英国EU離脱で、北アイルランドの本当に「マズい」状況。鍵を握るアイルランド首相はどういう人物か

アイルランドのレオ・バラッカー首相。2018年12月欧州理事会にて(写真:ロイター/アフロ)

北アイルランドは無政府状態

「マズい」と書いたが、どちらかというと本当に「ヤバい」のである。なんせ、北アイルランドは目下政府がつくれなくて、無政府状態なのだから。

北アイルランドでは、一応の冷たい平和は保たれているものの、プロテスタント系で王党派で英国に所属意識をもつ人と、カトリック系で共和派でアイルランドに所属意識をもつ人に分裂している。

仏独共通テレビのアルテによると、9割以上の学生が、自分の属するグループの学校に通っている。100以上の壁や柵が、二つのコミュニティを隔てており、87%の住人が、この壁や柵が存続することを望んでいるという。

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両者を隔てる壁や柵。
両者を隔てる壁や柵。

独仏TVチャンネル・アルテの映像より。言葉はわからなくても雰囲気は十分伝わる(4分)

まっぷたつに分かれた選挙

2017年始めより、政治危機が訪れている。3月に北アイルランド議会(90議席)の選挙が行われたのだが、両派は一つの政府をつくるのに失敗して、いまだに無政府状態である。

選挙結果は、以下のとおり

・民主統一党(強硬な英国派)28議席

・シン・フェイン(強硬なアイルランド派)27議席

・アルスター統一党(穏健な英国派)10議席

・社会民主労働党(穏健なアイルランド派)12議席

・北アイルランド同盟党(どちらにも属さない)8議席

(その他)

・緑の党(左派)2議席

・People Before Profit(極左)2議席

・Traditional Unionist Voice(英国派)1議席

となってしまった。

ややこしい話を簡単に説明すると、英国派(民主統一党)とアイルランド派(シン・フェイン党)は、話し合って政府をつくるべきなのだが、決裂してしまった。規定では、3週間以内に政府がつくれない場合、再選挙を行うか、イギリスが直接統治するという選択もある。

しかし、イギリス政府は「何週間か、短い期間だけ延期して交渉を続ける」という措置をとった。そして「もし合意が得られず政府がつくれない場合は、イギリスの直接統治にする」と宣言した。

2017年6月に行われる英国総選挙の結果を待つことでもあったのだが、結局今にいたるまで政府はつくられておらず、無政府状態なのである。

なんだか・・・一触即発というのは言い過ぎかもしれないが、EU内でこんな地域がまだあったのかというような状況である。カタルーニャ独立問題もかなり深刻だったが、平和だったし、南の地中海のラテン人らしい、なんとなくユーモアとホンワカ感があったのとは大違いである。U2の歌と同じように、冷んやりとして鮮烈である(リンクは音に注意)。

有能な若きアイルランド首相

ブレグジット問題で大きな鍵を握るのは、実はアイルランドである。

アイルランドの首相を知っている人は、あまりいないのではないだろうか。

レオ・バラッカー首相は、たくさんの特徴をもっている。

まず、若い。40歳。41歳のマクロンと同じく欧州の若いリーダーだ。イギリスの強硬離脱派のお年寄りとは全く話が合わないに違いない。

父親がインド人、母親はアイルランド人である。彼は父親と同じく医者である。そしてゲイであることを公表している。

所属政党は、中道右派であるフィナ・ゲール党(統一アイルランド党)である。

バラッカー首相は、英国とEUが離脱交渉を始めたころから、「アイルランド島を北と南に分ける国境を設けてはいけない」とEU内で主張して積極外交を展開し、加盟国の支持を得てきたのである。これは前の首相(同じ党)のケニー首相から続いている方針である。

EUで彼の主張が受け入れられたのは、当然ではある。30年に及ぶ流血の争いの後、やっと和平のために結んだ1998年の「聖金曜日合意(ベルファスト合意)」では、EUは合意を支持し、平和を積極的に保護する役割を担ってきたのだから。

そうだとしても、首相はEUのリーダーたちを深く納得させ、26加盟国の態度を一つとさせ続けるのに成功した。フランスの中道右派の週刊誌「ル・ポワン」は、彼のこの政治を「天才的な外交のストローク」と表現している。

アイルランド統一をもくろむ??

しかし、ロンドンでもベルファストでも、「バラッカー首相は北アイルランドのシン・フェイン党に近い」と非難している人たちがいる。彼らにとっては、シン・フェイン党は「カトリック国家主義者」であり「旧・IRAの党=アイルランド統一を目指す武装集団の党テロリスト集団の党」なのだ。

彼らは、バラッカー首相のことを「もし今後シン・フェイン党が北アイルランド議会で過半数を超えたら、彼はアイルランド島を統一するつもりである」「英国から北アイルランドを奪うつもりだ」と敵視しているのだ。首相は否定している。

ちなみに、シン・フェイン党は、アイルランド本国でも議席をもっている。バラッカー首相はシン・フェイン党の議員ではなく、前述したとおり中道右派であるフィナ・ゲール党の人である。

一方でロンドン・ウエストミンスターの英国議会では、与党の保守党は北アイルランドの民主統一党(強硬な英国派)に頼っている。

2017年6月の英国総選挙では、単独過半数をとる政党がなかった。650議席中、保守党は318議席を獲得。過半数まであと8議席というところだった。

そこで、北アイルランドの民主統一党(強硬な英国派)が10議席とったので、閣外協力を約束して過半数を維持しているのだ。

ちなみに7議席とったシン・フェイン党は、国家元首であるエリザベス女王への忠誠を拒否しているという。

なぜこうなったか

対立の始まりは、1937年のアイルランドの独立である(1922年とも言う)。

元々は北ではカトリック系の人が少数派で、仕事の上でも、公共住宅の割当でも差別を受けていた。大英帝国と、独立したばかりのアイルランドでは、すべてにおいて著しい力の差があった。

