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欧米諸国が「ロシアの選挙干渉」を嫌う理由―米国はただの「被害者」なのか

六辻彰二国際政治学者
APEC首脳会合で言葉を交わすプーチン氏とトランプ氏(2017.11.11)(写真:ロイター/アフロ)

 一般的に、外国による国内政治への干渉は「あってはならないこと」です。しかし、タテマエと実態が一致しないことは、世の中の常です。

 欧米諸国では、2016年米国大統領選挙などにおける「ロシアの選挙干渉」に関する疑惑が深まっています。ところが、これまで他国の選挙や政治に深くかかわってきたのは、他ならない欧米諸国です。これまで欧米諸国が欧米以外で行ってきたことを、欧米以外の国によって欧米でされたからこそ、欧米諸国は「ロシアの選挙干渉」に神経質であるといえます

疑惑の余波

 1月29日、FBIのマケイブ副長官が退任。2016年米国大統領選挙に先立ってトランプ陣営とロシア政府が接触をもっていたという疑惑を受け、フリン補佐官やコーミーFBI長官の辞任・退任が相次ぐなか、マケイブ副長官の退任はトランプ政権からの事実上の圧力によるもので、「ロシアの選挙干渉」疑惑はさらに深みにはまっていく様相を呈しています。

 選挙に関する疑惑をトランプ大統領もロシア政府も否定していますが、「ロシアの選挙干渉」の疑惑は米国だけにとどまりません。

 欧米諸国の間では「ロシアによる選挙への干渉」の疑念が広がっており、2017年9月のドイツ連邦議会選挙や、10月のスペイン、カタルーニャの分離独立をめぐる住民投票でも、SNSなどを通じたロシア政府による宣伝工作などが指摘されています。

欧米諸国の内政干渉

 とはいえ、仮にロシア政府が自国にとって都合のよい政権が成立するように、あるいは自国に都合の悪い候補が落選するように工作しているとしても、他国の政治や選挙に干渉することはロシアの専売特許ではありません。むしろ、欧米諸国とりわけ米国は、特に東西冷戦が終結した1989年以降、それを露骨に行ってきたといえます。

 冷戦終結は、欧米諸国にとって「共産主義に対する自由と民主主義の勝利」でもありました。ところが、「自由と民主主義」がいわゆるグローバルスタンダードとなり、その中心に欧米諸国が位置したことは、「民主化支援」や「選挙のアドバイス」といった名目で欧米諸国が非欧米諸国の政治や選挙にかかわることをも正当化しました

 米英仏など主な欧米諸国は、それぞれ援助の前提条件として民主化や人権保護を求め始め、その結果、例えば援助への依存度が高いアフリカ各国では、1990年代の前半に一党制や軍政が相次いで体制を転換。選挙を行っていた国は1989年には8ヵ国に過ぎませんでしたが、1995年には35ヵ国に急増しています。

ハゲタカは誰か

 欧米諸国による民主化圧力が「自由と民主主義の普及」という高尚な目的に支えられていたことは疑えません。また、それが結果的に世界各国の民主化を促したことも確かです。

 しかし、少なくとも民主化圧力を受ける立場からすれば、それが「内政干渉」であったことは否めません。それだけでなく、親欧米的な国の場合は深い関係にある現職を支援したり、逆に反欧米的な国の場合は野党候補を支援したりするなど、欧米諸国自身の利益が念頭にあることも稀ではありません。その典型的な例は、1991年のソ連崩壊後のロシアでした。

 ロシア発足直後のエリツィン政権のもと、米ロは蜜月時代を迎えていました。この背景のもと米国はロシアの内政に深くかかわり、1996年のロシア大統領選挙でエリツィン陣営は共和党と深く結びついていたサンフランシスコのフレッド・ローウェル弁護士をはじめ、何人もの米国の選挙コンサルタントを選挙アドバイザーとして起用。不人気だったエリツィン氏の当選を支援しました。

 その一方で、エリツィン政権は急速な市場経済化を促進。天然資源開発などを中心にエクソンモービルなど名だたる欧米企業の投資が相次ぎ、そのなかで新興財閥(オリガルヒ)と呼ばれるロシアの富裕層も登場しました。オリガルヒは欧米企業とともにエリツィン政権に接近し、汚職を加速させる一因となりました。

 このようなエリツィン時代の混迷の反動として台頭したのが、プーチン大統領でした。「弱っていたロシアにつけこんだ欧米諸国」への不満がロシアで渦巻いていたことを考えれば、国家主義的な主張を展開し、新興財閥を壊滅させ、さらに欧米諸国と敵対的な態度を示すプーチン大統領が高い人気を維持することは、不思議ではありません。

