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EU(欧州連合)「防衛同盟」への道:防衛パッケージ計画の背景(4)EUが軍事の行動計画で大幅に進展

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2016年欧州防衛機関の職務のためベルギーフロレンヌ空軍基地に着いたモゲリーニ氏(写真:ロイター/アフロ)

欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル(ユンカー)委員長が、初めて一般教書演説の中で、EU(欧州連合)の「防衛同盟」について明言したのは、2017年9月のことだった。

それまで筆者は「なんだか軍事の話が増えて、空気が変わってきた」という程度の認識しかなかった。

「コアネットワーク回廊計画」は、市民の移動がスムーズに行くための計画だと思っていた。いつから軍事の話になったのか。

改めて調べてみると、2016年の時点で、「防衛パッケージ」と呼ばれる3つの計画がなされていた。

6月に「EUの外交安全保障政策のためのグローバル戦略」(EUGS)、11月に「欧州防衛行動計画」(EDAP)「安全保障と防衛に関する実施計画」(IPSD)である。

さらに欧州議会は、同じく11月に「防衛連合」の決議を採択している。

しかし、このような計画が進行していたのを知っていたヨーロッパ市民は、おそらくほとんどいないだろう。2018年の今をもってしても、知らない人のほうが過半数だと思う。2016年、メディアの注目は、圧倒的に英国のブレグジット国民投票と移民問題、そしてアメリカ大統領選に注がれていた。

結果を予測して準備していた?

不思議な符合である。

英国で国民投票が行われた翌日の6月24日にはEU離脱が明らかになったが、EUではそのたった4日後の6月28日に「グローバル戦略」が欧州理事会に提出された。

これだけではない。トランプ氏の当選が確実となった11月9日の後、同月に「欧州防衛行動計画」と「安全保障と防衛に関する実施計画」が閣僚理事会に提出されているのだ。

前の記事にも登場したが、これは偶然なのだろうか。

英国の国民投票も、アメリカの大統領選も、結果は前もってわからないが、日程そのものはかなり前から決まっていた。

そしてこれらの計画の中から、具体的な枠組みとして初めて登場したものが、2017年12月に正式に発足したPESCO(常設防衛協力枠組み)であった。

今回は、2016年12月2日にEURACTIVに掲載された記事を紹介する。ブレグジット、トランプ大統領の当選、いまだ続く移民の流入、極右の台頭ーーそんな中で防衛計画を立てていたブリュッセルの様子がよく伝わる記事である。

ヨーロッパ人の焦りや不安は、不思議なほど日本人と共通している。

不安と緊張の中で

タイトル:EUの防衛ーー強い力への復帰

<EUは共同防衛政策への取り組みを加速しており、「自発的な連立」は、迅速に欧州部隊を配置し、共同防衛プロジェクトを推進することができるだろう>。

ヨーロッパはどの程度まで脅威にさらされているのか。この問題は、しばらく前から欧州の安全保障関係の責任者を不安にさせていたことで、2016年の出来事はこれらの懸念をさらに悪化させただけである。

2016年6月、欧州連合(EU)の外交・安全保障担当委員であるフェデリカ・モゲリーニ上級代表は、グローバル戦略を発表した。ヨーロッパの門(入り口)で不安定さと戦うための汎欧州安全保障共同体を求めて。数ヶ月後、ドイツとフランスの外務省は「白書」を発表したが、これはEUの「侵食」に対して警告し、加盟国間の軍事協力の強化を求めるものだった。

2012年に、EUはノーベル平和賞を受賞した。しかし、現在では、パリとブリュッセルでのテロやロシアによるクリミアの併合のように、内でも外国に対しても、自らの位置を分析しなければならない。

欧州議会の賛同

欧州議会の外交委員会で最近議論された報告書は、EUがこの意味で良好な進展をしたことを示している。この文書は、最近の出来事について、安全保障関係の責任者の認識の変化を最もよく説明するものの1つである。

この文書は、EUが現在、「不安定化の弧に囲まれており」、それは「テロ、大規模な難民流出、誤った情報のキャンペーン(訳注:極右のことだろう)」だと強調している。国際関係が再び力の関係によって支配されるように、「防衛と抑止力」は外交にとって不可欠である。結論:EUは、「ハードパワーと並行して卓越したソフトパワーを使用する」必要がある。

欧州議会議員はまた、この「ハードパワー」をいかに配備すべきかについても議論した。再び検討された防衛の同盟は、2007年につくられたコンセプトであるバトルグループの枠において、特定の国家から独立した恒久部隊の形で、国家の部隊を集結させるだろう。

リスボン条約によって制定された常設防衛協力枠組み(PESCO)は、防衛同盟の主要なレバーである。 PESCOは、理事会が全会一致のときのみ、軍事問題に協力することを可能にする。

