もはや風前の灯火である。レストランでも見かけることはほとんどない。保護すべき食の文化遺産と言ってもいいとさえ思えてしまう。

タンシチューの話である。

100年と少し前、タンシチューは新時代の旗手だった。明治の文明開化で牛肉食が解禁され、洋食の勃興とともに時代の寵児とも言うべき存在となった。肉食禁忌の国で、牛の舌が人気になるとは肉好きで知られた15代将軍、徳川慶喜も驚いただろう(たぶん)。

130年前のレシピに書かれた3パターンのタンシチュー

1888(明治21)年に発行された「軽便西洋料理法指南」でもその存在感は異彩を放っている。同書に掲載されている"シチウ"は、牛肉シチウ、鶏肉シチウ、舌のシチウ、搗肉(つきにく)のシチウの4種。そのなかで唯一「舌のシチウ」だけが正肉でなく、しかも3パターンの味つけが紹介されている。

曰く「牛の舌(昔の用法の部と見合わすべし)二分くらいづつに切り、一人前二片の割合にてシチウのソースにて野菜と共に煮るべし。但しトマトソースにて煮、マコロニ(そうめん)を適宜に切り、共に煮れば極めてよし。又玉葱を刻み西洋酢にて煮、右の汁にて舌を煮込用ゆれば淡白(ルビ・あっさり)にしてよろしきものなり」とある。