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「アジア風邪」という差別的ナンバープレートに怒り噴出も、禁止できないワケ 米ヘイトスピーチ問題

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
波紋を呼んだASN FLU(アジア風邪)のナンバープレート。写真:TMZ.com

 アメリカで続いているアジア系住民への差別。

 最近では、“ASN FLU(アジア・インフルエンザ=アジア風邪)”、というメッセージが入れられている車のナンバープレートの写真がSNS上で拡散され、アジア系の人々に対する差別だとSNS上で怒りの声があがった。

「アジア人を憎悪するナンバープレートが怒りを巻き起こしている」

「心ない人種差別主義者だ」

「なぜ、車両管理局がこんなナンバープレートを許可したのかわからないわ」

 ちなみに、“ASN FLU"とは1956年に中国南西部で発生し、1957年から1958年にかけて世界的に流行したパンデミックのことである。しかも、その車には、新型コロナを「チャイナ・ウイルス」呼ばわりしたトランプ氏を2020年の大統領選で支持するステッカーも貼られていた。

 アメリカでは、特別料金を払えば、ナンバープレートに好きな文字を入れて車両登録をすることができるが、車の所有者は、“ASN FLU”というメッセージを入れたのだ。

 カリフォルニア州の車両管理局(DMV)によると、このナンバープレートが許可されたのは2006年、トランプ氏が「チャイナ・ウイルス」と呼ぶよりもずっと前に遡る。なぜ、車の所有者がその当時、こんな言葉をナンバープレートに入れたかは謎だが、アジア人差別が社会問題化している今、非難の対象になるのは必至だ。

 しかし、なぜ、車両管理局は、こんな差別的なメッセージ入りのナンバープレートを許可したのか? 当時の記録がないので、なぜ、許可したかは不明らしいが、車両管理局はこのナンバープレートを禁止することもできないという。

ナンバープレートは“政府のスピーチ”ではない

 その背景には、オジルビー訴訟に対して、カリフォルニア州の連邦地裁が下した判決がある。

 オジルビー訴訟とは、メッセージ入りナンバープレートを車両管理局に申請したものの、許可されなかったクリス・オジルビー氏が起こした訴訟だ。この訴訟には、同氏以外にメッセージ入りナンバープレートを拒否された4人の人々も加わった。

 彼らがナンバープレートに入れようとしたメッセージが許可されなかったのは、“ライセンスプレートには良識と品位に反する、不快感を与えるメッセージを入れてはならない”という車両管理局の基準に反したからだ。

 彼らはどんなメッセージを入れようとして、拒否されたのか?

 退役軍人であるオジルビー氏は、“OGWOOLF”という軍人時代のニックネームを入れようとしたが、OGは“original gangster”と解釈される可能性があるという理由で許可されなかった。Queer Folks Recordsのオーナーのゲイ男性は“QUEER”というゲイ男性を意味する言葉を入れようとしたが、その言葉は侮辱的だと捉えられるという理由で拒否された。Slayer(殺人者)というロックバンドのファンは、“SLAAYRR”という言葉を入れようとしたが、威嚇的で、アグレッシブで、敵対的と考えられるという理由から許可されなかった。

 しかし、2020年11月、オジルビー訴訟の判事は、ナンバープレートのメッセージは個人的な表現であって“政府のスピーチ”ではない、米国憲法修正第一条の「表現の自由」に違反するという理由で、車両管理局の基準を無効とした。訴えた5人の人々が勝ったのである。

 この判決があったことから、車両管理局は“ASN FLU"のナンバープレートを禁止することはできないとしたのだ。

 もっとも、オジルビー訴訟で判事は、車両管理局は、卑猥で冒涜的なメッセージやヘイトスピーチを含んだメッセージ入りのナンバープレートは「表現の自由」が規定されている米国憲法修正第一条による保護外にあるとして、拒否してもいいとも述べている。とすれば、“ASN FLU"はヘイトスピーチにあたらないのだろうか?

つり目はパワフルで美しい

 ちなみに、2017年には、アジア系アメリカ人からなるロックバンド“The Slants”が起こした訴訟が注目された。

 Slantsとは、つり目のアジア人に対する侮辱的な呼び方だが、米特許商標事務所は、人を侮辱する商標の使用は禁止されているという理由で、そのバンド名の登録を拒否した。そのため、バンド側は訴訟を起こした。アジア人の彼らがあえてアジア人である彼ら自身を蔑視するようなバンド名をつけたのにはワケがあった。バンドメンバーがそれについてこう話している。

「僕たちは、つり目は常にネガティブなことだと考えられる概念の中育った。子供たちはつり目をして僕たちをからかった。つり目を、パワフルで、美しく、誇りあるものに変えたかった」

 つり目は蔑視されるべきものではないと訴えたかったわけである。

 この訴訟で連邦裁の判事は、パブリックスピーチは人々を不快にさせる可能性があるという理由では禁止できないとして、彼らがバンド名を“The Slants”にすることを認めた。

 “ASN FLU”という言葉は、人々を不快にさせる可能性があったとしても、あくまで「表現の自由」なのだろうか? ヘイトスピーチにはあたらないのだろうか? 

 車両管理局は現在、ナンバープレートの規定やオプションを検討しているところだ。

(参考記事)

California ‘ASN FLU’ license plate sparks intense anger

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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