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アサド政権によるクルド人支援―「シリアでの完全勝利」に近づくロシア、手も足も出ない米国

六辻彰二国際政治学者
シリアとの国境に集結するトルコ軍の戦車(2018.1.31)(写真:ロイター/アフロ)

 シリアのアサド政権は2月19日、クルド人勢力を支援するために同国北部アフリンへ部隊を派遣することを決定。これは先月、クルド人勢力を攻撃するためにアフリンへ侵攻したトルコ軍に対応するためでした。双方は既に散発的に衝突しており、これが本格化することも見込まれます。

 クルド人は分離独立運動をシリアで抑圧されてきた歴史があります。その意味で、アサド政権によるクルド人勢力の支援は「奇跡的」であるばかりでなく、2011年から同国で続く戦闘が終結に向かう転機になり得ます。そしてその場合、ロシアが米国に対してシリアで「完全勝利」を収めるとみられます。

「オリーブの枝」作戦

 「アサド政権によるクルド人支援」の重要性を知るには、まずトルコ軍の「オリーブの枝」作戦について押さえる必要があります。トルコ軍は1月、隣国シリアのアフリンに突如侵攻。この地は、クルド人が支配する土地です。

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 シリア、イラン、イラク、トルコなどに別れて暮らすクルド人は「国をもたない世界最大の少数民族」と呼ばれます。それぞれの国で分離独立を求めてきたものの、どの国でも抑圧されてきた歴史をもちます。シリアの場合、内戦の混乱のなか、反体制派組織シリア民主軍(SDF)の中核を占めるクルド人民防衛部隊(YPG)が実効支配するに至っていました。

 今年1月14日、米国はアフリンを拠点とするSDFへの支援強化の方針を表明。名目は「IS対策」でしたが、「テロ支援国家」に指定するシリアのアサド政権を打倒するため、クルド人勢力を用いることを念頭においたものだったとみられます。

 ところが、これに対してシリアだけでなく、トルコも強く反発。トルコ政府はトルコ国内で分離独立運動を続けてきたクルド労働者党(PKK)をテロ組織とみなしており、これと協力関係にあるとみられるYPGも同様にテロ組織と呼びます。そのため、シリアの「イスラーム国」(IS)掃討に目途が立ったこともあり、1月21日にトルコ軍はアフリンへの侵攻「オリーブの枝」作戦を開始したのです。

米国の「二股」

 トルコのアフリン侵攻は、シリアだけでなく、米国にとっても頭痛の種となりました。

 先述のように、米国はシリアのクルド人勢力を支援しています。米国は1979年からシリアを「テロ支援国家」に指定し、アサド政権と敵対してきました。そのため、シリア内戦を契機に米国は「国内の不満を解消し、内戦を終結させるためにはアサド退陣が不可欠」と強調し、クルド人主体のSDFを支援してきたのです。

 その一方で、トルコは北大西洋条約機構(NATO)に加盟する、米国の同盟国。つまり、トルコ軍によるクルド人攻撃は、米国からみれば「同盟者同士の争い」。そのため、米国政府は「YPGへの支援の中止」を言いながらも「SDFへの支援はその限りでない」というグレーな対応に終始せざるを得なくなりました。この観点からみれば、2月16日に浮上した、「トルコ軍がアフリンで化学兵器を用いた」という疑惑に対して、具体的な調査を経ないままに米国政府が「あり得ない」と断定してトルコを擁護したことも不思議ではありません。

過剰に強気のトルコ

 ところが、米国がトルコに「気を遣う」一方、トルコは再三にわたって米国を批判。2月13日、エルドアン大統領は「米国によるYPG支援」を批判。「『打たれれば鋭く反応する』という者はオスマン打ち(オスマン帝国時代からトルコに伝わる格闘技の一種)を食らったことがないのだ」と豪語しています。

 もともと、トルコのエルドアン政権は、その急速なイスラーム化だけでなく、メディア規制などの強権化により、欧米諸国と対立を深めてきました。

 ただし、米国を相手に一歩もひかず、トルコ政府がやや過剰なまでに自らの立場を強調する背景には、ロシアとの関係も無視できません

 トルコは隣国シリアでの内戦でクルド人を支援する欧米諸国との対立を深めた一方、当初はシリアを支援するロシアとの間でも緊張が高まりました。

 しかし、「反米」で一致する両国は徐々に関係を改善させ、2016年12月にトルコは、ロシアやイランとともに、シリア和平のための国際会議を開くことを決定。さらに2017年9月には、ロシアからS-400対空ミサイル(約25億ドル)を輸入する取り決めに調印。NATO加盟国でありながらも、トルコは欧米諸国と一線を画した方針を鮮明にしていったのです。