「回転ドア」の不透明さ

 こうしてみたとき、相手国の選挙や政治に何らかのかかわりをもつことは、今に始まったものではなく、ロシアに限ったものでもありません。

 このような観方に対しては、「欧米諸国の場合は企業や民間団体、個人の活動で、ロシアの国家ぐるみのものとは分けて考えるべき」という異論もあり得るでしょう。確かに、欧米諸国とりわけ米国の場合、確かに企業を含む民間団体の活動は活発で、いかにも民間が政府から独立しているようにみえがちです。しかし、米国では民間と政府の垣根は低く、それは結果的に両者が一体のものとなりやすいことをも意味します。

 一例をあげると、ウクライナでは2010年に大統領選挙が行われ、この際に親ロシア派のヤヌコヴィッチ氏が当選しましたが、この際に同氏の選挙アドバイザーだったのが、米国のコンサルタント、ポール・マナフォート氏でした。

 当時、EUはウクライナに加盟を提案していましたが、これに対してロシアが強い拒絶反応を示していました。ヤヌコヴィッチ氏はロシアとの関係を重視していましたが、マナフォート氏の提案を受け入れ、選挙においてはEU加盟を支持。この選挙戦術により、ヤヌコヴィッチ氏は地滑り的な勝利を手に入れたのです。いわば「縄張り」をもぎ取られることへのロシアの警戒感は高まり、これが2014年のクリミア半島併合に至る一つの要因となりました。

 ここで重要なことは、マナフォート氏が2016年の米大統領選挙で、トランプ陣営に雇用されたことです。米国は社会的な流動性(モビリティ)が高く、次々と職や職場を移ることが珍しくないことで知られます。連邦政府で務めていた人間が、翌年には民間企業で、その次の年にはNGOで働いていることさえあり、この様は俗に「回転ドア」と呼ばれます。

 つまり、「回転ドア」を通じてヒトが頻繁に移動する米国では、民間の企業・団体と政府が結びつきやすいといえます。言い換えると、選挙アドバイザーなど民間の企業や個人の活動が米国政府と無関係とはいえないのです。

映し鏡としてのロシア

 カリブ出身の精神科医で哲学者のフランツ・ファノンは、ナチズムについて以下のように述べています。「ゲシュタポはせっせと働きまわり、牢獄は一杯になる。…人々は驚き、憤慨する。…そして以下の真実を自分自身に隠す。…このナチズムを耐え忍ぶ前に支持したということを。これを許し、これに目をつぶり、それまでは非ヨーロッパ民族にしか適用されてこなかったのでこれを改めて承認したということを」【フランツ・ファノン『黒い皮膚、白い仮面』】。要するに、ナチスがヨーロッパで行ったことは、それ以前にヨーロッパ人がヨーロッパの外でしてきたであり、その間のほとんどのヨーロッパ人は見て見ぬふりをしていたが、それが自分たちの身に降りかかった途端に憤った、というのです。

 この観点からみれば、「ロシアの選挙干渉」に対する欧米諸国の神経質な反応は、単なるロシアとの勢力争いという文脈だけで片付けられるものでもありません。つまり、(仮にロシア政府による働きかけがあったとすれば)ロシアの応酬は、これまで「自由と民主主義の旗手」という表向きの顔の裏で欧米諸国が欧米諸国以外で行ってきた、自国にとって都合のよい政権の誕生のための干渉を、むしろ浮き彫りにするものだからです。

 あからさまな「内政干渉」にあたる以上、プーチン大統領は公式には「選挙干渉」を否定しています。しかし、仮に「欧米諸国が今までやってきたことではないか」と居直られた場合、欧米諸国に返す言葉はありません。自らの行為を映し鏡のようにみせられたからこそ、欧米諸国は「ロシアの選挙干渉」に神経質にならざるを得ないといえるでしょう。

「自由と民主主義」の二側面

 これに加えて、「ロシアの選挙干渉」が関心を集めるにつれ、開発途上国では「欧米諸国による選挙干渉」への関心も高まっています。

 2017年8月、大統領選挙を控えていたケニアから、野党「国民スーパー連合」(NASA)と契約していた米国人とカナダ人の選挙アドバイザーが退去しました。欧米諸国は同国のウフル・ケニヤッタ大統領の人権侵害などに批判的である一方、ケニヤッタ氏も「ケニアへの干渉」を拒絶する声明を再三発表していました。NASAの選挙アドバイザーの退去は、ケニア政府の圧力によるものとみられます。

 ケニア政府の論理は「干渉の拒絶と人権侵害」がリンクしており、その意味で正当ともいえません。

 とはいえ、確かなことは、「ロシアの選挙干渉」疑惑で欧米諸国が神経質になればなるほど、これまで「欧米諸国の選挙干渉」に批判的だった勢力が声をあげやすくなっているということです。それは欧米諸国の求心力の低下を促すことで、結果的にロシアの国際的な影響力を高めることにもつながります。

 冷戦終結後の世界で、「自由と民主主義」は欧米諸国の発信力を高める要素だったといえます。しかし、その強みは今やアキレス腱にもなりつつあります。これは冷戦終結後の世界の常識が変動しつつあることの、一つの兆候ともいえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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