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ブレグジットの行方はEUの手に。EU内で何が起きているか。次のシナリオは再国民投票?イギリスEU離脱

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ユンケル委員長、ゼルマイヤー総書記長(中央)とバルニエ交渉官。ストラスブールで(写真:ロイター/アフロ)

やはり拒否された。EU離脱案は、賛成242票、反対391票となり149票差で否決された。1月15日の採決では230票もの差がつき、「歴史的拒否」と言われたので、それに比べればマシである。

与党保守党から85人も、メイ内閣の方針に逆らって「反対」が出た。彼らは「断固離脱派」なのだろう。しかし、まったく逆でEUに残りたい、EU離脱そのものに反対のスコットランド国民(民族)党の全議員、自由民主党の一人を除く全議員も、反対に投票している。

まさにメイ首相が言うように「望んでいる結果は(断固離脱・残留と)正反対なのに、同じ道を投票している」事態になったわけだ。

今後イギリスが歩む道は、「合意なき離脱は嫌だ(13日の採決)、EUに離脱延期を申請したい(14日の採決)」になる可能性がもっとも高い。

そうなると、EU側はどう反応するのか。イギリスの行く末を決めるのはEUになる。

まず今後の日程の確認

離脱日は3月29日。その前の3月21日と22日に、欧州理事会(27カ国首脳会議)が開かれる。ここで、イギリスの離脱申請を受け入れるのか、受け入れるのなら延期日はいつまでかが最終決定される。

あと8日しかない。この8日の間に、27加盟国は決めなければならないのだ。正確には、延期申請が本当に来るかどうかは14日の英国下院の採決の結果を待たなければわからない。しかしそんな時間はない。

ちなみにこれは定期会合で、ブレグジットのために招集されるものではない。しかし、イギリスのことが中心になるだろう。

5月24日案の提示

まず大事なことだが、延期申請を受けるかどうかは、27全加盟国の満場一致が必要である。多数決ではない。つまり、1カ国でも反対があれば、却下になる。その場合、廃案か修正(再協議)なのだが、もう再協議している時間はないだろう。

そしてフィガロ紙の報道によると、今まで27カ国が一同に集まって、この問題を実際に討議したことはないという。

この問題が初めて加盟国全部に提起されたのは、3月11日(月)の朝、加盟国のEU大臣に対してだったという。この時は、英国のコックス法務長官とウォーカー離脱担当大臣がブリュッセルを訪れていて、修正案を話し合っていたが、27カ国のEU担当大臣も同じようにブリュッセルに詰めていたのだった。

バルニエ交渉官と、マルティン・ゼルマイヤー(Martin Selmayr)欧州委員会総書記長の二人が、もし延期した場合の日程案を提出したという。そこには「最長で5月24日」と書いてあった。欧州議会選挙は5月23日から26日なので、真っ最中ということになる。理由は、離脱延期した場合、イギリスはまだ加盟国なのだから、欧州議会選挙に参加して投票する権利と義務が生じてしまいかねない。この日付なら、そのような法的リスクがない日付である、という情報筋の話だ。

ただ、たった2ヶ月弱延期をして何ができるのか、何をするつもりなのか、まったくわからない。これはもしかしたら「合意がある離脱」を想定した日程だったのだろうか。それとも、「合意なき離脱」でも、2ヶ月弱で何かできることはあるだろうか。

委員会と理事会の異なる解釈

一方で、欧州理事会(27カ国首脳会議)のほうの解釈は異なっているという。

彼らは、選挙が終わって、新しい欧州議会が設置される7月2日の前まで延期が可能で、リスクはないと考えている。もっと先まで延長するという案もあったが、それは英国で総選挙が行われる場合のみ考慮されるのだという。

結局、「今のところ加盟国だが、離脱が予定されている国は、いつまでなら欧州議会選挙の権利と義務が発生するか」という決まりはなく、法解釈の問題になり、「あの規則に抵触する・しない」というリスクの問題になるようだ。

考えは、欧州委員会というEU官僚機関と、欧州理事会という27加盟国の集まりでも異なるし、もちろん人によって異なる。

いくつか、欧州委員会の例を挙げたい。

あくまで印象であるが、ユンケル委員長は、融和的な姿勢に見える。「もし離脱延期になるなら、欧州議会選挙に加盟国として参加する権利と義務を要請する」などとトゥスク大統領(欧州理事会議長)に宛てに手紙を書いて、それをツイッターで公表していた。

