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米ロ代理戦争が本格化するシリア―「共通の敵」ISがもたらしたもの

六辻彰二国際政治学者
空爆で破壊されたイースタン・グータの廃墟にたたずむ男性(2018.1.9)(写真:ロイター/アフロ)

 2016年の大統領選挙で「米国第一」を掲げたトランプ氏は「世界の警察官」であることをやめると強調しました。しかし、実際にはトランプ政権のもとで米国の海外での活動は増えつつあります。

 米軍は1月14日、現地武装勢力への支援を強化すると発表。公式には、IS対策がその理由になっています。しかし、そこにはシリアの現体制を破壊する、あるいは既存の国境線を変更する意図がうかがえます。その一方で、ロシアやアサド政権もまたISをはじめとする「過激派対策」を掲げて、敵対勢力への攻撃を加速させています。

 各国にとって「共通の敵」であるISが力を失った後のシリアは、米ロ代理戦争の主戦場となりつつあるのです。

シリアでの「違法な」作戦

 1月15日、シリア国営放送は「シリア国内における米国の存在を終わらせる」という政府系の武装組織「シリア・アラブ軍」の声明を報道。これはその前日14日に米国主導の有志連合が発表した「シリアで3万人規模の新たな国境警備のための部隊を発足させる」計画を受けてのものでした。

 もともと米国はシリアを「テロ支援国家」に指定し、アサド政権と敵対してきました。2014年にシリアとイラクの国境にまたがる地域に「イスラーム国」(IS)が建国を宣言した後、やはりアサド政権と敵対してきたサウジアラビアなどスンニ派諸国とともに、米軍はシリアでの活動を活発化。ISへの空爆の他、アサド政権ともISとも対立する、少数民族クルド人を中心とする武装組織「シリア民主軍」(SDF)を支援してきました。

 現在、シリアには約2000人の米軍が駐留しているとみられます。その支援を受けたSDFは、2017年10月にISが「首都」と位置づけていたラッカを制圧する一助となりました。今回、米軍はSDFを母体とする「新たな国境警備の部隊」の構想を発表することで、ISへの攻撃を強化すると強調しています

 ただし、そもそもシリアにおける米軍などの活動は、シリア政府であるアサド政権の承認を受けたものではありません。この点で、アサド政権からの要請に基づいてシリアで軍事活動を行ってきたロシアとは異なります。その意味で、アサド政権による「シリア国内で米軍が活動すること自体が国際法違反」という主張にはうなずかざるを得ません。

IS対策の利用

 それだけでなく、「IS対策の強化」という米軍の主張そのものに疑問もあります。

 米軍中心の有志連合とロシア‐シリア‐イラン連合軍の挟み撃ちにより、2016年にIS掃討作戦は急速に進みました。2017年12月段階で、米軍は「ISが支配地域の98パーセントを失った」と報告しています

 米軍自身がIS掃討の成果を誇っているにもかかわらず、なぜ「新たな国境警備の部隊」を発足させる必要があるのでしょうか。これに関して、米軍は「IS指導者バグダディ容疑者が逮捕・補足されていないこと」を理由にあげています

 ロシア軍は2017年6月に「バグダディ容疑者が空爆で死亡した」と発表していますが、米軍はこの発表を疑問視しており、「死亡の証拠がない」ことを大義にシリアでの活動を拡大させようとしています。ロシア軍の発表の真偽は定かでないものの、その一方で「バグダディ容疑者がシリアにとどまっている」という証拠もありません。少なくともバグダディという「トロフィー」がロシアに奪われれば、米軍にとってシリアでの活動を正当化する口実がなくなることは確かです。

「イラン核合意の放棄」の余波

 米軍がシリアにこだわる大きな理由として、トランプ政権が敵視するイランとアサド政権の同盟関係があげられます。

 2015年7月、オバマ政権はイランや関係諸国との間で、平和利用に限定したイランの核開発を認めることに合意。1979年のイスラーム革命以来、敵対し続けてきた米国とイランにとって、この合意は歴史的なものでした。しかし、イランを敵視するイスラエルやサウジアラビアはこの合意を批判。イスラエル、サウジ寄りのトランプ政権は、この核合意を見直すことを、交渉に参加したその他の英仏独ロ中の五ヵ国に求めてきたのです。

