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トルコ国民投票の18のポイントとは:『独裁者』誕生のとき

六辻彰二国際政治学者
国民投票での勝利を宣言するエルドアン大統領(2017年4月17日)(写真:ロイター/アフロ)

4月16日、トルコで憲法改正の是非を問う国民投票が行われました。同日、政府は賛成票が51.5パーセントにのぼったと発表。エルドアン大統領は勝利を宣言しました。

これに対して、野党は選挙手続きに問題があったと抗議。しかし、トルコ政府がこれを受け付ける気配はありません。選挙結果はまだ正式に発表されていませんが、国民投票はトルコ国内の分断を印象付けました。

今回の国民投票では、主に18のポイントが争点となりました。いずれも、現行の憲法の条項を修正、あるいは加筆したものです。詳細は末尾にまとめてありますので、興味のある方は逐一ご覧いただくとして、ここでは要点だけを整理します。

大統領制の導入?

これまでのトルコの政治体制は、日本や英国と同じく、議会多数派の政党から首相や閣僚が選出される、議院内閣制でした。大統領ポストはこれまでもありましたが、これは国家元首としてのいわば象徴で、実質的な行政権は首相にありました。これはドイツやイタリアに似た制度です。

今回の国民投票では、大統領に行政権を持たせることが提案されました(第104条)。これにより、自動的に首相ポストは廃止されることになります。大統領は副大統領をはじめとする要職の人事権を握り、非常事態宣言の要件も緩和される(第119条)など、大統領に大きな権限が認められています。

しかし、そこで想定されているのは、米国の大統領制とも異なるものです。

米国の大統領制は、「いかに権限を集中させるか」ではなく、「いかに権限を分散させるか」に眼目があります。トランプ大統領の移民制限に関する大統領令が裁判所によって差し止められたり、オバマケアの撤廃が議会の反対で頓挫したりしたことは、その象徴です。厳格な三権分立こそ、米国の大統領制の本質といえます

これに対して、トルコの国民投票で示された提案は、三権分立をむしろ形骸化させるものでした

英国のメイ首相が総選挙の実施を発表したように、議院内閣制のもとで首相は解散権をもちますが、トランプ大統領は逆立ちしても連邦議会の解散・選挙を行うことはできません。これに対して、トルコの場合、議会だけでなく大統領にも解散権が与えることが提案されたのです(第116条の改正)。解散権という、いわゆる「伝家の宝刀」を持つことで、大統領の議会に対する影響力は強まります。

さらに、議院内閣制では与党党首が首相であることはいわば当然ですが、米国の場合、大統領が特定の政党の代表になることはできません。しかし、トルコの今回の改正案では、これまでの「大統領職にある者は政党との関係が断たれる」(第101条)という文言が削除されました。これにより、大統領が議会多数派の政党の党首を兼任することが、事実上可能になります。これも、与党を通じて、大統領の議会に対する影響力を強めるものです。

こうしてみたとき、今回の改正案は、議院内閣制の要素を残すことで、米国の大統領制よりも強い権限を大統領に認めるものといえます。

異論を抑える制度設計

今回の憲法改正を支持する立場からは、この改正案によって、むしろ権力の均衡が保たれるという主張が聞かれます。特に、議会による大統領への弾劾手続きが明確に示された(第105条)ことは、その論拠となっています。

しかし、その一方で、今回の改正案では、大統領選挙と議会選挙が同時に行われることも提案されています(第77、116条)。日本の衆参ダブル選挙などでもそうですが、一般的に、同時に行われる選挙で異なる党派が勝利を分け合うことは、ほとんどありません。

つまり、今回の改正案は、同じ党派の与党が大統領を弾劾するという想定に基づいているのであり、それは実際には不可能に近いことです。この点で、大統領と議会の党派が異なることが珍しくない米国と異なります。