バルニエ交渉官は、採決の前に「英下院の議論を見ていて、危険な誤解があるようだが、合意を否決するなら、延期申請しない限り、3月29日の離脱となる」と釘をさしていた。つまり、合意がなくてもいいとする断固離脱の場合、延長や移行期間はゼロだという意味である。

また、カタイネン欧州委員会副委員長は、採決前にストラスブールではっきり言った。「この合意に反対する票を投じると、合意なき離脱の可能性が大いに高まる。下院での投票に応じて、規則ある離脱か、これまで以上に今までないほどに近づいている合意なき離脱か、どちらかに向かって我々は動く。ハンドルの上に手を置いて、しっかり前を向いてシートベルトを締めることだ」。

27カ国の誰も延期を望んでいない

この問題で一番柔軟な対応をとっているのは、ドイツである。ドイツと英国の経済の関係は深いこともある。

メルケル首相のように主要プレーヤーで融和的な態度を見せている人がいると、反対がしにくい。この状況で反対すると、合意なき離脱になって大問題が起きた時、その国(首脳)の責任だということになってしまう、それが嫌なのだと、あるEU外交官はフィガロ紙に言ったという。

確かに、そういう心理は間違いなくあるだろう。火中の栗を誰も拾いたくない。しかし、EU外交官は役人である。役人の見解がどれだけ当たるかは、かなり疑問である。なぜならコックス法務長官も言うように、この問題はもっぱら政治の問題だからだ。法的問題ですらないのだ。

この次の選挙では極右の台頭が明らかであり、各国の党や政治家にとっては、議席を減らしてしまう大問題なのだ。議員にとっては落選という死活問題なのだ。英国の合意なき離脱がうみだす大混乱こそが、最も効果的な極右に対するカウンターパンチになる。

党や議員のエゴは置いておくとしても、極右が台頭したら、自国の安全保障の問題につながる。あらゆる点で社会が不安定になってしまい、移民が多い国では社会が内部から崩壊するような危機になってしまう。それに、外部勢力からも標的にされて攻撃されやすくなる。遠い他国の英国よりも、自国の社会のほうが大事ではないか。それに、各国の危機はそのままEUの危機になるのだ。

1カ国だけでも反対票が入れば、要満場一致なのだから却下となる。前述したように廃案か再協議だが、再協議の時間はない可能性のほうが高い。1カ国は目立ちすぎるので、「そんな延期申請の理由では、納得できる理由とは言えません」ということにして、難色を示す国で集まってグループをつくればいいのだ。EU内では始終やっていることだ。

アイルランドのバラッカー首相は「延期が必要なのであれば、それは目標のある延期でなければいけない。困難な決定が4月末まで、そして5月末まで、そしておそらく7月末まで延期されなければならないという、滑りやすい崖のような状態を、欧州連合の誰一人として望んでいない」とはっきり言った。

バックストップ問題で鍵をにぎる国はアイルランドであることを考えると、彼の発言は重要である。

もしかしたら、27カ国が満場一致で「延期を拒否」とする可能性もあるだろう。

納得できる延期理由とは?

誰もが「延期申請には、十分に納得させる理由がないといけない」と語っている。メルケル首相、マクロン大統領、ユンケル委員長、バルニエ交渉官、その他欧州委員会の委員(大臣)、加盟国のEU担当大臣・・・これだけは一致しているようだ。

誰もがうんざりしているのだろう。延期をして何になる? 代案もないのに、合意は受け入れたくない、でも合意なき離脱は嫌だ・・・そして、断固離脱派と、EUに絶対に残りたい派が、両方とも合意反対に投じている。はっきり矛盾が露呈している。処置なしである。

ただ、イギリス内部としては、議会という場で矛盾をはっきりさせて、国民レベルの自覚を促しただけでも、採決を行った甲斐はあったのだと思う。

ただ「十分に納得させる理由」とは一体何で、どの程度のものなのだろう。結局これも、人によって異なり、思惑は様々なのだ。

やはり再度の国民投票?

