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ウクライナ危機:今後どうなるかで見るべき4つのポイント

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
国花とされるひまわりの畑。マレーシア機が墜落したドネツク州の現場。2014年8月(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナとロシアをめぐる問題は、刻一刻と変化している。

そんな状況ではあるが、今後を考えるポイントを考えてみたい。

1、戦闘が起きるとしたら、どこから始まるか。

ロシアは、自称「ドネツク共和国」と「ルガンスク共和国」を国家承認した。

しかし、両者の「国境」はどこだという問題がある。領域はどこまでか。

昨年12月の筆者の記事で使った地図を、もう一度ここで出してみる。

オレンジは自称「ドネツク人民共和国」として親露派が実効支配している地帯、黄色はまだ支配していないが、かつて同共和国であると宣言した地帯。青は自称「ルガンスク人民共和国」で実効支配している地帯、水色はかつて宣言した地帯である。

この境界は、現在のウクライナの行政区分にそっている。ドネツク州、ルガンスク州なのである。

ロシアが定義する独立した「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」は、行政区分の州にそっている。つまり、黄色と水色の部分もロシアは「独立国」の一部として承認したが、実際にはウクライナが支配している地域なのである。

ということは、戦闘が起きるとしたら、この地域である。

調査サイトBellingcatのジャーナリストが、21日のプーチンの演説に衝撃を受けたとツイッターで表明したことを、フランス公共放送が報道した。

この地図では、赤線に囲われていて黄色い部分が、今後戦闘地域になる可能性が高いところである。

プーチン大統領は、演説で「一滴でも血が流れたら」攻撃を辞さないという意味の発言をしている。

それから、ロシアもウクライナも広い国なので、問題の東側を見ると小さく感じるが、実際はそんなことはない。両方の州はだいたい同じ面積で、両者で約5万3000平方Km、スイスやオランダよりも大きく、クロアチアよりは小さいという大きさだ。

2、米欧が一丸となった制裁は、どうなれば行われるのか

アメリカとEU(欧州)は一丸となって、前例のない大きな制裁の準備がある。

アメリカの制裁を担当しているフェルナンデス米国国務次官(経済成長・エネルギー・環境担当)が語ったものだ。「どんどん増大」してゆき、「ロシアを金融システムの不可触民(原文の仏語「パリア」)に変える行動」とまで言っている。

参照記事:アメリカの制裁準備の担当次官「ロシアを金融システムの不可触民に変える行動」「前例のない制裁」と語る

この制裁はまだ発動されていない。

内容はまったく公表されていなかったが、ロシアが二つの独立国を承認したあとの21ー22日の動きで、制裁には各段階があることが判明した。あらゆるケースを想定して、こうなったらこうするという計画は、既に欧米で話し合って出来上がっているのだろう。

国家承認だけでは、大変な挑発で国際法違反であったとしても、「その国に侵攻した」とは言い難い。この段階で、米欧が一丸となった前例のない制裁は出ないだろう。

現段階の制裁の特徴は、米欧が別個に制裁をすることだとわかった。ただし、英国はEUを離脱しているので、EUとは別に一国で制裁をかけた。

(NATOには入っているが、EUには入っていない他の国、ノルウェーなどは何をしているのだろう、と思う)。

筆者は、自称独立国に、ロシア正規軍が入れば別だと思っていた。既に入ったことは認められている。ただし、大規模ではないし、軍の所属がわからないような体裁で入っている。

プーチン氏は22日記者会見で、ロシアが両地域に「軍事支援を行う」ことを確認したが、この発表はロシア軍を直ちにウクライナに派遣することを意味するものではないと述べた。この日、ロシア上院はプーチン氏の要請により、兵士の派遣に道を開いた。

ただし、「平和維持のため」という大義名分をつけている。信じる人はいないが、建前をつけるのは、一時的な効果はそれなりにあるかもしれない。

バイデン大統領は、22日夕方ワシントンで、これはウクライナにおける「ロシアの侵略の始まり」であるとし、モスクワに対する新たな制裁を発表した。「ロシアのエリート」をターゲットとし、「ロシアを欧米の資金源から切り離す」ことを目的としている。しかし、これもアメリカが発表している単独の制裁なので、「米欧一丸の前例のない制裁」ではない。

今後は、ロシアの正規軍が本格的に「独立国」に入って来る時が、一つの節目かもしれない。しかしそれが最高レベルの発動になるのか、まだもう一段階、そこまではいかない別の制裁があるのか、不明である。

