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シリア攻撃で米国が得たもの―「化学兵器の使用」の大義のもとに

六辻彰二国際政治学者
シリアへのミサイル攻撃を発表するトランプ大統領(2018.4.18)(写真:ロイター/アフロ)
  • シリアへのミサイル攻撃は「化学兵器の使用」を理由にしている
  • しかし、トランプ政権には北朝鮮への威嚇、ロシアに一矢報いること、国内世論の支持を集めること、などの目的をうかがえる
  • これらの目標が達成されるかは不透明だが、それと引き換えに行われたミサイル攻撃は、ロシアとの緊張をこれまでになく高める

 現地時間の4月13日、トランプ大統領はシリアへのミサイル攻撃を命令。東グータで化学兵器が使用された疑惑に関して、米国政府はこれがシリア軍によるものである証拠をもっていると強調し、英仏もこれに呼応するなかでの攻撃でした。

 米国は約1年前の2017年4月7日にもシリアを59発の巡航ミサイルトマホークで攻撃していますが、その時と同様、今回も「アサド政権による化学兵器の使用を止めさせること」を大義とします。ただし、それだけでなく、トランプ政権には今回の攻撃に、内政、外交ともにいくつかの目的があったとみられます。

「攻撃はない」とみられた理由

 東グータで化学兵器が使用された疑惑が浮上して以来、トランプ大統領はシリアのアサド政権やその支持者であるロシアを強く非難し、ミサイル攻撃を示唆。しかし、実際に行われるかには疑念も広がっていました。

 その最大の理由は、ロシアとの対立がエスカレートする危険性でした。

 シリア内戦において、ロシアは一貫してアサド政権を支持し、米国主導の有志連合とも対立してきました。昨年の米軍によるミサイル攻撃の場合、まさにいきなりの攻撃だったため、シリア軍だけでなくロシアもほぼ全く反応できませんでした。

 しかし、その後ロシアはシリアでのミサイル防衛を強化してきました。もともと2016年末の段階でシリアにはロシア製ミサイル迎撃システムS-400が配備されていましたが、2017年5月にロシアは、これに加えて早期警戒管制機A-50Uを配備。さらに今年1月にはS-400が増派。飛来するミサイルを迎撃する能力は向上しています。つまり、米国がトマホークを放てば、そのいくつかはS-400に撃墜されるのであり、それは米ロの対立が今までなかった段階に足を踏み入れることを意味します

 女性や子どもを含む非戦闘員に犠牲を出す化学兵器の使用が、とりわけ欧米諸国で強く批判されていたことは確かです。とはいえ、「非人道的な状況」があれば欧米諸国が常に軍事行動を起こすわけでもありません。

 今回の場合、シリアの化学兵器は(北朝鮮の核兵器と異なり)米国を標的としていません。そのうえ、ロシアとの対立が抜き差しならないレベルに達する恐れがあることは、米国による攻撃が実際にあるかを疑問視させる大きな要因だったといえます。「狂犬」と呼ばれ、強硬派で知られるマティス国防長官が再三、ミサイル攻撃に反対していたことは、この見方を後押しするものでした。

北朝鮮情勢との関係

 そのなかで行われたミサイル攻撃には、公式に強調される「化学兵器の使用に対する制裁」以外に、トランプ大統領にとっていくつかの意味を見出すことができます。

 第一に、北朝鮮との関係です。昨年4月のシリア攻撃の直後、ティラーソン国務長官(当時)はこれが核・ミサイル開発を進める北朝鮮を念頭においたものだったと示唆。つまり、「米国は大量破壊兵器の使用を認めない」というメッセージを伝えることが、昨年のシリア攻撃の別の側面としてありました

 今回の場合も、基本的には同じことがいえます。

 韓国の働きかけを通じて、5月には米朝首脳協議が開催される予定です。米国はあくまで朝鮮半島から核兵器を一掃することを求めており、「核実験の停止」や「ミサイル発射の中止」などでは済まさないという立場を維持しています。強硬派として知られ、次期国務長官に指名されているポンぺオCIA長官が、4月12日に「北朝鮮の体制の維持」を公言したことは、「大量破壊兵器をめぐる問題では譲歩しない」という姿勢の裏返しといえます。

