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ブレグジット(イギリスのEU離脱):3月29日までに英国側とEU側で起こりうるシナリオ。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2月20日ブリュッセルで。ユンケル委員長とメイ首相とバルニエ交渉官(写真:ロイター/アフロ)

今、ブリュッセルでは、ブレグジット交渉の真っただ中である。

英国側と欧州連合(EU)側、そして27加盟国で、近づく3月29日の離脱日に向けて、今度こそ最後(?)の根回しと駆け引きの最中だと言える。

2月26日に、メイ首相は修正した離脱協定案をブリュッセルに提出した。目下、バルニエ交渉官を筆頭にした担当官たちは、必死に取り組んでいる。

3月29日が迫ってきた今、これからの日程はどうなっているのか。起こりうる道筋には、どのようなものがあるだろうか。

まず英国側、次にEU側の説明をしたい。

●メイ首相の決意

まず英国側だが、メイ首相は3月12日に二度目の「意味のある投票」を下院で行うとしている。下院議員たちが協定を支持すれば、2週間後の3月29日には「合意があるEU離脱」ができると主張している。

前回は、EU側(欧州理事会・27カ国首脳)の合意→英国下院の採決だった。そして大差で否決された。今回は順序が逆になって、まず英国下院の採決→欧州理事会の合意 となっている。

◎もし下院が3月12日に政府案を可決したら?

本当によかった、メイ首相おめでとう、となる。英国は「合意がある離脱」となる(だろう)。

メイ首相は今まで、何度も「延期は何のためにやるのか」「意味がない」という趣旨の発言をして、延期案を否定する断固たる姿勢を示してきた。期間限定の延期の可能性を提案した今でも「延長を支持してはいない」と言う。

「EUに口実を与えないため」などと答弁していたが、客観的に冷静に見れば、「合意なき離脱」の恐れを武器に、国内の議員を党派を超えて合意にまとめ上げようとした意図は、あまりにも明白だ。

この場合は、円滑にことを処理するために(+欧州議会の採決。下記参照)、多少の離脱の延期はあるかもしれない。EU側も特に問題なく受け入れることになるだろう。

◎もし下院が政府案を否決したら?

これは極めて起こりそうなことであり、可決よりも否決のほうが可能性が高いだろう。

以前の状態では筆者は「合意なき離脱が100%」だと思っていたのだが、2月下旬、メイ首相は一つの提案をして受け入れられた。うならせた。さすがだ。

否決の翌日、合意なき離脱を支持するかどうかを下院で採決する。

1,もし「合意なき離脱を求める」という明確な結果になった場合、イギリスは3月29日に合意のないままEUを離脱することになる。ハードブレグジット派の完全な勝利と言えるだろう。この場合、おそらくメイ首相は辞任するのではないかと思う。

2,もし「合意なき離脱は嫌だから、否決」となった場合。下院は3月14日までに離脱を延期するかどうかをさらに採決する。

採決だらけで、3つも採決を取ることになる。可能性としてはこの道をたどる可能性が最も高そうだ。最大の山場である。3月12日から14日にかけては「イギリスの最も長い日々」になるのだろう。

「合意なき離脱は嫌です」が多数派になれば、当然延期を求めることになるだろう。ただしEU側が受け入れるかどうかはわからない。これはつまり「合意案は否決したが、合意なき離脱は嫌だ。延期してほしい」ということで、EU加盟国の人々、特に関係者から見れば「何だそれは!!?」「じゃあ、どうしたいんだ?!」「代案もないくせに」「いいかげんにしろ」となるのは間違いないからだ(下記参照)。

それなのにこのような採決をするのは、英国政府の思慮遠望に見えないこともない。議員たちの意思を明確にする=矛盾がはっきり露呈して、さらに混乱する、なのだから一石二鳥(?)である。つまりですね、「何だそれは!」と思うのは、EU側の人々だけではない、イギリスの人たちも同じである。というより、イギリス市民が一番切実に「訳がわからない」と心から思うだろう。この矛盾を国民レベルではっきり自覚するだけでも、やる価値はあるというものだ。どうすればいいのか。英国議会のみならず、イギリスの市民たちも一層混乱、終始のつかない事態に陥るーーそうして二度目の国民投票を行うーーこういうシナリオを実現するために布石を打つ思惑、という意味だ。

