアのラリー・エリソン。エリソン一族も資本参加するプロダクション会社スカイダンスは、パラマウント・ピクチャーズとの契約のもと、「トップガン マーヴェリック」、最近の「ミッション:インポッシブル」、「トランスフォーマー/ビースト覚醒」、「ターミネーター:ニュー・フェイト」などを製作してきた。

 スカイダンスのオファーは、まず、パラマウント・グローバルの会長で、8割近くのシェアを持つシャリ・レッドストーンのナショナル・アミューズメンツを買収し、その上でパラマウント・グローバルとスカイダンス・メディアを合併させるというもの。これはレッドストーンだけが儲かる案だとしてほかの株主から反対を受けたことから、後にスカイダンスは彼らにも納得してもらえるような条件をプラスしている。

 それでも独占交渉期間中に話がまとまらなかったため、パラマウント・グローバルは、ソニーとアポロとの交渉に入った。だが、スカイダンスはあきらめたわけではない。近々、より美味しい条件をパラマウント・グローバルに提示してくる可能性はあり、パラマウント・グローバルとしても、スカイダンスと話し合いを続けることに積極的なようだ。260億ドルを提示しているソニーとアポロのオファーはたしかに魅力的で、彼らのオファーの後、株価が上がったところを見ると、ウォール街も期待しているように見える。しかし、この買収にはいくつかのハードルがあるのだ。

日本企業であるソニーはCBSを所有できない

 ひとつは、ソニーが日本の会社だということ。パラマウント・グローバルは3大ネットワークのひとつであるCBSを所有しており、それを外国の企業に売り渡すことは法的に許されない。ソニーとアポロはもちろんそれを認識しており、アメリカの会社であるアポロがCBSの所有者になることを計画しているようだ。

 しかし、パラマウント・ピクチャーズでキャリアを始めた経歴を持つハリウッドの大物ジェフリー・カッツェンバーグは、「アメリカのトップネットワークのひとつの放映権を投資会社に所有させるなどということがあり得るだろうか?FCC(米国連邦通信委員会)は、それを良いことだとして承認するだろうか?非常に難しいと思う」とコメントしている。カッツェンバーグはバイデン大統領のアドバイザーのひとりも務める。

 実際、アポロはローカルのテレビ局をいくつか所有しているのだが、それもまた問題。買収が成立するためには、そのうちのいくつかの売却を強いられることも考えられる。それ以上に、独占禁止という意味で大きな問題となるに違いないのは、ソニー・ピクチャーズというメジャースタジオを持つソニーが、別のメジャースタジオであるパラマウント・ピクチャーズも所有するようになるということだ。ディズニーによるフォックスの買収の時もそこは疑問だったが、当時は共和党の政権下。現在は民主党政権下であり、しかも11月に大統領選挙が控えている。買収のプロセスには時間がかかり、その間に大きな影響を与える選挙があるというのは、不安材料である。

ハリウッドの大物はスカイダンスによる買収を支持

 カッツェンバーグ以外のハリウッドの大物からも、スカイダンスによる買収を支持する声が聞かれる。ジェームズ・キャメロンや、大手タレントエージェンシーのトップであるアリ・エマニュエルだ。「ターミネーター:ニュー・フェイト」でエリソンと仕事をしたキャメロンは、「業界が低迷している今、デビッドがパラマウントをクリエイティブ面でコントロールするようになるというのはとても良いことだ。彼にはそれができる」と発言した。とは言え、彼らは部外者であり、それらの意見はたいした意味を持たない。

 パラマウント・グローバルのトップは、スカイダンス、ソニーとアポロ、どちらとも合意を結べず従来通り自分たちだけでやっていく場合にも備え、具体的なコスト削減の方法について検討している。そんな中では、スタジオがあるメルローズ通りの不動産を売却すること(そうなった場合、買ってくれた相手からリースをして同じ場所に残る)、赤字のParamount+を、NBCユニバーサル傘下のライバル配信プラットフォーム、Peacockと合併させることなどが話し合われているようだ。最終的に、彼らはどのシナリオを選ぶことになるのか。この後の展開を、業界は注意深く見守っている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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