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新しい生活様式――New Normalをアップデートし続けるということ

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
(提供:preart/アフロイメージマート)

5月末の緊急事態宣言の解除以降、国や東京都は徐々に蛇口を開けるつもりだったのだろうが、クラスターの発生もあり、あっという間に第2波が広まってしまった。

しかし会食における「新しい生活様式――New Normal」のあり方は、いまだ「これ!」という決定的なものは打ち出されていない。感染を100%防止する方法が、いまだ確立されていないのだから仕方がない。

にも関わらず、8月に入ってから酷暑もあってか、スーパーや飲食店店頭で消毒をする人の数が減っているように見える。近所のスーパーの店頭で入店時にアルコール消毒する人の数を数えていたら、5月には8割を超えていたが、8月下旬には5割程度まで下がっていた。駅や商業施設の男性トイレでの手洗いの様子を見ても、明らかに緩んでいるように見える。

では飲食店で外食をする人の意識はどうか。7月上旬の感染再拡大期に「感染経路特定の難しさ 「認定陽性者」制度を確立できないか」という記事をNEWSポストセブンで書いた。

ざっくり説明すると7月上旬に行われた会食時、以下のような席次で座っていたXさんからAさんとBさんへの感染が起きたと見られるケースだ。XさんとBさんは旧知だったが、Xさんが遅刻したため、席次はAさんを挟んで以下のような並びとなった。

筆者作成
筆者作成

会食中、XさんはAさん越しに旧知のBさんに対してしばしば話しかけていたという。そしてXさんは翌日発熱。AさんとBさんは会食の4日後に発熱した。当初Xさんからの発熱報告がなかったため、他の5人はその直後、自己隔離&自費でのPCR検査に走ることになったが、本稿の本筋ではないので詳細は上記記事に譲る。

上記はひとつのケースでしかないが、それでもわかることがある。

・Xさんはマスクなし(食事中は全員マスクなし)

・XさんはAさん越しにBさんに、大きめの声で話しかけていた。

・Xさんは対面側とは面識が少なく、あまり会話をしていなかった。

・Xさんは頻繁に外食に出かけ、パーティなどを積極的に楽しむタイプ。

・傍から見て、特にXさんが不調のようには見えなかった。

・AさんはXさんの方をそれほど向いていない。

・エアコンは図の左から右へ流れていた。

・通常、この店は窓を開けているが、雨天のため窓は閉めてあった。

・直箸もあったかもしれないが、料理は卓上で加熱するタイプだった。

結果、PCR検査で陽性となったのはAさんとBさんのみ。つまり、感染の有無はXさんの行動に大きく左右されている。エアコンや窓の状態、直箸がどの程度有意に働いたかはわからないが、「近い距離で」「マスクなしで」「大きな声で」「長時間の」「会話(正確には受話)」は、飛沫感染のリスクが高くなるという見本のような事例だ。

「君子危うしに近寄らず」。どちらの立場であったとしても、このご時勢、誰と食事をともにするかという判斷は、慎重を期す必要がある。

食事と会話を切り分けることはできるのか

そう書くと医療従事者には「できる、できないではなく、やるのだ」とお叱りを受けると思う。もちろん「食事は食べることに集中し、会話は食事後にマスクをして」ということは、連日のようにメディアで専門家の先生方がお話されている。だが特に飲酒を伴い、少量ずつつまみが提供されるような店で、食事中のマスクの着脱は現実的には難しい。

まず大前提として、食事の現場でのマスクの着用には違和感がある。日本では諸外国に比べれば忌避感はまだ少ないほうだろうが、風邪や体調不良の象徴とも言えるマスクを着用して食事を楽しむことへの雰囲気としての違和感はあるだろう。

手順にも課題は残る。マスクの着脱の際、ひもを持ち、マスクの内側に触らないよう畳んで、専用のケースに入れるのがベストだとされる。そしてその都度手指消毒をする――。そう聞くと「そこまでして、外食したくない」と言い出す人が必ずいる。

それはそうだろう。確かに面倒くさい。

しかし望むと望まざるとに関わらず、当面、私たちは新型コロナウイルスがいる社会で行きていかなければならない。ならば、ウイルスを寄せつけない生活習慣をつけたもの勝ちだ。所属するコミュニティでリスクを低減するような行動を繰り返せば、行動は周囲に伝播する。自戒を込めて心がけたい。

サイゼリヤの「しゃべれるくん」が素晴らしい理由

できるだけリスクを低減したいが、現実との折り合いは確かに難しい。そんな雰囲気のなか、提案されたサイゼリヤの「着用したまましゃべることができる紙マスク」の「しゃべれるくん」が実に素晴らしかった。

何が素晴らしいか。「紙切れ1枚」ではあっても、自らのスタンスを示して線を引いたことだ。あのマスク1枚にサイゼリヤの経営理念が明確に現れていた。

サイゼリヤのHPで経営理念を見ると、「日々の食事」と「価値ある食事」に「提案と挑戦」を盛り込み、「毎日の暮らしの豊かさ」につなげていく。と明示されている。

https://www.saizeriya.co.jp/corporate/idea/idea/

「しゃべれるくん」はまさにその姿勢が反映された施策である。この1枚で店での感染拡大を防ぐことができれば万々歳だし、万一このマスクをした客の間で感染が起きたとしても、状況を限定できるし、次なる施策への改善材料とすることができる。

個人的にはこの「紙切れ1枚」が絶妙な案配だと思っていて、ちょっと大きな声を出すと紙が揺らいで、少々鬱陶しい。「しゃべれるくん」を着用しながら、食べて飲み、しゃべるなら少々声を抑え気味にする必要があり、結果として飛沫が飛ぶ範囲を限定するような狙いだったと考えるのは、少々うがった見方だろうか。

いずれにしても、未知なるウイルスの全貌が明らかになるまでは、それぞれが「できる範囲」での対策を打つしかない。

先日もNHKでこんなニュースが流れていた。

「手に持つマスク」 試作品で食事会 コロナ感染対策に 京都(8月26日 NHK)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200826/k10012583821000.html

置き場所をどうするか、などの課題はあるにしても、よりこまめにマスクの"着脱"ができるというメリットもある。無数のアイデアが投入されるうちに、「食事中にマスク」文化が定着すれば、封じ込めに一歩近づくはずだ。

実は春の時点で、海外でも同じような発想で新型マスクを開発している人がいた。

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編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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