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バイデン「ロシアへ前代未聞の経済制裁」は、核爆弾というスウィフトか。何が問題か:欧州議会とウクライナ

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
12月2日ストックホルムでブリンケン米国務長官・右とクレバ・ウクライナ外相が会談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ウクライナ問題をめぐり、バイデン大統領とプーチン大統領が12月7日、ネット会談を行った。しかし、事態の解決は見られない。

アメリカは、もしロシアがウクライナに軍事侵攻した場合、厳しい制裁を課すと脅している。2014年、ロシアにクリミア併合を許してしまったことを踏まえて、当時には使用を控えていた「前代未聞の(unprecedented)」強力な経済制裁を考えているという。

この「強力な経済制裁」の内容を、米当局は明らかにしていない。一体何なのだろうか。

それは、「スウィフト(Swift)」の停止ではないか、と言われている。米政府は、ロシアをスウィフトから切り離そうとしているのではないかという憶測が広がっているという。スウィフトとは、世界の金融システムにおいて、銀行がお金を流通させることを可能にする重要な歯車である。

複数の欧州やアメリカのメディアが伝えている。

これはロシアや世界の経済に与える影響において「核爆弾の選択」と呼ばれている。もしこれを使用するとしたら、最強の経済制裁の手段であることは間違いない。

これを完全に行うのは世界経済に影響がありすぎるので、異なる部分的なものになるのではないかと言われている。

一体、スウィフトとは何か。今までにもスウィフトをめぐって、アメリカ・EU(欧州連合)や、ロシア、イラン、北朝鮮等とは問題を起こしてきた。国連ともである。

金融世界の住人には知られているが、あまり一般には知られていない。探せば資料はみつかるのに、一般のニュースで「スウィフト」と名指しで焦点を当てられ、詳しく報じられることは大変少ない。

この「核爆弾の選択」を、以下にできるだけわかりやすく説明したいと思う。

スウィフト(Swift)とは何か

スウィフトとは、ベルギーの首都ブリュッセルの郊外にある、銀行の国際的な協同組合(協会)の名前である。日本語では「世界銀行間金融通信協会」という。

大昔は、国際間の取引でも、紙幣(現金)が往来していた。今ではすべてデータ通信で行われている。情報の伝達は暗号化され、認証手続きも非常に厳格で、セキュリティは暗号化によって確保されるシステムとなっている。スウィフトが提供するこのシステムも、スウィフトと呼ばれる。

今日では、国境を越えた合法的に安全な支払いは、実質的にスウィフトでしかできないという。大企業の国際的な巨額の支払いでも、一個人が友達の外国口座に振り込むのでも同じことだ。

約200カ国、約11,000の銀行、証券会社、証券取引所、その他の金融機関の間の取引のオペレーションを担っている。

Swiftのロゴマーク
Swiftのロゴマーク

スウィフトで決済される金額は、たったの3日間で、世界の国内総生産(GDP)の合計1年分が動くという。額にして約85兆ドル、約9700兆円だ。1日で、日本のGDPの約6倍の金額が動くというほうが、わかりやすいだろうか。

スウィフト(Swift)は、「Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication」の頭文字をとったものだ。英語でSwift=速いという意味も重ね持っている。

このシステムからロシアを外すと、ロシアは世界の金融送金システムに参加できないということになる。

これはどのくらいの破壊力があるのだろうか。

先例のイランで何が起きたか

それでは、先例を見ていきたいと思う。

スウィフトが史上初めて国際データ通信を遮断したのは、イランだった。2012年3月17日のことだ。イランの核疑惑のためである。

本物の核の疑惑のために、「核爆弾」とすら呼ばれる制裁を使うというのは皮肉な話だ。ただ使用に至るまでは、長い道のりがあった。

きちんと説明したら本が10巻まで必要になりそうな難しい問題だが、ふりかえって、どのような事態になって、この経済制裁の「核爆弾」が発動されたのか見てみたい。

イランは、反米的な国として知られている。1979年のイラン・イスラム革命で親米の王制を打倒、イスラム共和制に移行してからというもの、比較的穏健な指導者もいるが、反米的な独自の外交・安全保障政策を進めることになる。

