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十八番を奪われた北朝鮮はどこに向かうか:トランプ版「瀬戸際外交」の効果とリスク

六辻彰二国際政治学者
米海軍原子力空母カール・ビンソン(資料)(写真:ロイター/アフロ)

4月8日、米国政府は原子力空母カール・ビンソンを朝鮮半島近海へ派遣すると発表。その前日7日、米軍は突如シリアに59発の巡航ミサイルを撃ち込み、シリア軍の軍事施設を破壊していました

9日に出演したTV番組で、ティラーソン国務長官は「他国への脅威となるなら対抗措置をとる」と強調。「アサド政権が化学兵器を使用した」と断定する米国政府がシリアをいきなり攻撃したことは、核開発やミサイル実験を続ける北朝鮮への警告だったと示唆しました。

その規範的な評価はさておき、一連の行動にはトランプ政権の特徴がいかんなく発揮されています。それは「何をするか分からない」と周囲に認識させ、敵対する者に譲歩を余儀なくさせる手法です。これは北朝鮮の十八番である「瀬戸際外交」と、構造的にはほぼ同じものといえます。

「瀬戸際外交」の構造

北朝鮮は、分不相応ともいえる核・ミサイルの開発を推し進め、しかもそれをわざわざ誇示してきました。周辺地域を頻繁に不安定化させることで、北朝鮮は各国から「何をするか分からない面倒な国」という認知を得てきたのですが、それは意図的なものといえます。

通常の国であれば、そのような評価は全く名誉なことではありません。評判を一つの利益と考えるなら、北朝鮮はわざわざ自分の利益を損なってきたように映ります。ただし、何を「死活的な利益」と捉えるかはそれぞれで異なります

いまの北朝鮮政府にとって最大の利益は、体制の維持と、それを米国に認めさせることにあります(その意味では、「生存」という最低限の利益を重視しているともいえる)。その核・ミサイル開発は、多少なりとも有利に交渉を運ぶため、自分を大きくみせるためのものといえます。

その際、重要なことは、ただ「持っているのをみせつけること」だけでなく、「実際に用いるのを躊躇しないという意思を相手に認識させること」です。これがなければ、「こけおどし」とみなされ、相手にとっての脅威にはなりません。

つまり、北朝鮮は執拗なまでに核・ミサイル実験を繰り返すことで、「普通の国なら撃たないタイミングでも撃ちかねない国」と各国に思わせ、それによって相手の譲歩を引き出し、自分の最優先の利益(生存)を確保してきたといえます。

「相手はまともでないのだから、自分が譲らなければ、正面衝突というお互いにとっての最大の損失に行き着く」と思わせ、相手に「自発的に」譲歩させることが、北朝鮮の常套手段である「瀬戸際外交」の本質といえるでしょう。確信犯的に非合理的な行動をとることで相手の合理的判断に働きかけて譲歩を迫る構造は、チキンゲームと呼ばれます。

トランプ版の瀬戸際外交

ところが、シリアへのミサイル攻撃から朝鮮半島へのカール・ビンソンの展開に至る米軍の行動は、少なくともその構造だけを抽出すれば、北朝鮮のお株を奪うほどの瀬戸際外交といえます。

まず、シリアへの攻撃は国連決議などを経たものでなく、シリア政府が「侵略」と呼ぶことも、ロシアやイランが「国際法違反」と指摘することも、その限りにおいては誤りでないでしょう。

ここでのポイントは、そこまで露骨な違法行為を、米国があえて行ったことです

繰り返しになりますが、米国のシリア攻撃に法的根拠は乏しく、さらに米国にとってシリアの化学兵器が差し迫った脅威であるわけでもありません。つまり、米国は「普通の国なら撃たないタイミングで撃った」のです。

米朝が正面から衝突すれば、北朝鮮は言うまでもありませんが、米国も、そしてその同盟国である日韓も、少なくとも無傷では済まないでしょう。さらに、中国やロシアも難しい選択を迫られます。つまり、米朝の正面衝突は、関係各国にとって、避けなければならない最悪の結末です。この混乱を避けるため、オバマ政権は「戦略的忍耐」とも呼ばれる選択を余儀なくされたといえます。

しかし、今回のシリア攻撃で、トランプ政権は北朝鮮と攻守を入れ替えたことになります。今や「いざとなったら、脅しでなく、本当に撃たれる」と認識せざるを得ないのは、そして正面衝突という双方にとって最悪の事態を避けるために、「何をするか分からない相手」に譲歩を迫られているのは、北朝鮮なのです。

瀬戸際外交の「寸止め」

北朝鮮の場合もそうですが、「瀬戸際外交」は正面衝突の寸前まで突っ込み、ギリギリのところで相手がかわしてくれることを期待して、あえて理不尽な振る舞いをする戦術です。しかし、相手に「かわす」という選択をさせるためには、緊張を高める一方で、「ここでなら、賭けを降りても、最低限のこちらの利益は確保される」というポイントを相手にそれとなく提示することも必要になります

トランプ政権の場合、それは北朝鮮の「体制の維持」を認めることです。4月9日、ティラーソン国務長官は北朝鮮の「体制の転換(レジーム・チェンジ)」には関心がないと言明しました。それは言い換えると、「大量破壊兵器の開発を控えるなら、体制の存続を認めないわけではない」というメッセージを北朝鮮政府に送ったことになります。

先述のように、北朝鮮政府にとっての「死活的な利益」とは、現在の体制の維持に他なりません。だとすると、トランプ政権による威嚇は、北朝鮮政府の首脳部に、「核・ミサイル開発を諦めれば、最優先事項である体制の維持は認められる」という選択の余地を示していることになります。

