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【中編】「国」って何だろうか:国家も民族も自明ではない。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
平原が広がるウクライナの美しい風景。この国に山脈があったら歴史は違っていただろう(写真:CavanImages/イメージマート)

※この記事は「前編」の続きです。

さて、前編では、スコットランド独立運動が本格化し始める英国の様子を見て、「くにとは一体、何だろうか」という問いを投げかけた。

そして、「くに」には複数の種類があり、英語やフランス語では、種類ごとに違う単語が存在する、つまり複数の異なる考え・思想が存在するーーということを解説した。

◎NATION(ネーション)というのは、歴史、文化、民族の意識などで、心や精神的な面で一つの国や集合体となっているものをいう。感情が移入されている言葉といえる(フランス語では、同じ綴りで「ナシオン」と発音)。

◎STATE(ステート)は中立的な言葉で、単純に行政的な「国」という意味合いである(フランス語では「ETAT」エタ)

では今回は、これらがどのように発展していったのか、説明する。

フランス革命が変えた「くに」のかたち

劇的な歴史の転換期は、フランス革命である。

それまでの世界は、一部の例外をのぞいて、身分制社会だった。ほとんどが王国で、王や権力者を頂点に、ピラミッド型の社会となっていた。

しかしフランス革命は、民衆の手で特権階級を打倒、身分制社会に終止符を打った。そして1789年に「人権宣言」をうたいあげた。第1条には「人は生まれながらにして自由で平等である」と宣言されている。

これは第2次世界大戦後の1948年、国連で「世界人権宣言」となり、今の世界の礎となっている。

フランス革命によって生まれたと言えるのが、「国民」「国の軍隊」という概念だ。それまでは軍というのは、日本が武士の仕事だったように、欧州では騎士(貴族)か、傭兵の仕事だったのだ。

「国民意識」とは、民衆が「この国は自分が行く末を決める、自分の国だ」という意識をもつことだ。そして「自分の国を守るために、自分が武器をとる」、これが国の軍隊だ。

読んで感じられたかと思うが、「国民」とは民主主義と深く結びついている。

そして、フランス革命で生まれたのが「NATION-STATE(ネーションステート)」というものだ。

フランス革命で、NATION-STATE(ネーションステート)という概念が生まれた。日本語では「国民国家」と訳される。

これは「一つの国に、一つの国民(民族)があり、団結している」というような意味である。「NATION(ネーション)」と「STATE(ステート)」が一致している国のあり方のことである(仏語ではETAT-NATION・エタナシオン)。

前編で、冷戦時のドイツやユーゴスラビア連邦の例で説明したように、「NATION(ネーション)」と「STATE(ステート)」は、必ずしも一致しないものなのだ。国民国家・NATION-STATE(ネーションステート)では、この二つが一致しているのだ。

フランスの周りの王国は、革命をつぶそうとフランスに宣戦布告した。革命の守護者たる将軍として名を上げたナポレオンのフランス軍が強かったのは、他の欧州の王国軍と異なり、「フランス革命を守るために、フランス国民の一人ひとりが武器をとって戦う軍隊」だったからだ。

日本も、国民国家・NATION-STATE(ネーションステート)だと言える。英国は「連合王国」で、決して一つの「国民国家・NATION-STATE(ネーションステート)」になることはなかった。だから今、分裂の危機を迎えてしまったと言えるだろう。

あいまいな「NATION(ネーション)」

「国民国家(NATION-STATE)」は強い。そしてクリアでわかりやすい。海という天然の国境に囲まれている日本人にはピンとこないかもしれないが、大陸の人々にとっては、一種の夢でもある。

現代の世界は、まるでこの「国民国家・NATION-STATE(ネーションステート)」が基礎となって構成されているかのような、あるいは、構成されなければならないかのようなものとなっている。これには歴史的に明確な理由がある(後編で解説)。

「国民国家(NATION-STATE)」を形作るには、当然まずは「国家(NATION)」がなくてはならない。

「NATION(ネーション)」というのは、必ずしも実体のある「国」とは限らない。冷戦時代、東ドイツ・西ドイツは二つの国(STATE)として存在していたが、ドイツという「一つのNATION(ネーション)」だった、と説明した。NATION(ネーション)は人々の心に存在するのであって、実体としては存在していなかった。

ここで問題になるのは「NATION(ネーション)」のあいまいさである。「NATION(ネーション)」とは、歴史、文化、民族の意識などで、心や精神的な面で一つの国や集合体となっているものと述べた。「STATE(ステート)」のほうは、中立的で、国という実体が存在するのと異なる。