 トランプ政権にとって中東での優先事項は、国際的な合意を反故にしてでもイランを封じ込めることにあります。そのためにはイランと結びついた政府も標的に入っており、なかでも「テロ支援国家」シリアのアサド政権が存続し続けることは、トランプ政権にとって最大の懸念となり得ます。

 つまり、シリアやイラクで活動するIS戦闘員が最盛期の4万人以上から1000人以下にまで数を減らしているとみられるなか、それでも米国がシリアでSDFを強化する大きな目的は、アサド政権への圧力を強め、ひいてはその同盟国イランを孤立させることにあるとみられるのです。

 オバマ政権時代の米国は「アサド政権の退陣がシリア和平に欠かせない」と主張し、レジーム・チェンジ(体制転換)の必要性を強調していました。これに対して、トランプ政権は公式にはレジーム・チェンジを求めてはいません。しかし、3万人規模の「新たな国境警備の部隊」の発足はSDFによるシリア北部の実効支配を強化するもので、少なくともシリア国内の分断を加速させるものといえるでしょう。

 ただし、「IS対策の政治利用」は米国の専売特許ではありません。ロシア軍やアサド政権はバグダディ死亡とIS掃討の成果を強調する一方、「過激派対策」として反体制派への攻撃を続けてきました。国連は1月10日、年始からの10日間で、複数の反体制派が拠点を設けている首都ダマスカス近郊のイースタン・グータで、シリア政府軍やその同盟者が行った空爆により30名の子どもを含む85名以上が死亡したと報告しています。

中東分裂の加速

 このような背景のもと、先述のように、シリア政府系の武装組織が「国内の米軍の存在を終わらせる」と宣言したのです。

 これに関連して、ロシアのラブロフ外相も1月15日、「米国はシリアが一つの国として存続することを望んでおらず、シリアがバラバラにされる恐れがある」と批判。そのうえで、イラン核合意の再検討に関しても「残念ながら米国は独裁的な手法によってのみ行動したいようだ」とも述べています。イラン核合意の見直しに関しては英仏独のヨーロッパ三ヵ国も反対しています。

 また、米軍によるSDF強化には、NATO加盟国であるトルコからも批判の声があがっています。今回の発表を受けて、1月15日にトルコのエルドアン大統領は米軍が「テロリスト軍」を作ろうとしていると批判し、「生まれる前に絞め殺す」とも発言しています

 米軍がシリアでクルド人中心のSDFを支援することに、かねてからトルコは警戒感を募らせてきました。トルコ国内にもクルド人は居住しており、その分離独立を求める組織「クルド労働者党」(PKK)をトルコ政府は「テロ組織」に指定してきました。連合体であるSDFにはアラブ人勢力も含まれますが、その中核を占めるクルド人勢力「クルド人民防衛隊」(YPG)はPKKから支援を受けているとみられます。

 そのため、「絞め殺す」発言を受けた米軍は16日、「今後はYPGを支援しない」と発表しました。これはNATO加盟国トルコとの関係を念頭においたものとみられますが、SDFの大半を占めるのがクルド人である以上、苦しい釈明といわざるを得ません。トルコからみれば、トルコ政府と同様にPKKをテロ組織と認定しながらもYPGが中核を占めるSDFを支援する米国は「ダブルスタンダード」以外の何物でもありません。

憎まれ者の置き土産

 こうしてみたとき、米国が「新たな国境警備の部隊」を発足させることは、米ロの代理戦争がシリアで激化することだけでなく、その対立が地域一帯に飛び火することを意味します。

 先述のように、アサド政権やそれに連なる民兵組織、イラン、トルコの背後には、ロシアがいます。これに対して、米国の構想に関して、サウジアラビアやスンニ派諸国は沈黙を保っています。とりわけ、スルタン皇太子のもとで内政・外交ともに改革を進めるサウジアラビアは、イラン封じ込めの観点からトランプ政権との関係を強めており、それと並行してスンニ派諸国への締め付けを強めています。

 どの国にとっても脅威であるISが台頭した時、各国が違いを越えて協力することが期待されました。しかし、結果的にはIS対策を口実に各国は少しでも自国が優位に立てるように行動し、そのなかで対立が激しくなっていきました。既存の国境線を否定し、世界に激震を走らせたISは、シリアを去るにあたって、米ロ代理戦争という置き土産を残していったといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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