以来、核の問題はずっと続いている。核(nuclear)は、原発などの「平和」利用なのか、兵器なのかが曖昧なので、大変難しい問題だ。

特に21世紀に入って2002年、イラン国内でウラン濃縮施設が確認されてからは、大きな国際問題になった。核兵器への転用が疑われ、欧米や周辺のアラブ諸国に反対を受けたからだ。

2005年に就任した新大統領アフマディネジャドは、反米の保守強硬派だった。そして「平和利用だ」と主張して、一度は停止に合意したウラン濃縮を再び稼働させた。

2006年以来、国連安保理事会は、何度もイランにウラン濃縮の停止を求める決議をしている。

・2006年7月、ウラン濃縮活動の停止を求める決議。

・イランが拒否したので同年12月制裁を課す。

・2007年3月、制裁対象となるイラン企業のリストを拡大。

・2008年3月、制裁の対象となる個人や団体を追加。

・半年後の9月には、決議遵守を要請する決議。

このように、何度も決議や制裁を行った。それにもかかわらず、2009年にイランは新たなウラン濃縮施設を建設中であることが明らかとなった。実に強気だ。

アフマディネジャド大統領。2013年
アフマディネジャド大統領。2013年写真:代表撮影/ロイター/アフロ

国連安保理事会は何度も決議をしているとはいえ、強い権限をもつ常任理事国5カ国(米・英・露・仏・中)の思惑も様々だった。解決への努力はあった。ロシアとの合意、「イランの平和的核エネルギー開発は維持する」という立場のトルコとブラジルとテヘラン合意などが結ばれた。

しかし、さらに国連安保理は、厳しい態度で臨む。

・2010年6月、完全な武器禁輸措置、イランの弾道ミサイルに関するあらゆる活動の禁止、これらの制限に違反する貨物の検査と押収の許可、イラン革命防衛隊と国の船舶への資産凍結の拡大、専門家パネルの設置(その後3回延長された)。

イランは反発して、テヘラン合意を履行しなかった。

そして2011年11月、国際原子力機関(IAEA)は、核兵器開発疑惑について、やっと初めて具体的な根拠を示した。そしてイランに具体的な回答を強く迫る決議を採択した。

このころになると、別のパレスチナ問題が起きて、中東の情勢は暗転、イスラエルがイランを空爆し、核施設を破壊するのではないかという緊張が一気に高まった。

またイランが、制裁に対する報復として、潜水艇を使いホルムズ海峡を封鎖するのではないかという不安も生まれた。世界の原油輸出量の5分の1がこの海峡を通過すると言われる。流通が途絶えたら、世界経済が大混乱してしまう。

日本も人ごとではなかった。軍事に発展しそうな緊張は、遠い日本ではピンと来なかったかもしれないが、日本は原油輸入の8~9割を中東に頼っており、ほとんどがホルムズ海峡を通って日本に運ばれるのだ

ホルムズ海峡の最も狭い幅は33キロ。海峡は住民のものでもある。イラン対岸のオマーンのカサブ港でイラン人男性が、海峡を渡ってイランに密輸するタバコを満載した小舟を準備している所。2000年4月。
ホルムズ海峡の最も狭い幅は33キロ。海峡は住民のものでもある。イラン対岸のオマーンのカサブ港でイラン人男性が、海峡を渡ってイランに密輸するタバコを満載した小舟を準備している所。2000年4月。写真:ロイター/アフロ

イラン問題と中東情勢は、世界を巻き込んで大きな緊張を生んでいたのだった。

そもそも、国連安保理とは、核保有が認められている上述の5大国の常任理事国が中心となっている。イランが「なぜ自分たちの国はよくて、他国はダメなのか。偉そうに」と反発したとしても、わからないでもない。