一度国民投票をしたものを、そう簡単にくつがえすわけにはいかない。民主主義の冒涜になってしまう。でも、「国民が選んだ議員が何度も議会で採決をした結果、国内に大混乱が生まれた」ならば、「大混乱で収支がつかないので、民主主義の原点に帰って国民に聞く」ということで、再度の国民投票を行う大義名分が立つ。

2月下旬にコービン労働党党首が、再度の国民投票の実施を支持したのは、怪しい。彼は2月中旬に、「離脱後の労働者の権利保護を話し合うために」、ブリュッセルでバルニエ交渉官等と会って話し合っているのだ。帰国したら再国民投票の支持だ。何かあったのかしらと思う。

(あと、可能性としては大変低いが、「合意案は否決、でも合意なき離脱は嫌だ、でも延期も嫌なので否決」という道筋は、あることはある)。

●採決には順序が大事と学んだ

あれほど苦労してEU側と英国政府でまとめた玉虫色の離脱案は、昨年12月、あっさり下院で大差で否決された。

だから今回、EU側から見ると、「まず英国側で議決をさせよう」というプランになったのは、もっともなことだと思う。

それに、前回は英国議員側に「EU側とメイ首相&政府が勝手に話して決めてきたものを、英国議員に飲むか飲まないか迫るとは何たることか」という怒りがあったという。もともとブレグジットは、国の主権を取り戻すという動きなのだから、この方法はまずかった。

だから今回は、まず英国で案を出し、英国側で議決されてから、ブリュッセルにもっていくという流れにしたのだろう。しかも最大3回も採決するのだから、いいかげん満足するだろう。

2月中旬くらいまでは「3月21−22日の欧州理事会(27カ国首脳会議)の後、英国下院で急ぎ採決」という話が聞こえてきていたのに、下旬になって順序が逆になったように見えた。

決めごとには順序が大事と、また一つ学んだ格好だ。すごい。外交術の嵐である。

●EU側はどうなっている?

3月29日離脱の前で、最後の欧州理事会が開かれるのは、3月21−22日である。

これはブレグジット専用のための特別な集まりではない。もともと行う予定だったものだ。ブレグジット特別招集は、あえてしなかったのだろう。実際は、話はほとんどブレグジット関係になるに違いない。

それでは、もし英国の下院が合意案を可決した場合、どうなるのか。

◎もし27加盟国が同意すれば?

めでたし、めでたし。メイ首相のみならず、バルニエ交渉官もよかったですね、となる。晴れて合意がある離脱が決まるのだ。約600ページに及ぶ離脱合意文書が発効するのだ。苦労した甲斐があった(それでも離婚だけど)。

3月23日から24日の週末は、担当官たちが最終合意の詳細を修正するために、寝ずの仕事をすることになる。

そして3月25日(月)から29日(金)の短い間に、欧州議会の承認を取るかもしれないが、おそらく可決されるだろう(確証はないが)。

これがすべてうまくいけば、29日に英国は合意ありのEU離脱となる。メイ首相がずっと望んできたように。

あるいは前述したように、多少の延期はあるかもしれない。円滑にことを処理するため、そんなに急いで欧州議会の採決をしないためなどの理由だ。延期手続きそのものは、特に問題なく進むに違いない。

◎もし27加盟国が同意しなかったら?

