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欧州議会選挙が再国民投票の代わり? ユンケル氏まで「ブレグジットはないかも」:イギリスEU離脱で

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
3月11日の夜遅くユンケル委員長とメイ首相は離脱案見直しで合意。ストラスブールで(写真:ロイター/アフロ)

いよいよ今日3月12日、英国下院で採決が行われる。イギリスの19時である。

前夜の大変遅い時間に、メイ首相とユンケル委員長は共同記者会見を開いた。そして日付が変わって今日12日になり、ユンケル委員長はトゥスクEU大統領(欧州理事会議長)宛ての手紙をツイッターで公開した。

ここで筆者が驚いたのは、ユンケル委員長がコメントでこう述べたことだ。

「我々の合意は、バックストップと離脱合意に、意味のある明確化と法的な保証を与えています。選択は明白です。この合意か、さもなければブレグジットは全く起きないかもしれません。英国の離脱を秩序ある終わり方にもっていきましょう。それは歴史に対する私達の責任です」

ユンケル委員長まで、こんなことを言い出した・・・。何だというのだろう。

メイ首相もそんなことを言っていたのは、前の記事で説明したとおりだ。

参照記事:メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。内閣総辞職もか。EUは強硬姿勢。イギリスEU離脱ブレグジットで

しかし、ここ数日で行われる最大3つの採決の結果、どのような結果になっても「ブレグジットが全く起きない」などという道筋は存在しないのだ。単に言葉の問題で、「離脱が延期になる=ブレグジットはない」と言っているのだろうか。でも 「never」とか「at all」という表現が気になる。何なのだろう・・・。

ここでもう一つ気になったのが、ユンケル委員長はトゥスク氏宛の手紙で、最後にこう述べていることだ。

「最後に、イギリスのEU離脱は、5月23−26日に行われる欧州議会選挙の前に完遂されるべきであると、私は強調いたします。もし英国がEUを去っていないなら、条約に定められた加盟国の権利と義務として、選挙を行うことが法的に要請されるでしょう」

どういうことだろうか。

もしかして、欧州議会選挙を行って、それを再度の国民投票代わりにするという意味だろうか。

筆者は「内閣総辞職とか、それとセットで再び国民投票を行うかもしれない」と考えていた。その際、国民投票の文面は「離脱か、残留か」という設問とは限らないのではないか、別の文面も可能なのでは、それならどういう可能性があるだろうか・・・と思い始めていた。

しかし今、欧州議会選挙が再度の国民投票代わりという方法もあるのかも、と思い至って、「よく考えるなあ」と、欧州外交の底力に感嘆している。

ただ、メイ首相は「離脱延期は短い間」と何度も繰り返して言っている。この点もよくわからない。グリムズビー演説でも含みがあったように、すべての仮定はあくまで「合意案が可決された場合」であり、否決されたら「今までの発言は可決された場合のことを言っていたのです」となるのだろうか。

延期が短いとしても、長いとしても、「いつまでに正式離脱しなければ、欧州議会の選挙に加盟国として参加しなければいけない」のかわからない。EU法の専門家に聞く必要があるが、そもそも「法的にはまだ加盟国だけど、もうすぐ離脱が決まっている国についての選挙規定」なんてあるのだろうか・・・。

ユンケル委員長も「再度、離脱案を交渉することはない」「3度目はない」と言っている。

ユンケル委員長の任期は、今回で終わりである。彼が2期目をやりたいと望んでいたら可能だっただろうが、立候補しなかった。欧州議会選挙のあと、新しい委員長と委員会が生まれる。だから彼は、自分の任期中に決着をつけたかったのだろうが、もし今日から始める英下院の採決の結果で無理そうなら、「次の新しい委員会にバトンタッチする。時間を稼ぐことと新しいメンバーが別の解決を探るかもしれない」と思っているのだろうか。

再交渉がありえないのなら、憎まれ役にはなるが、EUは英国の延期申請を拒絶するのではないかと筆者は考えた。

ここは、「欧州連合」という組織の団結が今どういうレベルにあるのか判断するのに、とても重要なポイントである。

英国EU離脱という危機を前に、27加盟国は驚くべき団結を見せてきた。ユンケル委員長の大いなる手腕や、荒波を乗り切ってきたバルニエ交渉官は、歴史で大いに評価されることになるだろう。

しかし英国下院が「合意案を拒絶、でも合意なき離脱は嫌だ、延期したい」となった場合、27加盟国はどういう反応を示すのか。

欧州委員会を始めとする欧州機構は、協調路線に行きたがるだろう。それにEU官僚は、すべての国の官僚と同じく「事なかれ主義」で、「自分たちのせいになりたくない」と思うだろう。でも、加盟国の論理は別である。各国には主権があり、各国の政治家、党、関係者、有権者(市民)がいる。1国でも反対すれば廃案か再協議になる案件は多い。そして今、欧州は極右の台頭に揺れているのだ。

今までは見事に27加盟国は団結し、ユンケル氏率いる欧州委員会は大変すばらしいリーダーシップを見せて加盟国を率いてきた。今回の最後の妥協案も、27加盟国が満場一致で認めたし、アイルランドのバラッカー首相の合意も得ることができている。

最後の最後にバックアップ問題で妥協したことで、英国下院で合意を可決する可能性は、ぐんと高まった。可決されるのなら、ほっと一息である(これからまた長い交渉が待っているが)。

しかし、もし英国下院がこの合意を拒否したとき、英国を待っているものは何なのだろうか。欧州で、欧州連合で何が起きるのだろうか。

参照記事:ブレグジット(イギリスのEU離脱):3月29日までに英国側とEU側で起こりうるシナリオ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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