60年代になると、両者の対立は激しさを増した。1972年には、北アイルランドのロンドンデリーで、デモ行進中の市民27名が、イギリス陸軍落下傘連隊に銃撃され14名が死亡、13名が負傷するという「血の日曜日事件」が起きた(U2の歌で有名である)。

アイルランド統一を目指すカトリック系の武装集団「IRA」が、あちこちで「テロ」を起こすようになった。

68-98年の30年間の争いの間、3200人以上の人が亡くなり、4万2000人以上の人が負傷した。3万5669回の銃による事件が起き、1万142回の爆発事件があった。これを計算すると、1日に平均、約3回以上の銃による事件があり、約1回の爆発事件が起きていたことになる。1ヶ月の間違いではない。1日である。住人は生きた心地がしなかったのではないか。

1998年、「聖金曜日の合意(ベルファスト合意)」でやっと平和が訪れた。

問題は、この地域は寒くて産業に乏しく、経済的に貧しいことである。英国の経済援助なしでは、やってこられなかった。

アイルランドは今、順調な経済成長を遂げている。ブレグジットのおかげで、英語圏のこの国はポジションが高まっている。そして日本とEUとの経済協定を積極的に活かそうと国をあげて支援しているし、日本側もジェトロがダブリンで説明会を開くなど、交流が深まっている。

アイルランドが豊かになり、イギリスがEU離脱で沈没していったら、将来には経済力が逆転する可能性もないではない。

バックストップでは進展なし

アイルランド首相は、断固としてバックストップを維持することを主張している。

ウエストミンスターでの投票の前と翌日1月30日(水)の午後、二人の首相は電話で会談したという。

バラッカー首相は、アイルランドとEUはバックストップに対する主張は変わることはないし、最近の進捗は、堅牢で実際に運用可能で合法なバックストップの必要性をますます強めていると言った。そして、あるメモによると、さらなる協議がロンドンで行われ続けており、二人は今後も連絡をとりあうことに合意したと、アイリッシュ・エグザミナーは伝えている。

「チキンレースをEUと英国で行っている」という発言があるが、筆者に言わせると、レースを行っているのはアイルランドと英国である。合意なき離脱になって、昔のような熾烈な国境紛争が起きたら、より困りより得をするのはどちらなのだろうか。

EUの中には、合意なき離脱は本当にマズいので、メイ首相が新たなプランを議会で通過させられるように、少し手加減したらどうかという意見が出始めているという。

しかし、アイルランドはEU加盟国。EU側は、公式には「再交渉はない」という態度を崩していない。

イギリスは何がしたいのか

英国の議会では、1月29日夜、現在の「バックストップ」措置ではない「代わりの取り決め」をEUと交渉するという案を、賛成317、反対301の16票差で可決した。与党・保守党のサー・グレアム・ブレイディー議員が提出したものだ。

しかし、代わりの取り決めが何だか、まだ決まっていない。できる限り早く用意するという。そして2月13日までに下院で合意をとりつけたいが、もしダメだった場合、翌日にも下院で修正可能な動議を提出し、審議に臨むのだという。

メイ首相は、議会での合意をもとに強い立場を得た上で、EUとの交渉に臨みたい考えだが、そんな合意が存在するなら、とっくにやっているだろうに。今までも出来なかった。そして、合意なき離脱という危機に直面しても、やはり出来ないのではないか。

この議会では、他にも二つ、政府案が議決にはかられた。

政府案が議会を通過しない場合はブレグジットを年末まで延期するという修正案も出された。しかし、否決された。労働党のイヴェット・クーパー議員が提出したものだ。

そして「合意なしブレグジット」は容認しないとする案も可決したが、この修正案採択に法的拘束力はなく、政府への働きかけに過ぎない。

EUの意志を変えさせるには、アイルランドの意志を変えさせなければいけない。それも出来ないのなら、メイ首相と政府が、言わずとも残留派なのか、強硬離脱派なのか、はっきりと態度を決めることだ。そうすれば、EU側の態度は変わる可能性がある。でもやっぱり無理だろう。

参考記事:英国のブレグジット延期は無し:EU要人の吹き出した本音と、延期実現の3つのケース

となると、やはり合意なき離脱は100%だろう。離脱前に北アイルランドでよほどの戦争状態が始まらない限りは・・・。

妙な他人事感

今現在、欧州大陸のリーダーたちの頭の中は、第一に内政&自国の問題、第二に欧州議会選挙で占められているように見える。ブレグジット問題は、その後ではないか。

合意なき離脱で、すぐに一番直接的な影響を受けるのはフランスである。ユーロトンネルもつながっていてトラックや貨物が通るし、海で漁業権の問題が吹き出すことは間違いないのだ。

参考記事:なぜ「ホタテ戦争」は起こったか、本当の理由とは何か。フランス漁船が英国漁船に体当たりで宣戦布告。

それでもなんだか他人事感が満載で、ニュースになるのは「合意なき離脱のせいで、経済的に大損害をこうむるフランスの中小企業をどうするか」みたいな話題になっている。

ベストは尽くしてダメだったのだから、もうなるようになるしかない、前例が全く無くてどうなるのか誰にもわからない・・・Let it be・・・「しょせん自分の国の問題ではない」というなんだか冷めた感じがするというのは言い過ぎだろうか。「会社を自分の意志で辞める同僚」に対しては、こんなものなのかもしれないが。