もし欧州理事会で27カ国首脳が同意できなければ、英国は同意なき離脱をするか、あるいは離脱延期である。

この議題は「全27加盟国の一致」が必要だと思う。多数決ではなく。つまり1カ国でも賛成しなければ、事実上のヴェトー(拒否権)となり、廃案か修正となる。

ただし、英国下院で合意案が可決されていれば、よほどのことがない限り、27カ国が同意できないという事態そのものが起きないと思う。

EUというのは超巨大な根回し機構である。「英国下院で合意案が可決された場合」に備えて、3月21−22日の欧州理事会で全首脳・全加盟国が一致で賛成となるよう、目下、必死の交渉と根回しが行われているはずだ。

とはいえ、根回しは必ず成功し、欧州理事会の会合で全27加盟国が一致するかというと・・・わからない。今までも1カ国だけが反対など、そういう事態は起きてきた。多数決ならそれでもいいが、全加盟国一致が必要となるとブロックとなる。

ただ、この件は、内容が内容だけに、自分の国だけ反対票というのは投じにくいだろう。英国側がEUとの合意案を認めているのに反対票とは、つまり「英国なんて合意なしで離脱してしまえ」「英国の混乱、大歓迎」と公けに言うのに等しいからだ。

では、英国云々よりも、反EUという立場からの反対票という可能性はどうだろう。いくらイタリアやハンガリーの政権がEUに極めて批判的といっても、EUの存在そのものに反対はしていないのだから、反対票は投じないのではないか。

どのみち、反対するならよほどの理由、大義名分が必要となる。

それでも、万が一同意が得られず否決となったら、どうなるか。

「離脱の延期」へ向けて動くことになるだろう。EU27カ国で反対派が多数になるわけないのだから、反対票を投じた国の説得ということになる。EU27カ国+英国で話し合って「延期」を決めるかもしれないし、イギリス側に「延期の申請を入れてください」と求めるかもしれない。

イギリスにおける離脱延期の採択は「合意案を否決したが、合意なき離脱は嫌だ」の場合にのみ行われることになっているので、「可決」ならばこの採決は存在していない。EU側は英国の延期申請を受けたら、それを受けるかどうかを採決することなるかもしれない。

どういう順序になるにせよ、こうなったら英国の問題というよりは、EU内部、27カ国の問題ということになる。

ーーー上記は、英国下院が合意案を可決した場合の話である。もし否決したらどうなるのか。

EU側とメイ内閣のシナリオを考える

英下院が合意案を否決ーーこれが一番起こりそうなシナリオだと思うが、EU側はどうするのか。

1,英下院が合意案を否決し、さらに「合意なき離脱を支持」なら、ハードブレグジット派の完全な勝利となる。英国は勝手に出ていくことを決めるわけで、それはそれで「英国の意思表示」と言う意味では一番わかりやすい。

ただ、約600ページ、一語一句まで精密に吟味してつくりあげた合意文書がパアになり、「今までの話し合いは何だったんだ」という強烈すぎる怒りや徒労が残り、交渉に携わった人たちが、ストレスのあまり倒れることが続出しても驚かない。

そんな中、EU機構側や加盟国は英国との今後の関係をどうするのか。

英国側は「秩序がある合意なき離脱」(何これ、変なの)のために、離脱の延期を求めて来る可能性はあるだろう。しかし、EU機構や27加盟国側が受け入れるのかどうか・・・。なんといっても、二度目のちゃぶ台ひっくり返しである。

離脱云々だけではなく、その後ずっと続くEUー英国の新しい関係を交渉する際に、「せっかくつくった合意文書だから、少しでも活かすようにしましょう」と優しい心で新関係を交渉・・・となるのかしらねえ。次の欧州委員会の委員長が誰かすらも、まだわからないし。

2,「合意案は否決したが、合意なき離脱は嫌だ」が可決された場合。

最も起こりそうなシナリオだが、「一体何だそれは!」「じゃあ、どうしたいというのだ!」「また振り出しに戻るんですか?!」「今までの努力は何だったんだ?!」「議会が認めた代案もないくせに」「いいかげんにしろ」と怒って疲労困憊のEU機構や加盟国の関係者、あきれる人たちを前に、EU側としてはどうするのか。

