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羽生善治九段は飯島栄治八段に逆転負けで届かず 渡辺明九段が王位戦リーグ白組を制し挑戦者決定戦進出

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 5月14日。東京・将棋会館、大阪・関西将棋会館において、伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦・挑戦者決定リーグ最終5回戦がおこなわれました。

 白組の結果は以下の通りです。

渡辺 明九段(4勝1敗)○-●木村一基九段(3勝2敗)東京

羽生善治九段(3勝2敗)●-○飯島栄治八段(1勝4敗)東京

森内俊之九段(3勝2敗)○-●西川和宏六段(1勝3敗)大阪

 白組優勝の渡辺九段は5月30日におこなわれる挑戦者決定戦に進み、紅組優勝の斎藤慎太郎八段と対戦。勝者が藤井聡太王位と七番勝負で戦います。

渡辺九段、1敗対決を制す

 1敗対決の▲木村九段-△渡辺九段戦は、木村九段先手で矢倉に。後手の渡辺九段は玉側の銀を中段に押し上げ、桂を跳ねて速攻に出ました。

 駒がぶつかってから互いに端歩を突くなど、力のこもった中盤戦。互いに角を取り合って、形勢ほぼ互角のまま終盤戦へと入りました。

 渡辺九段は木村陣の中央から攻めかかっていきます。木村九段は渡辺陣の右側を破ったものの、渡辺玉は逆サイドに逃げ越し、一手の余裕を得る形となりました。

 最終盤の89手目、木村九段は10分を使い、相手の歩と金が利いているタダで取られるところに桂を打って王手をかけます。持ち時間4時間のうち、残りは木村4分、渡辺21分。

 渡辺九段は3分を使って玉を逃げました。これが正確な応手で、渡辺玉は詰みません。

 最後は渡辺九段が木村玉を詰ませて、19時21分、98手で渡辺九段の勝ちとなりました。

 この時点で渡辺九段はプレーオフ以上が確定。一方の木村九段はリーグ陥落が決まりました。

リーグ最終戦、最後の一局、劇的な結末

 王位通算18期を誇るレジェンド羽生九段。この王位リーグ最終戦でも鬼のように強く、参加した過去13回では12勝1敗という成績が残されています。

 44歳にして初めて王位リーグ入りした飯島八段はここまで4連敗。リーグ初白星を目指して、最後は羽生九段のプレーオフ進出がかかった注目される一番に臨みました。

 後手の飯島八段は横歩取りに誘導します。現在、この戦形はあまり指されなくなっていますが、羽生九段や飯島八段などが後手番で採用し、アップデートされ続けています。

 飯島八段は一歩を取られた代償に、馬を作ります。羽生九段は飛を初期位置に引き上げ、銀を繰り出して攻めていきました。

 コンピュータ将棋(AI)が示す評価値の上では羽生九段が少しずつリード。羽生九段がよい場面が多かったようです。

飯島「後手番で横歩取りをやろうと思ったんですけど。難しいと思ってたんですけど。わるくなったかもしれないんで」

 飯島八段が押し戻し、終盤に入ったところでは勝敗不明。そこからの羽生九段の指し回しが緩急自在で、再び突き放したかに見えました。

 両者ともに持ち時間4時間を使い切り、一手60秒未満で指す最終盤。129手目、羽生九段は龍で駒を取りながら飯島玉に王手をかけます。飯島八段は逃げる一手。評価値の上では羽生九段が勝勢でした。しかし互いの玉が詰むや詰まざるやの状況で、勝ちに至る手順は簡単ではありません。

 羽生九段は一度自陣に手を入れ、金底に歩を打ちます。対して飯島八段は金取りに香を打って迫る。ここでまた羽生九段は選択を迫られます。

 本譜、羽生九段は飯島玉を王手で追いながら合駒で桂馬を使わせる順を選びました。しかし飯島八段に粘られ、はっきりしません。

羽生「ずっと難しい感じで指していて。終盤に入ってからちょっと間違えてしまったですかね」「(129手目)▲4一龍△2二玉のところで詰みがありそうな気もしたんですけど。なかなかちょっと見えなかったというか。いやあ、ちょっと手が見えなかったですね」

  終局直後、羽生九段はそう語っていました。感想戦でもこのあたりは詳しく調べられています。

羽生「(134手目の局面で)あれがやっぱり詰まないと大変なんですかね・・・」「でも打ち歩詰めですよね。打ち歩詰めじゃないか。いやあ、それ詰まないと思ったんだよな」

飯島「最後△2五玉でそうか。ああ、そうですね。そうか。打ち歩詰めか」

 詳しい手順は盤上では並べられていませんでしたが、飯島玉を中段に追った際に、打ち歩詰めがからむ変化もあったようです。

 結論としては133手目、羽生九段は王手をせず、じっと桂を打って相手玉に詰めろをかけておけば、自玉は詰まずに勝ち筋だったようです。

羽生「いやあ、そうでしたか・・・」

 王位リーグの他の5局はすべて終わり、残されたのは本局のみ。そして劇的な場面が訪れました。

 羽生九段は飯島八段に龍を取らせて、飯島玉を受けなしに追い込みます。あとは羽生玉が詰むかどうか。

 羽生玉の上部は広く、一見、上に抜けられるルートが開けているようにも見えます。しかし148手目、飯島八段がタダで取られるところに打ち下ろした飛車が、詰将棋のような鮮やかな決め手となりました。

 飛車を取れば、上部へ逃げることができずに詰み。そこで羽生九段は飛車を取らずに玉を引きます。

 150手目。飯島八段は羽生玉の下、タダで取られる場所に金を打ちます。これも継続の好手。以下どう応じても羽生玉は詰みとなります。最後は盤上の駒がすべて飯島八段にとってうまくはたらく、ドラマチックな逆転となりました。

 羽生九段は取れる金を取らず、そこで投了。20時33分、今期王位リーグ、すべての対局が終わりました。

 飯島八段は最終戦で、値千金の白星を挙げました。

飯島「いろいろあったんですけど。また出直して、リーグ入り目指してがんばります」

 結果的には、飯島八段は羽生九段のプレーオフ進出を阻止し、渡辺九段の単独優勝をアシストしたことになります。

 羽生九段と飯島八段の通算対戦成績は、これで両者ともに3勝ずつの五分となりました。

羽生「いろいろ、一局一局、難しいというか、苦しい場面も多かったですし。また来年、それを生かしていけたらいいなと思います」

 羽生九段はリーグ優勝ならず。しかし1993年以来、リーグ陥落なしという記録は継続されています。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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