だからこそ、それほど自明ではないのだ。

例えば、いまウクライナやクルドは今、「NATION(ネーション)」をつくろうとしている最中である。

ウクライナはすでに「STATE(ステート)」はもっている。ウクライナは独立国として国連に加盟している。つまり世界が「ウクライナ」という固有の存在を認めたのである。

一方クルドは、まだ途上である。このことは、クルドよりもウクライナのほうが、「NATION(ネーション)」度が高く、世界もそれを認めていることを証明している。

彼らの夢は、確固たる「国民国家(NATION-STATE)」をつくることだろう。それには「NATION(ネーション)をもっともっと強くつくらなくてはならない。

彼らは「NATION(ネーション)」の要素として、とても大事な「自分たち固有の歴史」を編む努力をしている。しかし、そう簡単ではない。

例えば、「ウクライナの歴史」というフランス語の本を2冊ほどめくったことがある。筆者はウクライナ人(系)であった。いかに自分たちが独自の歴史を歩んできて、固有のものをもっている民族かを描こうとしているが、ロシアと区別するのは時に大変困難に見えた。

彼らは「ロシア発祥の地」となっているキエフ(現ウクライナの首都)は、ウクライナ国家の発祥の地であり、ロシアではないーーと主張している。それには既に世界に流布しているロシア史を否定しなくてはならない。

また、「ソ連(ロシア)に制圧され、搾取された」と自分たちの独立を正当化するとしても、ウクライナからは二人もソ連書記長を出しているのだ(フルシチョフとブレジネフ)。

もっとウクライナが安定して発展し、自信をもつようになれば、歴史の書き方も変わってくるのかもしれない。でも、大国ロシアを隣国にもち、少なくとも私が生きている間にそういう日はやってこないように見える。

現在、ウクライナでは、ロシアに国境を接している東と、欧州に近い西では、大きな違いがあると言われている。ただこれも、愛国的ウクライナ人に言わせれば「ロシアがウクライナを不安定化させようと、ウクライナの東で策略をめぐらしてる」であり、愛国的ロシア人に言わせれば「ウクライナの極右が、ロシアの西で画策している」となっている。

でも、実際に現地に住む人々の心は、もっと複雑だと思う。そんなに単純に図式化できるものではないはずだ。

私はイスラエル国境付近出身のパレスチナ人に会ったことがあるが、その人は「私が子供のころは、イスラエル人とかパレスチナ人とか関係なく、みんな一緒に遊んでいた」と言っていた。

このように「国家(NATION)」というのは化け物なのだ。

ウクライナが、悲願の「国民国家・NATION-STATE(ネーションステート)」をもつのには、まだ時間がかかりそうだ。

しかし、国民国家は、もたなくてはいけないものなのだろうか。

国民国家の限界

「国民国家(NATION-STATE)」をつくろうとすると、それに該当しない人はどうするかという問題が出てくる。ユダヤ人問題は典型だった。

ポーランドの大学に進学して、EUの制度でフランスに留学したウクライナ人もいた。彼女によると、ポーランドで学んで移住したがるウクライナ人は、大変多いということだ。ポーランドは彼らにとってはEUに加盟している、先進国の隣国である。

セルビア大使公邸で出会った留学生は、セルビアとロシアに起源をもち、心はむしろロシア人に見えた。住んでいるところはEU加盟国のラトビアで、EUの制度でフランスに留学してきた。「兄はウクライナの軍隊にいる」と語っていた(一昔前なら、これらの国はセルビア以外、全部「ソ連」という1カ国だった)。

冷戦時、チェコスロバキアという国があった。冷戦が終了し、1993年に正式にチェコとスロバキアという二カ国に分離した。

この分裂は、チェコスロバキアという国は、一つのSTATEではあったが、二つのNATIONだったのであり、「国民国家(NATION-STATE)」ではなかったのだーーということを意味する。

筆者は、苦悩するチェコスロバキア人の学生に出会ったことがある。彼女は父親がスロバキア人、母親がチェコ人、スロバキアに生まれて、大学はチェコのプラハに通った。医者の卵だった。

ところが祖国は二カ国に分裂、21世紀になって、どちらかの国籍を選択しなければいけなくなった。彼女は「今いる大学がチェコだし、チェコのほうが進んでいるから、チェコ国籍を選択すると思う」と言った。しかし「スロバキアで私は生まれ育ったのよ。なぜ生まれた国が外国にならないといけないの?!」と怒って嘆いていた。