一方、トランプ政権にとって重要なことは、北朝鮮が大量破壊兵器の開発をこれ以上進めて、米国にとっての脅威とならないことです。ティラーソン氏の発言は、米国にとっての「死活的な利益」が守られるなら、それ以外のことは大目に見る、というメッセージと読み取れるのです。

シリアへの寸止め

同様のことは、シリアについてもいえます。

今回のシリア攻撃は、国際法を逸脱した米軍の行動という意味では、2003年のイラク侵攻と同じです。しかし、この時はフセイン政権の打倒(体制の転換)のための「実際の戦闘」を目的にしたものでした

それに対して、シリアの場合、米軍の攻撃目的はあくまで化学兵器使用に対する懲罰(仮にアサド政権が化学兵器を用いたとしても、米国にそれを処罰する権限があるかはともかく)であり、「二度と化学兵器を使うな」という「威嚇」です。そして、トランプ政権は「アサド退陣」の要求を念入りに避けています

つまり、いきなり攻撃することで、トランプ政権は「何をするか分からない」とアサド政権に思わせながらも、「化学兵器さえ用いなければ、(アサド政権にとっての死活的な利益である)『体制の転換』までは求めない」というメッセージを発して、譲歩を迫っているといえるのです。

中国への「脅し」と「配慮」

北朝鮮に話を戻すと、トランプ政権が瀬戸際外交を展開しながらも「体制の転換」を明確に否定したことは、中国に対しても「脅し」をかけていることになりますが、それと同時に「配慮」でもあるといえます。

シリア攻撃に先立つ米中首脳会談の直前の4月2日、トランプ氏は「北朝鮮問題で中国が積極的に動かないなら、米国が単独で行動を起こすこともある」と発言していました。

米国が実際にシリアを攻撃したことは、「米国は何をするか分からない」という認識を、北朝鮮だけでなく、北朝鮮と経済取り引きを続けることで、その大量破壊兵器開発を事実上可能にしてきた中国にも持たせる効果があったといえます(米国のシリア攻撃を中国政府は「主権侵害」と批判している)。その意味で、シリア攻撃は、中国にとって、米国に譲歩して北朝鮮への働きかけを強めざるを得ない状況を生んだといえます。

ただし、中国にとっては、朝鮮半島で大量破壊兵器の開発が進むことと同様に、北朝鮮の現体制が崩壊することもまた、避けたいところです。そんな事態になれば、数多くの難民が中国国境に押し寄せることは、目に見えています。

つまり、北朝鮮に対して「『体制の転換』は求めないが、大量破壊兵器の開発だけは認められない」というトランプ政権の方針は、中国のそれとほとんど差がないことになります。トランプ政権が、大量破壊兵器の放棄を条件に、「体制の存続」を暗黙のうちに認めたとなれば、(いい加減北朝鮮を持て余している)中国にしても、北朝鮮への働きかけをしやすくなります。

後ろ盾となっている国に対して「ちゃんと子分のしつけをみろ。さもないと撃つぞ」と脅しをかける一方、「大量破壊兵器の問題に始末をつけるなら、体制の転換までは求めないから、それをエサに子分を納得させればいい」と提案を示している点では、アサド政権を支援し続けてきたロシアに対しても同じといえます。

「瀬戸際外交」の応酬

とはいえ、トランプ政権の「瀬戸際外交」が効果をあげるかは不透明です。北朝鮮に関していえば、その最大の障壁としては「米国に対する不信感」があげられます

1953年に朝鮮戦争が休戦になってからも、北朝鮮と米国は「敵国」であり続けました。そのため、米国への不信感で固まっているといえます。

そんな北朝鮮政府にとって、最悪の事態は「大量破壊兵器を諦めた後になって体制の転換を求められること」です。実際、リビアのカダフィ体制は、米国との関係改善のなかで、それまで開発中だった核兵器を放棄した後になって、2011年からの「アラブの春」の混乱のなかで、NATOが支援する反政府軍によって倒されました。これをみていた北朝鮮政府にとって、トランプ政権からの提案を受け入れることは、容易ではありません。

さらに、米国からの「『脅し』に屈した」となれば、北朝鮮国内で政府の権威は丸潰れで、それこそ体制がもちません。

これらに鑑みれば、北朝鮮政府がトランプ政権に対して「超強硬」な反応を示すことは、当然です。したがって、金正恩第一書記の就任5周年などの行事が目白押しの4月中に、北朝鮮が核・ミサイル実験を行うかが、チキンゲームが加速し、緊張がさらにエスカレートするかの、一つの焦点になるでしょう。

しかし、その場合には、トランプ政権も後に引けなくなります。「米国は本当に何をするか分からない国」と北朝鮮に思わせるため、「威嚇」ではなく「攻撃」がホワイトハウス関係者の視野に入ってきたとしても不信感ではありません。つまり、「ただの威嚇でない」ことをみせつけるための、米軍が限定的な軍事活動を実際に起こす可能性は、かつてなく高まっているといえます。

4月11日に北朝鮮政府が「米国からの攻撃があれば核攻撃を行う」と宣言したことは、米軍の先制攻撃の可能性を予見したものといえます。また、米国に譲歩を迫るためには、米国にではなく、日本を含む周辺国に限定的な攻撃を行うという選択肢も考えられます。

いずれにしても、十八番を奪われてなお、北朝鮮には「瀬戸際外交」しか選択肢がないといえます。しかも、それはトランプ政権の「瀬戸際外交」で加速しているといえるでしょう。

トランプ政権が「瀬戸際外交」に着手したことは、これまで膠着していた北朝鮮情勢を一気に突き動かすだけのエネルギーを秘めています。それだけに、日本周辺の緊張は、これまでになく高まりやすくなっています。トランプ政権の次の一手が何であるかについて、確実なことは言えませんが、それが日本のみならず東アジア一帯に大きな影響を与えることは確かといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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