ウクライナのゼレンスキー大統領は22日に、ロシアと国交断絶する方針を発表した。

フランスBFMテレビの国際関係担当のジャーナリストは、ウクライナは自分の領土の一部を勝手に「独立国」とされて、領土侵犯をされたのだから、宣戦布告する権利があるという。

しかし、現代の国際法において、国家が宣戦布告をするかしないかで違いがあるかというと、ない。宣言された戦争と宣言されていない戦争を区別する重要な法的理由はないのだ。

現代の戦争の普通の手順は、まず大使の召還を経て最後通牒、その後に戦争という流れになる。ということは、国交を断絶した場合、戦争は間近な可能性は高い。宣戦布告を出せば、確かにはっきりはするが。

ただ、筆者がどうにも判断できないことがある。

「前例のない制裁」には、おそらく少なくともスウィフトの停止は含むだろう。バイデン大統領も、アメリカ側に痛みがないものになるとは限らないと言っている。いわば「返り血を浴びる」事態にはなるのである。

日本も同じだ。ロシアとビジネスをしている日本の会社が、ロシアからの入金がなくなってしまうことになるのだから。これが世界中の国で起こることになる。

参考記事;バイデン「ロシアへ前代未聞の経済制裁」は、核爆弾というスウィフトか。何が問題か:欧州議会とウクライナ

そんな重大な制裁をするのに、嫌な言い方だが、ロシアの正規軍が入ってきただけで十分だろうか。

イランの核開発疑惑の制裁の時と同じように、もっと何度も国連を舞台にした非難の実績がないと、国際的な同意が得られないのではないか。今回のウクライナ危機に関して国連で非難の議題にあがったのは、2回だけである。

それに、国際社会の納得なしに一度やってしまったら、世界中に理不尽な「侵攻」は存在するわけで、「なぜ私の国ではやらないのだ」という非難が、アメリカに集中することになりかねない。

もう一つ挙げるのなら、ウクライナの覚悟である。

確かに戦争は誰も望まない。市民の犠牲が出るのも嫌である。でも、いくらロシアが仇敵で、行いが理不尽だからといって、これも大変嫌な言い方だが現実として、それだけで自国の小さくない経済的被害を我慢して前例がないほどの制裁をするほどの義理が、世界各国はウクライナにあるだろうか。

戦争は嫌だが、それでも戦わなければいけない時はある。戦争を避けるための十分な外交努力は成され、今も続いている。それでも自国に攻めてくる相手がいるのなら、他にどうすればいいのか。

自国の憲法の文言を、他国の圧力や武力によって修正したくないというのなら、それだけの覚悟を見せなければならない。自分たちが武器をとらなければいけないのだ。彼ら自身が戦うことによって初めて、他の国も、自分たちも犠牲を払ってもいいと思うようになるだろう。

ただ、ウクライナは大きなジレンマを抱えることになる。憲法の文言とは、NATO加盟を目指すという内容だ。自分たちを助けてくれない組織のために命をかけるのか。それに、もともとウクライナが望んだのは、EU加盟なのだ。でもEUにはEU軍はない。ヨーロッパ人もまた、大きなジレンマを抱えることになる。

そしてウクライナがEUにまだ入れないのには、入れないだけの理由がある。それはEUがバルカン半島を優先させているというような政治的な理由だけではない。同国内の腐敗や、民主主義や経済の未熟の問題である(この件は話がそれるので、別稿に改めることにする)。

結局ウクライナに問われるのは、極めて単純なことになる。自分たちの領土を守るために、自分たちのアイデンティティを守るために、かつて兄弟国だったロシアと戦う覚悟があるのか否か。

冷戦時代、フィンランドが「フィンランド化」という独自の中立化を保てたのは、ナチスドイツの裏切りにあいながら、フィンランド人が独立が危うくなるギリギリまで、侵略してくるソ連赤軍と戦ったことを、ヨーロッパ人もソ連人も知っていたからだ。納得したからだ。

参考記事:欧州はウクライナを中立化させる?「フィンランド化」とは何か【2】EUからみたウクライナ危機

もしウクライナ人が「東はもうロシアに実効支配されてしまっているし、我が軍は軍事力が圧倒的に劣っているし、他国の援軍は来ないし、適当なところであきらめて相手に妥協して、犠牲者が多く出ないように和平を結んで・・・」「プーチン大統領は非道だが、ロシア人はかつての兄弟だし、戦いたくない」と思うのなら、それも選択肢の一つだ。