ユンケル委員長は、「3度目はない」と明言している。以前から何度も言っているように、もう再交渉はないという意味である。

これと「欧州議会選挙への参加を、イギリスに要請」という発言の、矛盾した内容を読み解くとしたら、2つしか解釈が思いつかない。

一つは、「ブレグジットは起こらないかもしれない」という方向で、イギリス政府と何か織り込み済みであること。もう一つは、延期したら自分の任期が終わってしまうので、新しい委員会と新しいメンバーに次の交渉を託すという意味であることだ。

何か織り込み済みとしたら、再度の国民投票か、総選挙つまり内閣総辞職(議会任期固定法に基づき)か、両方なのだろうか。

メイ首相は、合意修正案が否決された後の演説で、「どのくらいの延長期間を示すかをEUが決めることになる。われわれの要求が通らないばかりか、延長に条件を付けてくる可能性すらある。離脱に票を投じた人々の期待にそぐわない形の離脱となったり、国民投票を再実施したりする可能性が出てくる」と、しゃがれ声で述べた。

「国民投票の再実施」のところでは、イエスとノーの両方の歓声が議員から上がった。

しかし、なぜこの文脈で「再国民投票」が出てくるのか謎である(対労働党向け発言?)。ただ、今までのユンケル委員長とメイ首相の「ブレグジットは決して起こらないかもしれない」発言から考えて、一つの確信は深まっていった。メイ首相は何かするつもりだ。そしてそれは、欧州委員会側は織り込み済みだということだ。

それでは次に何が起こる?

そこで今後の可能性を考えてみた。

1,3月21−22日の欧州理事会の前に、(議会任期固定法に基づき、以下同)内閣総辞職・総選挙、あるいは更に加えて再国民投票も行うダブル投票を発表して、離脱延期を申請する。

2,可能性は低いが、3月21−22日の欧州理事会で何か理由をつけて延期を受諾してもらい、その後に内閣総辞職・総選挙、あるいは更に加えて再国民投票を行う。)

3,3月21−22日の欧州理事会で、延期申請が拒否される。必然的に合意なき離脱となり、その後に内閣総辞職・総選挙、あるいはさらに加えて再国民投票を行う。

4,内閣総辞職・総選挙を発表する、そして延期を長いものにして、欧州議会選挙に参加する。そして、欧州議会選挙を再国民投票の代わりにする。

5,もっともらしい理由をつけて延期を長いものにして、欧州議会選挙に参加する。そして、欧州議会選挙を再国民投票の代わりにし、この期間に内閣総辞職・総選挙を行う。

6,もっともらしい理由をつけて延期を長いものにして、欧州議会選挙に参加する。そして、欧州議会選挙を再国民投票の代わりにする。その結果次第では、再国民投票を行う。

今のところ思いつくのは、このくらいである。

それと、再び国民投票をしたとしても、内容は「離脱か、残留か」になるとは限らない。何か別の選択肢かもしれない。「これならもう一度やっても、前の投票を反故にしたことにはならない」とイギリスの市民が思えるような内容である。

国民投票の結果は重く、しかも二度も議会で合意案が否決されているのだから、そう簡単に再度の国民投票はできないーー3月29日に合意なき離脱になって、国が大混乱に陥って、国のあちこちから市民が「再投票を」と望むのでなければ。

欧州司法裁判所は、英国が離脱を破棄しさえすれば、いつでも戻ってこられるように、法的な準備はしてあるのだ。

参照記事

欧州議会選挙が再国民投票の代わり? ユンケル氏まで「ブレグジットはないかも」:イギリスEU離脱で

メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。内閣総辞職もか。EUは強硬姿勢。イギリスEU離脱ブレグジットで

内なる爆弾はスコットランド?

そして、もしかしたら今後大きくなる問題は、北アイルランドよりもスコットランドかもしれない。

スコットランド自治政府は、合意なき離脱が採決されるやいなや、ツイッターで「最大10万のスコットランドの職が失われてしまう」と発信した。

そして「合意なしの離脱は、私たちの経済に重大な影響を及ぼし、スコットランドを不況に陥らせる可能性があります。英国議会は『合意なし』を拒否し、英国政府は2回目の国民投票のための時間を確保するために、第50条を延長するよう要請します」とツイートした。

アイルランド人作家の文章のおかげで気付かされて、前から不思議だった謎が解けた思いがしたが、北アイルランドに対しては抜き難い蔑視があるという保守派のイギリス人も、スコットランドは見過ごせないだろう。

かつて2014年、独立投票を行ったが、英国残留となったクニ。親EUで、離脱反対のこのクニは、今後どう動くのだろうか。英国のアキレス腱は、アイルランドよりもスコットランドとなるのだろうか。

参照記事:カタルーニャの独立投票と、スコットランド、EU(欧州連合)の関係

ブレグジット(イギリスのEU離脱):3月29日までに英国側とEU側で起こりうるシナリオ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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