前もって欧州委員会や交渉官たち、各国首脳は織り込み済みだとしても、欧州議員もいるし、各加盟国にたくさん政治家や要人、関係者がいる。それに、市民の声もある(究極的には他人事だとしても、だ)。産業界は大きな困惑に陥るだろう。もはや「こうなってほしい」という時期は過ぎ、「はっきりしないのが一番困る」という段階だ。

おそらく英下院では、一緒に「延期の支持」も可決されて、英国からEU側に延期要請が来ると思うが、EU側は受け入れるのか否か。全EU加盟国の承認が必要となる。延期となっても、どのくらいの期間になるのかもわからない。

個人的には筆者は、EU加盟国の国の中にはもっともらしい理由をつけて、英国の延長要請に難色を示す国々が現れると思っている。

「もう、ついていけません。引っ掻き回すのもいいかげんにしろ」「はっきりしろ」という見切りの感情だけではない。欧州議会選挙対策のためだ。英国が合意なき離脱をして大変な混乱に陥る期間=欧州議会選挙のキャンペーン期間であり、英国の大混乱こそが極右の台頭にもっとも効果的なカウンターパンチになると考えているという意味だ

延期には全加盟国の一致が必要なのだから、数カ国が難色を示せば済む話だ。延長は否決できるのだ。その場合、必然的に「合意なき離脱」になる・・・んでしょうねえ。

参照記事:ブレグジットの行方の鍵を握る人物、英国のコックス法務長官が、ブリュッセルでEUのバルニエ氏と交渉中

前述したように、この場合は英国側には二度目の国民投票にもっていく思惑があると筆者はにらんでいる。これは欧州委員会側も織り込み済みなのではないかと仮説を立てている。「合意がある離脱」を目指して、メイ内閣もEU側も必死の努力をしてきた。それにメイ首相はもともと離脱に反対なのだ。究極の状況に来ると、人の言動を決めるのは、結局その人がどういう思想をもっているかなのだ。

「そうなったら、EU側としては延期要請を否決するかもしれませんよ。何も代替案がないのに再交渉なんてありえません。英国の内部で分裂しているのだから、いくら時間をかけても無駄でしょう。27加盟国にも色々な意見や思惑があります」

「仕方ありません。もしそうなったら、EU側の拒否というショックを武器に、再国民投票ができるように全力を尽くします」

「EUは憎まれ役になります。避けたかったのですが、もう決断の時ですから致し方ないでしょう。再国民投票を行ってEUに戻ってくることを願っていますよ。欧州司法裁判所によって、離脱の破棄をしさえすれば、いつでも戻ってこられるようにしてありますからね」

ーーーなんていう会話がされているのかしら、と想像するのだ。まあ何にせよ、そんなに上手く再度の国民投票にもっていけるかはわからないが。

そういう状況をにらみながら、EUでイニシアチブをとりたがっているのが、フランスのマクロン大統領だ。だからこそEU公用言語で怒涛のツイッターもEU市民向けに流している。

参照記事:マクロン大統領、一気に22本の怒涛のツイッター:EU市民宛にブレグジットと欧州議会選挙で

「理解ある欧州大陸のリーダー」を目指しつつ、彼がブレグジットに対して本心はどういうつもりなのかは、考えてみるに値する。

他の加盟国も同様だ。結局どの加盟国も、ブレグジットを前にEUの団結を支持しながらも、その中で国益を最大限に活かすことを第一に考えているのだから。

追記:数日後のブリュッセルでのEU側とイギリス側の交渉の様子を見ていて、もしかしたらEU側は、合意案が英下院で否決されたら、一致団結して延期申請を拒否するのではないか、メイ首相は議会任期固定法に基づき内閣総辞職と、再度の国民投票のダブル投票を宣言するのではないかーーそんな可能性を考えるようになりました。英下院の採決の日まで、あと3日です。以下を参照ください。

メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。EUは北アイルランド問題で非妥協。イギリスEU離脱ブレグジット

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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