周辺のアラブ諸国は、この点は同意する意見があったという。しかし当然、イランに核兵器はもってもらいたくない(イラン政府は平和利用と主張していたが)。

アフマディネジャド大統領が大変な強気だったのは、国民の支持があったからだろう。国際平和研究所が2010年9月に行った世論調査では、イラン人の71%が核の開発を支持しており、同機関による過去の世論調査を大幅に上回ったという。

ところが、である。

イラン政府は2012年4月の会合で、一気に軟化したのだ。

さらに、世論も激変していた。

同年7月にイラン国営メディアが行った世論調査では、イラン人の3分の2が制裁の段階的な緩和と引き換えに、ウラン濃縮の停止を支持していることが明らかになったという。

一体、約1年半の間に、イランに何が起きたのか。

それこそが、2012年3月のスウィフトの停止だったという。

スウィフト切断されて、イランとの取引は、企業も公共機関も個人も、あまり大っぴらには言えないお金もすべて、現金を運ぶか、まだブロックされていない小規模なイランの銀行を介してのみでしか可能でなくなったのだ。

ドイツの新聞「Die Zeit」のカルスティン・コーレンバーグと、マーク・シエリッツは、スウィフト排除の影響について、イラン経済に深刻な損害を与え、イラン政府を交渉のテーブルにつかせたと評している。

この措置は、「金融市場手段による戦争」を担当する米財務省のテロ・金融情報局の次官補を務めるダニエル・グレーザーの、これまでの最大の成功例だという。

「アメリカにはこんな局があるのか」と驚くかもしれないが、この局は、財務省の国際金融局、国内金融局と並ぶ、3大部門の一つである。

核疑惑問題に関する政治情勢の経緯を描いた記事やレポートには、このスウィフト停止の件が明確に書かれているものは多くない(特に日本語)。「経済制裁の強化」「送金の停止」くらいに書かれており、スウィフトの名がはっきり出るものは、むしろまれである。

軟化して行われた会合は、国連安保理の5カ国にドイツを加えた「P5+1」と呼ばれる6カ国会合だった。あるいは「EU3+3」(英仏独+米露中)とも呼ばれる。この時が3回目の会合だった。

その後タフな交渉が続き、ようやくイランと6カ国が2015年7月、イランの核兵器開発を大幅に制限することに合意したのだった。オバマ政権の大功績の一つとみなされている。

「歴史的合意」と呼ばれ、欧州では新聞の一面を飾った。国連の安保理でも決議された。もっとも、イランの敵対国イスラエルは「歴史的な降伏」と述べたが。

スウィフト停止は、それまでの様々な制裁を完全なものにしたとも言える。

今まで多くの国や組織が、資産の凍結、イランへの武器の輸出禁止、原油の取引の禁止や制限などを行ってきた。

しかし、隠れて行っていることが当然出てくる。スウィフト全面停止にしてしまえば、各戸やビルの水道の元栓を閉めるのではなく、水道局の元栓を閉めるのと同じ効果がある。

合意の立役者となったケリー米国務長官(手前)。ウィーンの国連ビルで6カ国とイランは14日、10年以上に及ぶ交渉の末、中東を一変させる可能性のある合意に達した。
合意の立役者となったケリー米国務長官(手前)。ウィーンの国連ビルで6カ国とイランは14日、10年以上に及ぶ交渉の末、中東を一変させる可能性のある合意に達した。写真:ロイター/アフロ

イラン政府の悲願であった核開発を思いとどまらせたのは、国際金融世界からの遮断だったのだ。「核爆弾」級と言われるゆえんである。合意を受けて、やっと2016年2月再接続された。