 冷戦時代から、欧米諸国はソ連の南下を食い止める「防波堤」としてトルコを位置づけ、トルコもまたソ連(ロシア)の脅威に対抗するために欧米諸国と協力してきました。しかし、エルドアン政権はあえてロシアに接近することで、「やかましいことを言ってくる」米国への発言力を増してきたのです。

火だるまになるトルコ

 ところが、アサド政権がクルド人勢力を支援することを表明したことで、トルコの立場は俄然あやしくなったといえます。

 先述のように、アサド政権は内戦以前からクルド人の分離独立運動を抑圧していました。しかし、内戦中はISやスンニ派民兵を主に攻撃し、クルド人勢力とは偶発的な衝突以外にほとんど戦火を交えてきませんでした。トルコに配慮する米国が支援を必ずしも十分行わず、「使い捨て」にされる危険にさらされていたクルド人勢力は、アサド政権からの支援を歓迎する意向を示しています。

 さらに、クルド人支援のためにアフリンに派遣された部隊には、アサド政権を支持するシーア派民兵だけでなく、イランから派遣されている革命防衛隊のメンバーも混じっているといわれます。

 つまり、現状において先述のシリア和平に関するロシア‐イラン‐トルコの三国間の枠組みは維持されているものの、トルコがこれ以上アフリンでクルド人勢力と戦闘を続ければ、アサド政権だけでなくロシアやイランまで敵に回すことになりかねないのです。

 とはいえ、これまで過剰なまでに自らの立場を主張してきた手前、「米国に膝を屈する」ことはエルドアン大統領にとって難しい選択です。国内でYPGを「テロ組織」と喧伝し、反米感情を政権の支持基盤にしてきたことは、これに拍車をかけています。さらに、スンニ派でトルコと共通するサウジアラビアとのライバル関係は激しさを増しているため、周辺国からの支援も期待できません。

 こうしてみたとき、トルコ軍が近く、何らかの理由を設けて「オリーブの枝」作戦を切り上げたとしても驚くことではないのです。

ロシアによる「手打ち」の演出

 トルコが火だるまになり、アサド政権とクルド人勢力が奇跡的な「手打ち」を行った背景には、ロシアの働きかけがあったとみられます。

 クルド人勢力の公式メディアは「アサド政権がロシアの助言によりクルド人支援に乗り出した」と報じています。ロシアはこれを否定しています。

 もともとトランプ政権がSDF支援を打ち出した1月中旬、ロシア政府はトルコ政府とともに「シリアでの米国の危険な火遊び」を批判していました。

 この背景のもとでトルコがシリア侵攻を開始し、クルド人が追い詰められるなか、突如としてシリア政府がクルド人勢力を積極的に支援し始めたことに鑑みれば、「ロシアはトルコを使ってクルド人がアサド政権との関係を改善するようにした」という見立ては正鵠を射ているといえるでしょう。もしそうなら、トルコはロシアの手駒として、自ら火を被ったことになります

「完全勝利」に近づくロシア

 「アサド政権によるクルド人勢力の支援」により、ロシアはシリアにおける「ゲームメイカー」として、これまで以上にその存在感を示したといえます。

 その一方で、ロシアが支援するアサド政権は、首都ダマスカス近郊の東グータでスンニ派民兵への攻撃を強化しています。民間人の死傷者が多く出ていることから、この攻撃も国際的な批判にさらされています。

 ただし、仮に今回クルド人勢力との関係を回復したシリア政府が東グータをも制圧した場合、既にISが征服地を激減させているなか、アサド政権とロシア、イランは、シリア内戦における「完全勝利」にさらに一歩近づくことになります

 これに対して、トルコとクルド人勢力に「二股」をかけ続け、結局どっちつかずに終始した米国は、中東最大の激戦地となったシリアでの内戦の終結に、ほとんど寄与できないことになります。

 大統領選挙期間中からトランプ氏は慎重なオバマ政権を「弱腰」と批判し、「米国を再び偉大にする」と豪語してきました。しかし、アフリンのクルド人勢力を支援するという「より強気な」トランプ政権の方針は、結果的に裏目に出たといえるでしょう。とはいえ、国内の「ロシア疑惑」などもあり、トランプ大統領には必要以上にロシアに対する厳しい姿勢を示したい動機づけがあります。

 そこで注目すべきは、米国が「ロシアがシリア内戦でのトロフィーを獲得したことを認めて静かに退場する」か、あるいは「ロシアの『完全勝利』を認めずに『IS対策』を理由にシリアへの関与を続けるか」です。前者の場合でも東グータなどで民間人の死傷者は出続けるでしょうが、後者の場合はさらにシリアでの戦闘が長期化することが懸念されます

 アサド政権とクルド人勢力の連携により、2011年から続くシリア内戦は今後の趨勢を左右する重要な局面を迎えたといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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