日本において肉を食べるという行為が表向き認められるようになったのは明治維新のこと。だが、ブームやトレンドという一過性のムーブメントが、人々に広く受け入れられる文化になるには、いくつものステップが必要だ。

戦前生まれの人には肉が苦手な人や、肉自体は食べられても、レアやミディアムが苦手な人も多かったという。政治家や財界人のための会食用ツールだった洋食が庶民のものへと移行していったのは、1923(大正12)年に起きた関東大震災の頃。

この頃から、洋食のレシピは料理書だけでなく、新聞などでも本格的に紹介されるようになっていく。

90年前のレシピに、肉焼きの要諦は記されていた

1932(昭和7)年の朝日新聞の短期集中連載「簡易家庭洋食講座【4】」(6月30日付)には「ビーフステーキはこんな風に焼く」と「ビフテキ」の焼き方がていねいに説明されている。

うまく書けるかはわからないが、ここからは90年前の記事と現代にあふれる"一般的な"知見を比較して行きたい。

肉の選定

「いかほど焼き方に苦心なさっても肉そのものが悪くては決しておいしいビフテキは得られませぬ。その点日本料理における「塩焼」によく似ておりまして、材料の良否が大部分を占めることをご承知を願います」

ずいぶんと元も子もない導入だが、素材を見極めるのはいつの時代も重要なことだ。特に昭和初期ともなれば、肉の保存環境は現代とは比べ物にならない。悪い肉はより悪く、いい肉でも現在ほど最上のものは出せない。

その意味では「安物買い」に慣れた現代人の方が深刻かもしれない。消費者や流通に「コスパ」とか「とにかく安く」を要求されすぎて、多くの生産者は肥育にコストをかけられない。確かに調理技術は仕上がりを左右する。だがその一方でどんな技術も「材料の良否」を超えることは不可能だ。

調理とは目の前の素材に対するアプローチであり、現代のレシピに書いてある調理時間や分量はあくまで目安に過ぎない。

そしてこの90年前の新聞記事の「焼き方」が実はきっちり芯を食っている。古くとも、正しいアプローチをしている調理法は結構ある。基本に忠実な古いアプローチのほうが現代のあふれかえる情報の有象無象より役に立つ。

素材の大切さを説く真摯な姿勢や素材の純粋な味わいでは90年前のほうが優勢かもしれない。とはいえ、畜肉の保存や熟成技術、コールドチェーンのインフラなどは現代が圧倒的にリードする。第一ラウンドは10対10のイーブン。

ラウンド1採点結果 昔10:現代10

【肉の選び】

(イ)牛肉の上等部位たること

「筋の多い硬い部分でも高熱で煮るか、時間に長くかければ軟らかくなりますが、ビフテキやカツレツの如く極短い時間で仕上げる料理には絶対に望めぬことですから、ぜひとも極上等部位、例えばヒレー、ロース、ラムの如く結締織の発達してをらぬ極軟い部分をお求めください」

ヒレーはフィレ肉、ロースはサーロインやリブロース、ラムはランプを指す。「結締織」とは、「体を支持し、他の組織や器官の間を満たしそれらを結合する組織」のこと。言葉の定義としては細胞と細胞間質すべてを指すので、ここでは厚い筋膜や太い腱、また筋肉でもスネやソトモモのような筋繊維が発達した硬い部位の総称と考えていいだろう。

つまりそうした"スジ"を除いたフィレやロース、ランプといった柔らかい肉が大前提となる。当時は厚切り肉を休ませながら焼く技法はまだ国内では確立されていなかった。「極短い時間」で仕上げるなら、上記のようなやわらかい部位が選択肢となる。

確かに昔のほうが部位に対する提案は明確だが、各部位に対するアプローチは現代の方が多彩。このラウンドもイーブン。

ラウンド2採点結果 昔10:現代10

(ロ)古い肉たること

動物が死後一定時間に硬直し、また一定時間たつと緩解して軟らかになる事は申し上げるまでもなくご承知のことと存じます。故に新しい肉は硬く、古い肉は軟らかいということになります。一般の方々はこの使い頃の肉がなかなかお求め難いことでありますし、神経質の方は古い肉でちょっと光沢を失ったものは避けるような有様も見受けられますが、いま一層肉に対する認識を深めていただきとうございます