筆者が前の記事で「総力戦をやったら、ロシアは勝てないのはわかりきっている」と書いたのは、軍事以外のことも頭に入れてのことである。

長年の交渉と度重なる制裁、それでもダメだったという実績、国際社会の同意があったからこそ、この措置が使えたのだとも言える。そうそう簡単に使われるものではない。

実はこの話には、続きがある。「そう簡単には使われない」という例になっている。

さらに、米と欧には摩擦があり、両者の協力関係がいかに大事かもわかる。いかにEUの力が徐々に増しているか、端的に現れている事態が展開するのだ。

トランプ大統領のひっくりかえし

国際社会はこんなに努力して、やっと問題に決着がついたのに、これをひっくりかえそうとしたのがトランプ政権だった。

トランプ大統領は2018年、オバマ大統領の功績をつぶそうとするかのように、合意から一方的に離脱して、イランに経済制裁を加え始めた。

さらにトランプ政権は、イランを再びスウィフトから切り離せと主張したのである。イランは合意を守っていたのに、である。

当然関係国は反発、EUは抵抗した。合意が崩壊したら、イランと敵対する国々が核兵器を持ち始める「核のドミノ」が起きてしまうかもしれない。

それでもスウィフトは、11月にトランプ政権の要求を受け入れて、イランのブロックを決定した。圧力に負けたのだという。

ここまでの情報は、目に触れやすいレベルではないが、求めれば出てくる。しかしその後どうなったかが、なかなかみつからなかった。少なくともスウィフト公式サイトの「制裁」欄に、この部分の記述はない。

あるアメリカの記事によると、EUに同情的なムニューシン財務長官と、制裁を主張した超タカ派のボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官が対立、最終的にポンペオ国務長官(外相)がムニューシン側についたので、頓挫したとのことだ(その後、ボルトン氏は、トランプ大統領に解任されている)。

2018年5月8日、ホワイトハウスの外交室で、トランプ大統領がイラン核合意JCPOAから離脱する意向を表明するのを聞く、左からムニューシン財務長官、ボルトン国家安全保障顧問、ペンス副大統領
2018年5月8日、ホワイトハウスの外交室で、トランプ大統領がイラン核合意JCPOAから離脱する意向を表明するのを聞く、左からムニューシン財務長官、ボルトン国家安全保障顧問、ペンス副大統領写真:ロイター/アフロ

これはトランプ政権にとって、実にみっともないことだったようだ。ともあれ、このことから、米と欧が対立すると、「スウィフト接続停止」という「核爆弾級」の制裁は発動しにくいということがわかる。

なぜスウィフトはこうなる?

スウィフトは、前述したように、ベルギーの首都ブリュッセルの郊外にある、銀行の国際的な有限責任の協同組合(協会)である。

ベルギーにあるので、ベルギー法、かつEU法によって運営されるはずである。

取締役会には25名のメンバーがいる。監査役も担っており、メンバーのほとんどは、主要な国際銀行の代表者である。

米・英・仏・独・ベルギー・スイスが2名ずつ、その他イタリア、オランダ、スペイン、スウェーデン、ルクセンブルク、日本、シンガポール、香港、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、中国、ロシアから1名となっている。

EUのメンバーは11名、西欧ならば15名と、過半数を占めている。日本から参加しているのは、(東京)三菱UFJ銀行の人である。

しかし実際には、政治に、特にアメリカ政府に大きく動かされているのは、ご覧になったとおりだ。

「金融の自律」と「国家権力」の間の難しさが、スウィフトにもあると思われる。

例えば日本では、他の民主主義国家と同じように、銀行は民間企業である。働く人々は公務員ではなく、社員である。日本銀行は(日銀)は、銀行法に基づく認可法人で、働く人々は公務員ではない。が、社員かというと・・・それも違う。

金融が完全に国家から自由で自立するのは難しいが、加減や規律が問われる問題である。

2001年の9.11同時多発テロ事件より、テロとの戦いのために、アメリカはスウィフトに金融取引に関する機密データを米国当局に転送するように要求、スウィフトは応じている。

このことは、データ保護の観点や、欧州への越権行為、透明性の欠如などから、欧州で様々な方面から批判された。そのために、スウィフトは、スイスに新しいデータセンターを設置した。欧州の決済データをアメリカにミラーリングする必要がないようにするための措置だ。努力はしている。