この可能性はないではない。その選択が悪いとは全く思わない。私はバイデン大統領がかつて語って非難を浴びた「小規模な侵攻なら」という発言の真意は、このケースを指しているのではないかと疑っている。

ウクライナが本当に「国民国家」として熟成しているかどうかも問われるだろう。熟成しなければいけないわけではない。しなくてもいい。しかしその場合、首都キエフの親米・親EUのウクライナ政府が望んでいるものは、得られないだろう。国際社会は「国民国家」単位でつくられていることになっているのだから。

参考記事:【中編】「国」って何だろうか:国家も民族も自明ではない。

3、ベラルーシの動向

ベラルーシとロシアの合同軍事演習は、延長されて今も続いている。

今重要なのは、2月27日に行われるベラルーシでの国民投票だと考えている。

ルカシェンコ大統領の独裁権力を強めるためで、実施前に結果は明白だ。

同国では2020年、大規模な反独裁デモが起きたが、軍や警察に鎮圧された。米欧の制裁が始まり、ルカシェンコは孤立。今までの欧米とのバランスをとるやり方を捨て、プーチン大統領一辺倒になっている。

参考記事:ベラルーシはどうなっているか。下僕志望を公に表明のルカシェンコと軍事演習の行方

国内ではルカシェンコの正当性が疑われ、国の主権をロシアに渡そうとしているのではとの疑いが高まっているという。同国にいる露軍は、国民投票に向けてベラルーシ市民を威圧する目的もあるのではないか。

露軍と異なり、ベラルーシ軍は戦争をした事がない。初めての自国軍の戦争が、歴史的な因縁も脅威もなく、言葉も文化も似ているウクライナ相手。ベラルーシ市民はどう反応するだろうか。

4、ロシア市民と兵士の気持ち

プーチン大統領は、本当にウクライナ侵攻で、国民の支持を得られるのだろうか。

1時間もテレビで国民に演説をした。そして独立を承認すると発表した。このプーチン氏の説明は、国民に受け入れられているのだろうか。

プーチン氏は、2014年のクリミア併合以来、独自のストーリーを描き、その歴史を自らつくってきた。ウクライナの東で多くを占める親露派が攻撃されている、親露派の男はウクライナの横暴に立ち向かうべく武器をもって戦っているーーというストーリーである。欧米側は、全員が嘘ではないとしても、多くのロシア軍人と武器が国境を超えて送り込まれてきているとしている。

そのプーチン氏独自の自作自演の「歴史ストーリー」は、国際社会向けの「理論武装」であると思っていた。しかし、すべて見透かされていた。国連の安保理の緊急会議では批判にさらされ、グテーレス事務総長は、ロシアを批判した。安保理で拒否権を持つ国を公然と批判するのは異例とのことだという。

今までの長々とした過程は、むしろ国民向けにアピールしていたと考えるほうが自然に思えるようになった。

言論への圧迫が厳しく、反プーチン勢力はすべて国会から追い出されたロシア国内で、市民の心の声を知るのは困難である。

しかし、フランスの『ル・モンド』で発言したロシア専門家は「ロシア人は、友人であるウクライナ人を攻撃するのを嫌がっている」と述べた。もし仮に、2014年以来プーチンが描いてきたストーリ、でっちあげとプロパガンダに満ちた歴史ストーリーを国民が信じたとしても、だからといって古くからの友人を戦車で踏みにじって良い理由にはならない。行うべきは防衛であり保護になるはずだ。

プーチン氏が1時間ものべらぼうに長い演説で語ったのは、4分の3近くはソ連時代の歴史とウクライナの関係だった。いわく現代のウクライナは、ソ連時代にレーニンによってつくられたものであると。今まで自分たちも大変な時代に経済でも優遇してきたのに、恩を仇で返されたーーという論調であった。

ここでもジレンマが生じる。それほどソ連時代からの仲間であるのならば、なぜ攻撃をするのかという素朴な疑問である。恩を仇で返されたから? だからプーチン氏は、核の脅威をあげた。それは嘘ではないと思うし、ヨーロッパ人が心配していることではある。でも、冷戦が終わって30年以上。欧州が核の脅威にさらされたことなどあっただろうか。

クリミア併合ではプーチン氏の支持率は上がった。一気に終わり、流血沙汰が無かったことは大きい。しかし、ウクライナ東部ではどうだろう。本当に両者の戦争が始まるのなら、ぐずぐずと殺し合いが続くのだ。ロシア人市民と兵士は、本当にウクライナ人と戦うことを望むのだろうか。そこに大義はないのに。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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