さらに、今回の改正案には、議会だけでなく、裁判所の機能も弱める内容も含まれています。

特に、裁判官・検察官高等理事会(High Council of Judges and Prosecutors)は、その名の通り、裁判官や検察官などの司法関係者の人事権を持つ組織ですが、今回の改正案では、従来司法関係者の発言力の強かったその理事の人選が、大統領と議会によって握られることになります(第159条)。これによって、司法関係者を政府のイエスマンで固めることも可能です

そこには、エルドアン政権と司法の対立の歴史が反映されています。

2014年からトルコ大統領の座にあるエルドアン氏(2003-2014年は首相)は、女性が公共の場でスカーフを着用することを認めるなど、イスラーム化を進めてきました。格差などの拡大を背景に、救貧活動などを行うイスラーム主義組織への支持が広がるなか、エルドアン政権はトルコ独立以来の世俗主義を転換させてきたのです(ただし、イスラーム主義を強調する一方で、トルコ・ナショナリズムを鼓舞する国家主義者としての顔もある)。

これに対して、司法関係者は、独立以来の世俗主義の防波堤として、エルドアン政権としばしば対立してきました。今回の改正案は、大統領や政府の障害になるものを排除する傾向が強いといえます。

同様に、やはり世俗主義を重視し、イスラーム化を警戒する点で、軍は司法とほぼ共通していました。そのため、今回の改正案では軍法会議の廃止(第142条)などで、その独立性が弱められています。これは、一方ではシビリアンコントロールの強化ともいえますが、他方では政府の懸念材料を減らしたともいえます

「 弱さは腐敗する」

ざっとみただけでも、今回の改正案が、先進国の規準でいえば異常なほど大統領の権限を強化するものであることは確かです。

必ずしも政治的自由が保障されていない国が多い中東で、トルコでは定期的に選挙が行われ、報道の自由などもある程度保障されてきました。その一方で、最近では隣国シリアを拠点とする「イスラーム国」の対策や、そのシリアから流入した難民問題、さらにイラクやシリアでのクルド人勢力の活動の活発化と比例した国内でのクルド人独立運動の活発化など、危急の課題が山積しています。

その意味では、トルコで「強いリーダーシップ」を求める声が多くなっても不思議ではありません。米国トランプ大統領が国民投票での勝利を宣言したエルドアン大統領に祝意を伝えたことは、示唆的です。

今回の国民投票では、首都アンカラやイスタンブールなどの大都市だけでなく、クルド人の多い南東部でも反対が賛成を上回ったとみられます。逆に、エルドアン氏の地元である中部アナトリア地方や黒海沿岸、農村部、都市の低所得層の間では、賛成が上回ったとみられます。そこには、危機的な状況を背景にトルコ国民の間に、エルドアン氏という個人のカリスマ性やリーダーシップに対する期待や、その言動に自らを投影させた一体感、そして「エルドアンの邪魔をする野党政治家や司法関係者」への敵視が広がる様相を見出せます。

しかし、エルドアン政権の主な支持基盤である低所得層が、「邪魔な法律や組織をなくしさえすればリーダーが自由に行動できる(=そのリーダーと一体の自分たちのためにもなる)」と思ったとすれば、それは全体主義の兆候といえます。弱者が「自らを解放するため」に「強い権力を戴くことを厭わない」ことは、ナチスやソ連にも共通したメンタリティです。

冷戦時代、米国の哲学者エリック・ホッファーは共産主義体制に関連して、以下のように述べています。「権力は腐敗するとよく言われてきた。しかし、恐らくそれと同じくらい重要なことは、弱さもまた腐敗するということである。…彼らは邪(よこしま)であることより、弱いことを憎む。彼らがそうする力を手に入れたとき、弱さは見つかる限りの弱さを破壊する」。

現代の世界に目を転じると、BREXITやトランプ現象をはじめ、経済環境の悪化をはじめとする多くの課題に直面するなかで、現状変革を求める政治状況があふれています。少なくとも、今回のトルコの国民投票が、これらのリストに加わったことは確かといえるでしょう。