その後、EUの外務大臣たちは、アメリカのテロ捜査官に、スウィフトの欧州のデータにアクセスする権限を与えることを決定した。欧州委員会がつくったEUーUS暫定合意に対し、反対したのは欧州議員たちだった。

議員によって反対する文書がまとめられた。この文書を2020年2月11日欧州議会は採択、EUーUS暫定合意は失敗した。

2010年2月、ストラスブールの欧州議会で、EUーUS暫定合意に反対する文書が採決された。文書を書いたオランダ選出の欧州議会議員、プラスシャート氏に同僚から拍手が起こった。
2010年2月、ストラスブールの欧州議会で、EUーUS暫定合意に反対する文書が採決された。文書を書いたオランダ選出の欧州議会議員、プラスシャート氏に同僚から拍手が起こった。写真:ロイター/アフロ

とはいっても、世界の基軸通貨は米ドルであり、国境を越えた資金決済の4割は、ドルで行われると言われている。ドルで決済するとアメリカに知られることになる。

NRI(野村総研)の説明によると、例えば、ロシア企業が中国企業から通信機器を購入し、ロシア企業が代金をルーブルで支払い、中国企業が代金を人民元で受取る場合。ルーブルと人民元が直接交換されるのではなく、ドルが仲介通貨となる。

つまり「ルーブル→ドル→人民元」となることが多い。そのほうが、ルーブルと人民元を直接交換するよりも手数料が概して安くなるという。

ユーロは力を増しているものの、欧州内の取引ですら問題が発生している。

デンマークで告発があったのだが、2012年、小さなホビーショップを営む警官が、ドイツの企業からキューバ産の葉巻を輸入した。これは欧州では合法である。しかし、途中で米ドルの取引が発生したため、アメリカに知られ、同国のキューバ制裁措置に触れたため、お金を没収されたという。

このことがニュースとなり、アメリカはテロ対策を悪用している、欧州への干渉であり、EU市民の法的権利を著しく侵害している、と問題になったのである。そしてEUレベルで問題にすべきだとの声があがった。他にも例がある。

欧州議会のおかげで、データ保護と透明性の問題が、民主的な権力と方法によって、明らかになってきていると言えるだろう。良いことだと思う。

日本でも同じような問題は起きているはずなのに、ニュースにすらならない。欧州の民度の高さと、民主主義を具現化する組織の作り方に関心する。

欧州議会の攻撃とロシアの防御

さて、欧州議会は今年の4月に、拘束力のない勧告ではあるが、もしロシアがウクライナに侵略するなら、ロシアをスウィフトから切り離す準備をしろという決議をしている。

ちなみに、この賛成多数で採択された文書の中には、他にもドイツとロシアを直接結ぶガスパイプライン・ノルドストリーム2を稼働させてはならない等、ロシアに対して厳しい姿勢が盛り込まれている。

このような決議に、当然ウクライナは喜び、ロシアは反発した。また、ウクライナの側も、ロシアのアクセスを禁止する可能性を検討するよう、4月20日に行われたEUの外相会談で要請したという。

ロシアはスウィフトの代わりとして、独自の金融データ伝達システムをすでにつくっている。ロシアの政府系メディア「スプートニク」の記事によると、すでに23カ国が参加しているということだ。

ただ、どれほどの力があるのかは未知数であるし、疑問符がつく。

中国の対抗策

一方で、中国も同じように米ドルとスウィフトの支配に対抗しようとしている。

2015年10月に中国は、人民元の国際決済システムである「国際銀行間決済システム(CIPS)」を導入した。ロシア、トルコなど米国が経済制裁の対象とした国々の銀行が、このCIPSに多く参加している。

2019年4月時点でCIPSへの参加は、89カ国・地域の865行に広がっていた。スウィフトの1万行からみると、まだまだ格段に少ない。参加銀行数を国ごとに見ると、驚くことに第1が日本、第2位がロシア、第3位が台湾だ(日本経済新聞調べ)。

