カーネル・サンダースはなぜマレーシアで嫌われたか――KFCを脅かすボイコットのうねり
- マレーシアではケンタッキー・フライド・チキンに対するボイコットの結果、100店舗が一時休業に追い込まれた。
- そこにはガザ侵攻でイスラエルを支援し続けるアメリカへの批判があり、マクドナルドなどその他の米ブランドもボイコットの対象になっている。
- マレーシアは「穏健なイスラームの国」とみられ、市場経済化や民主化が進んできたが、だからこそ反米ボイコットは拡大したといえる。
KFC100店舗が休業へ
日本でもおなじみのケンタッキー・フライド・チキン(KFC)を運営するYum Brand社は4月末までに、東南アジアのマレーシアで約100店舗を一時休業にした。
その理由をYum Brand社は「経済的な試練の状況」とだけ説明しているが、より具体的にはマレーシアで広がるボイコットの影響とみられている。
昨年10月からのイスラエル=ハマス戦争で多くの民間人が犠牲になるにつれ、多くの国ではイスラエル批判の論調が強まっているが、なかでもイスラーム世界ではこれが強い。マレーシア人口の60%以上はムスリムである。
批判の矛先はイスラエルだけでなくその最大の支援者アメリカにも向かっていて、アメリカの一つのシンボルであるKFCが標的になっているのだ。
マレーシアで展開するKFCの店舗は昨年末の段階で770にのぼった。そのうち100店舗が一時休業に追い込まれたとすると、ボイコットの規模の大きさがうかがえる。
マレーシアほどでなくても、同様の動きはパキスタン、インドネシア、アルジェリアなど他のイスラーム諸国にも広がっている。
なぜマレーシアで?
KFCの親会社Yum Brandの世界全体での売り上げは今年第1四半期に3%減少した。原材料価格の高騰など他にも理由はあるだろうが、ボイコットの影響がゼロとは思えない。
ボイコットが最も目立つマレーシアは東南アジアでも「穏健なイスラームの国」とみられてきた。
中東の多くの国と異なり、マレーシアは国際的に開かれた市場経済の国であり、同時に表現の自由や選挙もある程度は普及している。さらに1994年からはアメリカ軍と合同軍事演習も行なっている。
とすると、反米感情が高まることに違和感を覚える人もあるかもしれない。
しかし、市場経済や表現の自由が普及しているからこそマレーシアでKFCボイコットは広がったともいえる。
つまり、開放的な経済体制だからこそ世界各地から小売、外食産業も進出していて、KFCの店舗数でマレーシアは世界第8位である。だからこそ、ボイコットの動きが発生した場合のインパクトは大きい。
さらに、メディアや政治活動に対する規制が総じて強い中東各国と異なり、マレーシアでは政府などに対する抗議デモも少なくない。イスラーム世界におけるアメリカの軍事作戦が批判されることも珍しくなく、これまでも湾岸戦争(1991)、アフガニスタン侵攻(2001)、イラク侵攻(2003)などの際に反米デモが広がった。
こうした背景のもと、イスラエル=ハマス戦争をきっかけにマレーシアではKFCだけでなくマクドナルド、ユニリーバ、スターバックスなど、多くの米ブランドがボイコットの対象になっている。
とすると、マレーシアでは開放的であるがゆえに反米ボイコットが表面化しているわけだが、それは逆にマレーシアほど開放的でないイスラーム諸国で潜在的に広がる反米感情を暗示する。
ボイコットはいつまで続く?
ガザでの戦闘が収束しない限り、米企業へのボイコットは今後さらに拡大すると見込まれる。
マレーシア政府はイスラエルやアメリカとの関係を悪化させすぎないことを意識している。
現在クアラルンプールで開催されている防衛装備品の国際展示会に、アメリカ企業が予定通り参加したことは、それを象徴する。マレーシア国内ではイスラエル空軍にF-35ステルス戦闘機を提供する米ロッキード・マーティン社などの参加を批判するデモが広がっていた。
また、ボイコットが広がれば現地雇用の従業員のレイオフも増え、失業率を悪化させかねないことも、政府にとって頭の痛いところだろう。
ただし、政府の慎重な配慮は、かえって国内の反米世論を煽りかねない。
もともとマレーシアの若者の間には(アメリカを含むほとんどの国と同じく)現状への不満が広がっている。4月段階でマレーシアのGDP成長率は4.4%と堅調だったものの、近年では(やはり多くの国と同じく)高等教育を受けた若者の受け皿が減っている。
世界銀行の統計によると、昨年の若年失業率は10.66%で日本の約2.5倍だった。こうした背景のもとで国外移住を望む割合は5.5%にのぼり、世界平均の3.3%を上回った。
将来への不安が強い一方、若年層ほどネットを通じてガザの情報に触れる機会が多く、SNSなどを通じてボイコットの動きが広がりやすい。そのうえ日本と正反対にマレーシアでは、若年層ほど投票率が高い。
つまりマレーシア政府は、対米関係と国内世論の双方に配慮せざるを得ないジレンマに直面しており、KFCボイコットなど法に触れない範囲の反米活動は、好むと好まざるとにかかわらず容認せざるを得ないのである。
昨年末、マレーシアでイスラエル船の寄港が禁止されたのは、国内からのプレッシャーの強さを示す。
アメリカが直面する「グローバル化の逆風」
KFCをはじめ米企業に対するボイコットのうねりは、いわば「グローバル化の逆風」とも呼べるものだ。
これまでも商品のボイコットによって、外国への抗議の意思が表明されることはあったが、その多くは先進国とりわけアメリカで行われた。
それは単に世論の沸騰しやすいさだけが理由ではない。大きな購買力を背景に、外国商品を買わないことがその国に対するプレッシャーになると見込まれることも、アメリカでボイコットが発生しやすい背景になっていた。
第二次世界大戦直前の日本製ストッキング(当時の日本の主力輸出品は繊維製品、特に絹製品だった)の不買運動はその古典的な事例だ。
時にはその対象が同盟国になることもあった。2003年のイラク侵攻にフランスが反対した時にはフランス産ワインやチーズなどがボイコットの対象となった。
その裏返しで、アメリカの企業・商品へのボイコットはこれまで大きな影響をもたらさなかった。2003年のイラク侵攻の際、やはりイスラーム世界ではKFCやマクドナルドへのボイコットが発生したが、今回ほどのインパクトはなかった。
つまり、アメリカ市場はボイコットによって外国にプレッシャーをかける特権をもっていたともいえる。グローバル化によってアメリカの影響力が高まったことは、これを後押ししていた。
これに照らすと、KFCやマクドナルドの売り上げを左右するレベルのボイコットが世界各地で生まれていることは、アメリカがボイコットの逆風にさらされるようになったことを示す。その背景には、グローバル化の進展によって新興国が成長し、米企業の海外市場依存の度合いが高まったことがあげられる。
とすると、グローバル化の進展は米企業のチャンスを拡大させた反面、海外の反応に対するもろさも大きくしたことになる。ガザ侵攻は図らずも世界の大きな変化を浮き彫りにしたといえるだろう。