 つまり、シリアでの化学兵器の使用を認めないことは、北朝鮮への威圧につながるのです。

 ただし、その強気のメッセージが北朝鮮情勢で奏功するかは、現段階で不透明です。昨年のシリア攻撃は、その後の米朝間の緊張を高めるきっかけとなりました。

ロシアへの一矢

 第二に、ロシアに一矢報いることです。

 シリア内戦での米ロの綱引きは、ロシア有利の状況にあります。ロシアが支援するアサド政権は、「イスラーム国」(IS)の残党やクルド人勢力などの反体制派を攻撃しながら、ほとんどの地域を制圧。東グータは反体制派にとって残り少ない拠点の一つでしたが、4月12日にロシアはシリア軍が東グータも制圧したと宣言しています。

 一方、IS掃討とともにアサド政権の打倒を目指してきた米国は、クルド人を主体とするシリア民主軍(SDF)を支援して駐留していましたが、旗色は悪いといわざるを得ません。この背景のもと、4月3日にトランプ氏は「ISがほぼ崩壊した」として、米軍の早期撤退を希望すると発言しています(これに対して国防総省は早期撤退に消極的といわれる)。

 この状況でのミサイル攻撃は、いわばロシア主導で終結に向かうシリア情勢に米国の印象を残し、その事後処理において米国の最低限の発言力を確保しようとする試みといえます。言い換えると、ロシアが大幅にミサイル防衛システムを増強し、米国に譲歩を迫る状況のなか、トランプ大統領が敢えてこれを押し切ったことは、プーチン大統領に「侮られないようにする」ものだったとみられます。

 ただし、マティス国防長官が懸念したように、これは結果的に米ロの緊張や対立をエスカレートさせることも確かです。

国内へのアピール

 第三に、国内へのアピールです。

 クリミア危機などでみられた、プーチン大統領の強硬な外交・安全保障政策を背景に、米国では反ロ感情が広がっており、2017年の調査では「ロシアの力と影響力は我が国にとって主な脅威である」という回答は、米国市民の47パーセントにのぼりました(世界平均は31パーセント)。

 のみならず、2016年大統領選挙での「ロシア疑惑」をめぐり、トランプ大統領は守勢に立たされています。4月10日にホワイトハウスは、この問題を調査するムラー特別検察官を解任する権限が大統領にあると明言。しかし、実際にそれをすれば、疑惑をさらに深め、トランプ氏の支持をこれまで以上に危うくしかねません。

 その意味で、中間選挙を控え、公約の多くを実現できていないトランプ大統領にとって「ロシアと対抗する」ことは、支持を獲得する有効な手段といえます。その効果は、「アサド政権による化学兵器の使用」という、保守とリベラルを越えた支持を得やすい大義があることで、さらに大きくなるとみられます。

米ロ対立のエスカレート

 こうしてみたとき、「化学兵器の使用は認められない」という人道上の大義に基づくミサイル攻撃は、いくつかの伏線のうえに成り立っているといえます。トランプ政権にとってそれらの目標が首尾よく達成できるかは不透明ですが、少なくともそれらと引き換えに行われたミサイル攻撃の余波は、北朝鮮情勢を含め各国に及ぶとみられます。

 なかでも、今回の攻撃がロシアとの緊張をこれまでになく高めたことは確かです。プーチン大統領はこの攻撃を「国家の主権の侵害で国連憲章に違反する」と非難。米英仏はロシア軍の施設を回避して攻撃した模様ですが、それでも双方の軍事行動がこれまでにない近距離で行われています。これは第二次世界大戦後、米ロが最悪の緊張状態に突入したことを象徴しており、今後も各国は予断なく注視する必要があるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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