一帯一路構想とのリンクを当然目指すのだろうが、中国関連事業では、依然として人民元決済の比率は小さい模様と報告されている。しかし、将来的には一帯一路周辺国に「中国経済圏」を一段と拡大させ、そこでの取引に人民元が多く使用されることを望んでいるのだろう。

プーチン大統領も、アメリカに対抗する中国の努力に好意的だと言われる。CIPS参加の銀行数で2位を占めていることからもわかる。

バイデン大統領が主催した「民主主義サミット」は、このような中露との争いも背景にあると考えるべきだろう。

ウクライナ問題はどうなるか

最後に、話はスウィフト自身の立ち位置に戻りたいと思う。

欧州議会の決議について、スウィフトは反発。「このような国際的にセンシティブな問題について、欧州議会の決議でスウィフトにはっきり言及することは、当方の評判に巨大なダメージを与える」と、公式サイトで述べている。あまり表立ちたくない意思があらわである。

金融ネットワークが目立ってしまい、政争の具になるのを避けたいのはわかる。でも、既になってしまっている。イランの制裁時では、関係者には注目されたとはいえ、一般人にはまだそれほど知られていなかった。名前を広めた最大の貢献者は、トランプ大統領かもしれない。

ひっそりと「核爆弾」級の働きをするよりも、透明性があったほうがよい。欧州議会の行動に意義をさしはさむ必要は感じない。むしろ、頑張ってもらいたいくらいだ。

しかし、中露と比べると、このような米EU間の議論やいさかいは、極めて高度であると感じさせる。一応ヨーロッパ人のロシア人はともかく、中国人には米欧は何をもめているのか、全く根本を理解できないのではないか。

彼らに理解できるのは「アメリカの覇権を嫌がっている国や人々がいる」程度なのではないだろうか。金融の自由と国家権力との間の難しい問題、そして透明性の問題は、そのまま民主主義の価値と直接つながっているのだ。

ウクライナから話がやや遠くなってしまったが、結論を言えば、ロシアに対してスウィフト全面停止を発動するほど、まだ国際社会の努力は積み重なっていないと感じる。イランの時のように努力が積み重なっていないということは、国際社会の理解を得られていないということだ。

発動は、ロシアに打撃を与えるだけではない。ロシアと取引のあるこちら側のすべての企業、組織、個人にも影響を与えるのだ。例えばロシアと貿易をしている日本の会社も、突然支払いとビジネスが止まって、打撃を受けることになる。

ただ、ロシアが求める「ウクライナがNATOに加盟しないという、条約などの確約」を、米EUが行うとは思えない。NATOは、防衛線はNATO加盟国だと明言しているが、本当にプーチン大統領が軍に国境を越えさせたらどうなるのか。

「ロシア発祥の地」とされるウクライナの首都キエフまで行くのか、それとも前回の記事で述べたように、クリミア半島や黒海の支配を確実なものにする範囲を狙うのか。

その時、米欧はこの「核爆弾級」のスウィフト接続停止を選択するのだろうか。それとも、ロシアの銀行がルーブルを外貨へ両替するのを制限するなどの、異なる部分的なことだろうか。どのみち今回は、欧州議会の応援付きとなり、米EUが足並みを揃えようと決意するなら、障害はないかもしれない。

そんなことを考える必要がないよう、平和を維持してほしいが、ウクライナ情勢には、当分の間注視が必要だろう。

参考記事:アメリカのドル制裁にロシア(や中国)はどう対抗する?4つの戦略と中露独自の金融網とは:ウクライナ危機

ウクライナの黒海沿岸、南ブグ河口にある古代ギリシャの遺跡「オルビア」。紀元前7世紀にミレトス人が入植、ローマ帝国時代まで栄えた。軍事のニュースばかり続くが、黒海沿岸は、風光明媚な保養地でもある。
ウクライナの黒海沿岸、南ブグ河口にある古代ギリシャの遺跡「オルビア」。紀元前7世紀にミレトス人が入植、ローマ帝国時代まで栄えた。軍事のニュースばかり続くが、黒海沿岸は、風光明媚な保養地でもある。写真:CavanImages/イメージマート

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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