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UNRWA拠出金停止が抱える3つの問題――「破局」の淵に立つガザ

六辻彰二国際政治学者
国連本部前に集まったデモ隊(2024.1.31)(写真:ロイター/アフロ)
  • 日米を含む先進国は、一部の職員がハマスにつながっていたことを理由に、UNRWAへの拠出金を停止した。
  • この「集合的制裁」は、一部の問題行動の責任を組織全体に負わせるという意味で不当であるばかりか、ガザでの人道危機に拍車をかけるものである。
  • さらに、UNRWAの機能がさらに低下すれば、戦闘が泥沼化して周辺一帯に拡散するリスクはさらに高まる。

UNRWA拠出金停止の3つの問題

 アメリカをはじめ先進国15カ国以上(日本を含む)が1月末以降、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への拠出金を停止した。UNRWAは1950年以来、200万人近いパレスチナ難民を支援し、ガザでも人道支援を行っている。

 その活動のほとんどは国連加盟国からの拠出金で賄われていて、2022年段階で上位20カ国中16カ国までが先進国だった(その他はサウジアラビアなど中東諸国)。

 拠出金停止のきっかけは、UNRWA職員の一部がパレスチナのイスラーム勢力ハマスと通じ、10月7日の大規模攻撃に関与した疑惑をイスラエルが指摘したことだった。

 これに関して、アメリカ政府は「制裁ではなくUNRWAの改革を求めるため」と表明している。

 しかし、これに対して、途上国や人権団体からは批判があがっている。

 その問題を3点に絞って考えてみよう。

(1)集合的制裁の不当性

 第一に、拠出金停止がシンプルに不公正なことだ。

 一部のUNRWA職員がハマスに通じていたことはほぼ間違いなく、実際にUNRWAは内部調査によって9人の職員を解雇した。

 ただし、組織全体への資金停止は行き過ぎだろう。

 そもそもイスラエルにとって、パレスチナ住民を支援するUNRWAは目の上のたんこぶだ。

 そのイスラエルを支援するアメリカをはじめ先進国はハマスを「テロリスト」と呼ぶ。ハマスをアルカイダや「イスラーム国(IS)」などと同列に扱えるかは議論の余地があるが、仮にそうだったとしても、そしてUNRWAにガバナンスの問題があったにせよ、一部の職員による問題行動の責任を組織全体に負わせるのは不当だ(日本の高校野球の不祥事と同じ)。

 アメリカでは2021年1月、大統領選挙の結果に不満を抱いたトランプ支持者が連邦議会議事堂に乱入し、この時に警備の警官の一部がデモ隊に呼応して乱入を手助けした。これも他の国では「テロ」と呼ばれても不思議でない。ところが、警官は後に処罰されたが、だから警察予算を削減する、という話にはならなかった。

 また、バイデン大統領は2月2日、パレスチナ民間人襲撃にかかわったとしてイスラエル人4人を制裁の対象に加えた。これも一般的に言えばテロリストなのだが、だからと言ってイスラエル政府への支援を削減することはない。

 こうしたアンバランスさから、NATO加盟国のなかでもノルウェーのようにUNRWA「集合的制裁」に加わらない国があることは不思議ではない。

(2)「破局」を招くリスク

 次に、UNRWAを日干しにすれば、ガザの人道危機をさらに悪化させる恐れが大きい

 昨年10月にイスラエルとの戦闘が大規模化する以前から、約15年間にわたってガザへの人や物の流入は制限され、停電も多かった。イスラエル軍が周辺を固めていたためだ(そもそもこの経済封鎖も国際法的には問題が多い)。

 そのなかでUNRWAによる食糧、医薬品などの支援は、230万人以上いるパレスチナ住民の生命線ともなってきた。多くの援助関係者この支援さえ昨年10月からほとんど止められたと報告している(イスラエルは「人道支援を妨害していない」と主張しているが)。

 この状況でのUNRWAに対する集合的制裁は、すでに衣食住にことかくパレスチナの民間人をさらに日干しかねない。だからこそ、この集合的制裁は「破局」を招きかねないという懸念を呼んでいるのだ。

 戦時であれ、民間人に無用の苦痛を与えることは国際人道法に違反する。実際、国際司法裁判所(ICJ)は1月26日、ガザでのジェノサイドを防止する暫定命令を下したが、UNRWAに対する集合的制裁はこれに明確に違反すると指摘する国際法の専門家は多い。

 ハマスとの開戦直後、アメリカのブリンケン国務長官はイスラエルを訪問し、支援を約束する一方、民間人の犠牲に懸念を示した。この際、イスラエル要人からは「アメリカは人道に配慮して戦争したことがあるのか」といった反応も漏れた。

 いわば戦争の手段としてUNRWAに圧力を加えるのであれば、この言い分を暗黙のうちに認めることになりかねない。

(3)大義なき戦争の泥沼化

 最後に、戦闘の泥沼化のリスクだ。

 現在、エジプトやカタールなどの仲介により、ハマスはイスラエルとの停戦交渉を検討している。好意的に解釈すれば、UNRWAへの集合的制裁は、イスラエルをある程度満足させる一方、ハマスが交渉に向かうスピードを上げさせて、停戦を実現させるためのものとも映る。

 しかし、たとえそうだったとしても、過酷な制裁はハマスを逆方向に向かわせかねない。

 そのうえ、すでに問題はハマスだけのものではなくなっている。

 これまでにもハマスに呼応するレバノンのヒズボラ、イエメンのフーシなどの軍事活動は活発化し、イスラエルは多方面での対応を迫られてきた。

 そのうえ、イラク、シリア、ヨルダンなどに駐留する米軍への攻撃も増えている。

 こうしたなかでUNRWAへの集合的制裁がパレスチナの民間人に大きなダメージを与えれば、それだけ怨嗟は広がりやすくなり、戦線が広がる懸念は大きい。

 それは結果的に、先進国の求心力をさらに低下させ、入れ違いに中ロの影響力を高めさせる公算すらある。

 中ロは外交的にはパレスチナ支持の立場だが、UNRWAへの資金拠出はわずかだ。それでも、先進国によるUNRWAへの集合的制裁を批判している

 これはこれでご都合主義ともいえるが、少なくとも結果的にガザでの即時停戦を求めてきた途上国・新興国からの支持を集めやすい立場に立っていることは間違いない。

 とすれば、ガザだけでなく先進国も、かなり際どい立場にあるといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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