欧州議会の外交委員会委員長のエルマー・ブローク欧州議会議員(ドイツ選出)は、これを「自発的な連立」と表現した。彼はEURACTIVドイツに、この分野での決定は「27カ国」の全会一致を必要とすべきではないと説明した。

ヨーロッパの軍隊の建設へ

ブリュッセルは、この連立が、危機にさらされている地域で、欧州部隊の展開を加速させることを望んでいる。一つの民間および軍事作戦本部も、共同ミッションを管理する方法として推進されている。

しかし、欧州の政治家は、欧州軍の設立は明日のためではないと強調している。それにもかかわらず、ミヒャエル・ガーラー欧州議員(ドイツ選出)はEURACTIVに、各国の国軍の兵士で構成された「ヨーロッパの軍隊を建設する」機会であると語った。

防衛同盟は、EUがアフリカや中東の紛争にもっと迅速に介入することを可能にするだけでなく、武器プロジェクトに関する合意によって、大幅な節約をもたらすだろう。 「EUには、38種類の装甲車があります。お金の無駄です」と彼は言う。

したがって、機器の購入を共同で計画することが提案されたが、これは加盟国間の格差を解消するという利点もある。エルマー・ブローク議員は「アメリカ人と並んで戦うことはもうできない。彼らは機器の面で我々より10年先行している」と語った。

他者に依存しなくてすむように

2003年以来、EUはマリの地方部隊の訓練に行くマンデートからソマリア沖の海賊との戦いに至るまで、軍事および民間の17のミッションを行っている。一方で、今日まで、ヨーロッパ部隊は戦争に関わったことは一度もない。

研究は、新しい共通の防衛構造においても、重要な役割を果たすべきである。その目的は、欧州の業界が国際的な計画において、競争力をもつことだ。もはや第三者に依存しなくてすむように。

EUは、初期の準備行動として9000万ユーロを計上している。さらに、共同防衛の研究計画の一環として、2021年から加盟国が毎年5億ユーロを拠出する。

このプログラムは、このようなジャンルではEUで初めてのものだろう。加盟国とEU機関は、この種の研究の資金調達に、欧州の予算を使うことに同意することは、今まで決してなかった。欧州防衛機関(EDA)によると、「数年前には考えられなかった」プロジェクトだという。

「時代の先駆者」の研究に14億ユーロ

これらの資金から恩恵を受ける特定のプロジェクトは、まだ発表されていない。 欧州防衛機関のパイロットプロジェクトは、研究の点でEUが遅れを取り戻す分野について、より明確な指針を提供することになる。

現在、無人航空機システム(UAS)と都市戦域用移動偵察ロボット(SPIDER)の研究が進められており、第3のコンソーシアムが自律監視プラットフォームの検討を依頼された。 3つのプロジェクトは14億ユーロの予算を持ち、欧州防衛機関によって「時代の先駆者」と位置付けられている。

すべての種類の武器を含むことは、EuroSWARMなどのプロジェクトでは除外されている。これはドローン(無人機)のガイダンス・システムで、欧州防衛機関が「国境管理や監視などのヨーロッパおよび国際的に重要な課題を処理する」道筋とみなしている。

好きでやっているわけではない

ブリュッセルがこの新しい時代のより強力な防衛政策を本当に始めるには、どれくらいの時間がかかるかは、まだわからない。ドナルド・トランプの選挙以来、国際レベルの危機の激化と、大西洋横断の関係への懸念を考えると、よく分裂するEU加盟国間の調整を改善することが重要である。

欧州委員会の最終投票について、レポーターであるウルマス・パエト欧州議員(エストニア選出)は、EUの軍事化に対するすべての不安を鎮めたいと考えていた。「我々は価値のあるシステムを力で守る必要があります。誰もそれが好きではないことはわかっています」と彼は言った。「しかし、安全保障の状況は近年完全に変化したのです」。 (記事翻訳終わり。見出しは筆者)

※このシリーズは完結していて、続編とも言えるもう一つのシリーズも完結しています。

EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展(1)ーー軍事モビリティ計画とPESCOのロードマップ

5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事にー(2)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

トランプ大統領とNATOー欧州連合の自立のせめぎ合い (3)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

◎もう一つのシリーズ

前編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は

中編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州の問題。将来EU軍で自立したいのかとPESCOを巡る議論

後編1:「ヨーロッパ人は米軍に守られるのに慣れてしまった」在欧米軍の戦略:欧と米は分離してゆくのか

後編2:フランスは空を、ドイツは陸を牽引:パルリ仏国防相インタビュー紹介:欧と米は分離してゆくのか

◎PESCOの初出。2017年末と2018年初めの記事

参照記事:EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道(1位を参照)

参照記事:2018年、EU(欧州連合)27カ国はヨーロッパの近未来を決める年となる。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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