トルコ国民投票のポイント

(1)第9条 司法権

◆現行の条文

司法権はトルコ国民のために独立した裁判所によって行使される。

◆修正案

司法権はトルコ国民のために独立かつ公正な裁判所によって行使される。

(2) 第75条 国民大会議(国会)

◆現行の条文

トルコ国民大会議は普通選挙で選ばれた550名の議員によって構成される。

◆修正案

トルコ国民大会議は普通選挙で選ばれた600名の議員によって構成される。

(3)第76条 議員の被選挙資格

◆現行の条文

全ての25歳以上のトルコ人は議員に選ばれる資格を持つ。徴兵の義務を果たしていない者は議員として選ばれない。

◆修正案

全ての18歳以上のトルコ人は議員に選ばれる資格を持つ。(選挙時に)軍籍のある者は議員として選ばれない。

(4)第77条 選挙期間

◆現行の条文

トルコ国民大会議の選挙は4年ごとに行われる。

◆修正案

トルコ国民大会議の選挙と大統領選挙は5年ごとに、同時に行われる。

(5)第87条 国民大会議の義務と権限

◆現行の条文

トルコ国民大会議の義務と権限は、以下の通りである。法律の制定、修正、撤廃、閣議および議員の精査、閣議決定の認可、特定の問題に関する法を執行する命令の発布、予算の審議と採択、通貨の発行と開戦に関する決定、国際条約の批准。

◆修正案

トルコ国民大会議の義務と権限は、以下の通りである。法律の制定、修正、撤廃、予算の審議と採択、通貨の発行と開戦に関する決定、国際条約の批准。

(6)第98条 国民大会議の情報の取得および監督

◆現行の条文

トルコ国民大会議は質問、議会の問い合わせ、一般質疑、けん責、議会調査によって監督権を行使する。

◆修正案

トルコ国民大会議は議会の問い合わせ、一般質疑、議会調査、文書による質問によって監督権を行使する。

(7)第101条 大統領の候補と選挙

◆現行の条文

大統領は40歳以上で高等教育を終了した国民大会議の議員、あるいはこれらの条件を満たす、議員の被選挙権を持つトルコ市民から、市民によって選ばれる。大統領に選出された者が政党のメンバーである場合、その政党との関係は遮断され、国民大会議議員としての資格は停止される。

◆修正案

大統領は40歳以上で高等教育を終了し、議員の被選挙権を持つトルコ市民から、市民によって直接選出される。大統領に選出された者の国民大会議議員としての資格は停止される。

(8)第104条 大統領の義務と権限

大統領は国家元首である。行政権は大統領によって行使される。

大統領は副大統領と閣僚を任命、罷免する。

大統領は上級公務員を任命し、大統領令による任命の手続きと原則を統制する。

大統領は国家安全保障政策を示し、必要な手段を講じる。

大統領は行政権に関わる政令を発することができる。憲法で定められている基本的権利、個人の権利と義務、政治的な権利と義務は、大統領令によって規定されない。

大統領令と法律の間に矛盾がある場合、法律が優先される。

国民大会議が同じ内容の法律を制定した場合、大統領令は廃棄される。

(9)第105条 大統領の刑事責任

◆現行の条文

大統領がその権限に基づいて下した決定や命令に対して、憲法裁判所を含むいかなる司法機関も控訴できない。

著しい背信行為があった場合、国民大会議の3分の1以上の賛意に基づく発議と、4分の3以上の賛成により、大統領は弾劾される。

◆修正案

大統領の犯罪に対する調査の動議は、国民大会議の過半数の賛成によって行われる。

調査が開始された場合、調査は15名の委員会によって行われる。この委員会は、議席数に比例して、各党から選出されたメンバーから成る。

調査中の大統領は、選挙の決定を行えない。

大統領としての適性に抵触する犯罪があったと宣告された場合、大統領の任期は終了する。

(10)第106条 副大統領と閣僚

◆現行の条文

病気や外遊などによって大統領が一時的に不在の場合は、大統領が職務に復帰するまで、死亡や辞任などによって大統領職が空位になった場合は、新たな大統領が選出されるまで、国民大会議議長は大統領代理として行政権を行使する。