たまに雑誌の取材を受けるとき、こうしたニュアンスのコメントをすることがあるが、一般的にはこうした言はまったくと言っていいほど表に出てこない。単に見栄えのいい肉ばかり求める現代の一般消費者が自ら「肉を見る目」を失って久しい。90年前の記事はさらにこう続く。

一般に新しい肉は光沢があり、弾力にも富んでおります。古い肉はそれに反対しているわけです。誤解のないよう付け加えますが、古い程度は腐敗の前のことでアンモニヤ臭を発するようになったものの危険は申すまでもありません

現代でも「肉は新鮮なほどいい」という考えの人もいるかもしれない。もちろん古ければいいというものでもないが、最高に肉がおいしくなるのは一定期間寝かせた肉だろう。

ここで言う「古い肉」とは現代で言う「熟成」を指す。牛は現代の冷蔵設備なら、と畜から1~2週間が食べごろの柔らかさと旨味を獲得するが、そもそも魚食いの日本人が「寝かせる」という行為の意味を知ったのは近年のこと。

魚でも野菜でも「獲れたて」「鮮度」を珍重する日本人にとって、1~2週間寝かせることは当時「古い」以外の形容を持たなかった。そしてこうした考えは昭和の頃の「肉は腐りかけが一番うまい」という、絶妙に間違えた常識へとつながっていく。腐る直前ならまだしも、腐りかけを推奨するとは……そもそも味を論じる以前に危険である。

それでも、肉についての考え方だけでなく、肉の選び方の指標まで示している。現代でここまで踏み込んだ料理記事はなかなか見ない。

ラウンド3採点結果 昔10:現代9

(ハ)肉の栄養状態

なお牛肉は生前の飼料等が味に関係します。粗食させた牛には脂ぼうも少なく、繊維も粗く、味も悪いのですから肉の中に脂ぼうが入っているような肉(霜降ロースの如きもの)が大体において良いのです。

後半に対比の対象として「霜降ロース」が出てきていることから、ここでの「粗食」とは穀物を与えなかった牛、つまり現代で言う牧草肥育を指すのだろう。

もっとも時代を考えても、脂肪考察の比率は現代の霜降りとは遥かに異なるはずだ。現代では「A5」の脂肪の比率は50%超えが当たり前で、正肉の60%以上がサシという和牛も珍しくない。

だが、わずか30年ほど前、「A5」はリブロースでも脂肪交雑が約24%程度だった(※)。さらにその60年前の「霜降」となれば、サシなどはロクに入っていないのが当たり前。現代のように「未経産」を珍重しすぎることなく、農耕牛としてしっかり運動し、味の素地をその身に蓄え、農役を終えた後に給餌された濃厚飼料で筋間脂肪を蓄える。

「MR画 像(Magnetic Resonance Imaging)による牛枝肉の胸最長筋での脂肪交雑の評価」(1992)

そんな時代の「肉の中に脂ぼうが入っているような肉(霜降ロースの如きもの)」はどれほど味わい深かっただろう。運動もせずただ体重と脂肪を増やした、現代の一部和牛肉とは味香りともまったく別物だったに違いない。

そして「生前の飼料等が味に関係する」と言いきる強さよ! 現代ではメディアに関わる人間はおろか、生産者でさえ、飼料による味の違いを体感していなかったりもする。この1点において、90年前に軍配が上がる。

料理家が肉の味について語るとき、体感を伴う「飼料」にまで触れている時点で、90年前が優勢。現代において肉料理を提案される方は資料だけでなく、ぜひ体感を積み上げていただきたい。

ラウンド5 採点結果 昔10:現代9

調理編~肉の焼き方

(イ)切り方

縦肉にならぬよう(肉の繊維に添ふて切ることを縦肉といふ)厚めに切ります(七分ないし一寸くらいの厚み)。よくたたいたりもんだりなさるのを見受けますが、あれは新しい肉の場合、応急策として行ふので、上等の肉なら必要のないことです。