ただ、別のチェコ人男性は、田舎の地方都市から来たということだが、「うちは一家全員チェコ人だ。スロバキアは経済的にお荷物でしかなかった。分離は賛成だ」と言っていたが・・・。

こういう人たちは、どこに「NATION」を求めればいいのだろうか。もし住んでいる国や生まれた国が「血」で人々をはじいたら、どこに行けばいいのだろうか。どこに所属していると感じることができるだろうか。

このようなことは、欧州のあちこちで起こってきた。あまりにも「国民国家(NATION-STATE)」が行き過ぎた欧州の新しい挑戦が、欧州連合(EU)なのだと、私は思っている。「一つの欧州」を目指す欧州連合(EU)の存在によって救われている人たちは、大勢いるのだ。

「民族」すら自明ではない?

さて、「NATION(ネーション)」はそれほど自明ではなく、あいまいであることを書いたが、NATIONを形づくる重要な要素である「民族」すら、自明とはいえない。

日本のお隣、朝鮮半島を考えてみたい。

無理やり2つに分割させられたのだから、朝鮮半島は「1つのNATION(ネーション)、2つのSTATE(ステート)」と言えるだろう。

ただこれも、正確に見ていくと、どうだろうか。戦争の記憶がない世代が増え、北朝鮮と韓国の政体の違い、経済の差はあまりにも開いている。

2020年6月の韓国の世論調査で、「統一と平和的共存のどちらを望むか」という設問では、「統一」が26.3%に対し、「平和的共存」は54.9%に上った。過半数の人が、「今のまま二つの国に分裂しているのが望ましい」と答えているのだ。

「南北は一つの民族だから、一つの国家を作る必要があるか」という質問には、5段階の回答のうち、

・「とても同意する」「多少同意する」としたのは25.5%。

・「まったく同意しない」「別に同意しない」と答えた層は、46.9%。急激に増えたという。

さらに、30歳以下の世代では、大半を占める63.6%が「平和共存」を好み、「統一」を好む層はたったの17.9%しかいないという結果となっている。

(以上、2020年6月25日に調査結果を発表したソウルの統一研究院の調査による)。

「別に民族が同じだからといって、国が一つではなくてもいい」と思っている韓国人が増えている。これはつまり彼らは、統一朝鮮という「国民国家(NATION-STATE)」をつくることを、否定し始めているのである。

2018年の平昌冬季オリンピックで、北と南の選手が統一旗をもって行進したのは、もう過去のものとなっているようだ。実際にその後は、同年のアジア競技大会以来、公式に統一旗が使われた機会はないという。これが最後の「輝き」だったのだろうか。

2018年2月平昌冬季オリンピックで、統一旗をもって開会式に臨む選手団
2018年2月平昌冬季オリンピックで、統一旗をもって開会式に臨む選手団写真:ロイター/アフロ

ベトナムもドイツも、冷戦で無理やり二つに引き裂かれた一つのNATION(ネーション)だった国は、とうの昔に再統合して一つになっている。

朝鮮半島では、もしこの状態が長く続くなら、「民族は同じ」という意識すら薄らいでいくのだろうか。

余談になるが、私は文在寅政権がやたらに日本を攻撃するのは、それだけ南北で「一つのNATION(ネーション)」という意識が薄らいできている焦りも、原因の一つではないかと感じる。

1953年生まれの文大統領は、親と姉は北からの避難民で、自分と弟妹たちは避難後の韓国生まれ、祖父母は北朝鮮に残った人だ。朝鮮半島は「1つの民族、1つのNATION」という意識を強烈にもっている人だ。

「日帝」の支配を強調すればするほど、北朝鮮と共通の意識をもつことができる。日本に併合された当時の朝鮮半島は、李氏朝鮮という一つの国だった。日帝を攻撃すればするほど、「一つのNATION(ネーション)」を北と共有し、韓国民にもアピールすることができる。

そうすれば、朝鮮戦争でアメリカ・ソ連・中国という大国に翻弄され、当事者では解決できない分断の傷を、避けることができる。朝鮮半島の専門家にぜひ聞いてみたいところだ。

文大統領は68歳。自分の家族という強い動機をもって、強く北朝鮮との統一の願いをもつ韓国大統領は、おそらく彼が最後ではないだろうか(登場しても、せいぜいあと一人くらいだろう)。

次の最終回では、今の世界が「国民国家・NATION-STATE(ネーションステート)」が基礎となって構成されているかのようなもの、あるいは、構成されなければならないかのようなものとなっている現状を考える。

後編に続く(ここをクリック)。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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