◆修正案

選挙後、大統領は一人以上の副大統領を任命できる。

何らかの理由で大統領職が空位になった場合は、45日以内に大統領選挙が行われる。

病気や外遊などによって大統領が一時的に不在の場合は、副大統領が大統領代理として行政権を行使する。

副大統領と閣僚は、議員としての有資格者のなかから、大統領によって任命される。

副大統領あるいは閣僚に任命された国民大会議議員は、その議員資格を停止する。

副大統領と閣僚は大統領に責任を負う。

(11)第116条 国民大会議および大統領の選挙

◆現行の条文

閣議が第110条で定められる信任票を得られなかった場合、あるいは第99条および第111条で定められる不信任決議で失職した場合、45日以内に新たな閣議が開催されなければ、あるいは信任を得られなければ、大統領は国民大会議議長の諮問に基づき、選挙の実施を決定できる。

◆修正案

選挙は、国民大会議の3分の2の賛成、あるいは大統領の決定により、行われる。

国民大会議選挙と大統領選挙は同時に行われる。

大統領と国民大会議議員の任期はいずれも5年。

(12)第119条 非常事態の管理

◆現行の条文

自然災害、危険な感染症の拡散、深刻な経済危機において、大統領が議長を務める閣僚会議は、国内の一部、あるいは全土において、6ヵ月を超えない範囲で非常事態を宣言できる。

◆修正案

戦争および戦争が避けられない状態、動員、国家と共和国に対する反逆、国家と国民の不可分性、憲法に基づく秩序や基本的権利、自由に対する広範な暴力、自然災害、危険な感染症の拡散、深刻な経済危機において、大統領は国内の一部、あるいは全土において、6ヵ月を超えない範囲で非常事態を宣言できる。非常事態令は官報で公開され、承認決議のために議会に提示される。

(13)第142条 裁判所の設置

◆現行の条文

裁判所の設置、義務、権限、機能と訴訟手続きについては、法令でこれを定める。

◆修正案

裁判所の設置、義務、権限、機能と訴訟手続きについては、法令でこれを定める。

軍事法廷は懲罰のためのものを除き設置されない。ただし、戦争状態における軍人の犯罪に関しては、軍法会議が設けられる。

(14)第146条 憲法裁判所

軍人は憲法裁判所から除かれ、そのメンバーは17名から15名に削減される。

軍事控訴院および軍事高等行政裁判所の名はこの条項から削除される。

(15)第159条 裁判官・検察官高等理事会

◆現行の条文

裁判官・検察官高等理事会は22名の常任理事と12名の理事代理で構成され、三つの会議を持つ。

理事は4年ごとに選出される。大統領によって4名の常務理事が、控訴院によって3名ずつの常務理事と理事代理が、トルコ司法学校によって1名ずつの常務理事と理事代理が、裁判官と検察官から7名の常務理事と4名の理事代理が、それぞれ選ばれる。

◆修正案

裁判官・検察官高等理事会は13名の常務理事によって構成され、二つの会議を持つ。

4名の理事は裁判官と検察官から大統領によって任命される。7名の理事は国民大会議によって任命される。法務大臣は理事会の議長であり、法務政務次官は常任理事である。

(16)第161条 予算

◆現行の条文

閣議は国民大会議に予算案を提示する。

◆修正案

大統領は国民大会議に予算案を提示する。

(17)憲法における表現の変更

この変更にともない、いくつかの表現や文言は新版に適応するよう、撤廃あるいは調整される。

(18)選挙の日程

選挙は2019年3月11日に行われる。それまで、現職の大統領と議員はその職務にある。議会が選挙の決定をした場合、二つの選挙が同時に行われる。

裁判官・検察官高等理事会の理事はこの法が発効して30日以内に選出され、40日以内にその職務に就く。

この法の発効にともない、軍事控訴院、軍事高等行政裁判所、軍法会議は廃止される。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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