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バーバラ・ブッシュ元大統領夫人の死を喜んでバッシングされた大学教授は、その後...

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
「言論の自由」論争を巻き起こしたジャラール教授(写真はoxygen.comより)

 バーバラ・ブッシュ元大統領夫人の逝去直後、ツイッターで、「彼女は人種差別主義者だ」、「あの鬼婆が死んで嬉しいわ」と罵ったために大バッシングを受けたカリフォルニア州立大学フレズノ校の大学教授ランダ・ジャラール氏は、その後どうなったのか?(ジャラール教授の発言については、「あの鬼婆が死んで嬉しいわ」バーバラ・ブッシュ元大統領夫人の死を喜ぶ大学教授に非難轟々 をお読み下さい)

“トランプを絞首刑に”という発言も

 まず、ジャラール教授の支援に立ち上がったのは米国自由人権協会をはじめとする個人の権利と自由を守る7団体だ。大学側は“言論の自由では済まされない問題”だとして、ジャラール教授のツイッターの調査を開始したが、7団体は教授の発言は「言論の自由」に守られているという理由から、大学に調査の取りやめを呼びかけた。

 文学関係者たちもジャラール教授の支援に立ち上がった。バーバラ元大統領夫人の葬儀が行われた4月21日には、大学があるフレズノで文学フェスティバル(ジャラール教授も出席を予定していたが“暴言騒動”が起きたためキャンセル)が行われ、参加者たちが”表現の自由”の重要性を主張、ジャラール教授が脅威に晒されている状況はおかしいと訴えた。

 実は、この大学では、昨年4月、類似した騒動が起きていた。同校の歴史学講師ラース・マイシャック氏が、“アメリカの民主主義を救うためには、トランプを絞首刑にしなければならない”とツィートして、非難を浴びていたのだ。そのため、マイシャック氏は自主的に大学を休み、昨年秋からはオンラインのクラスだけを教えている。そのマイシャック氏も、今回の騒動でジャラール教授を支援、「大学側はジャラール教授を攻撃する人々の側についており、学問の自由を脅かすファシストに抵抗していない」と批判した。

未来のために過去に向き合う

 ジャラール教授も、遂に沈黙を破り、thecut.comの取材にメールで以下のように答えている。

「主張せざるを得ないと感じたの。みんなに歴史を思い出してほしいと思ったから。アメリカが取った行動はただ消えてなくなるようなものではないことを知ってほしいの。アメリカの行動はネガティブな結果を生み出したわ。未来をより良いものにしたいなら、私たちは過去に向き合わなければならないわ。バーバラを含めてブッシュ一族は、何百万人もの命を傷つけ、無きものにした政策を支持したのよ。

 バーバラ・ブッシュが人種差別主義者だったと言っているのは私だけではないわ。有色人種の女性たちの発言に、いつも目を光らせる人がいるのよ。こちらは正当な理由で怒っているのに憎んでいるという見方をされるし、不公平だと批判したら白人を人種差別していると濡れ衣を着せられるの。

 大学からは私のことを調査したいというメールは来てないわ。アメリカ合衆国憲法修正第一条の権利は、今は、これまで以上に守られなければならない時なのよ。大学は、たとえその批判が人々の考えに盾をつくようなものだとしても、批判ができる場所であり続けなければならないわ。

 私が終身雇用の身である事実を伝えたツィート“年収10万ドル以上得ていて、終身在職権を持つ教授だから、クビにはならないわ”を自慢だと捉えている人もいる。女性が自分の雇用に関して事実を述べると、たいてい傲慢だと言われてしまう。

 今私たちは問題人物がいることを嘆くといった話し合いが持てたらなあと思うの。でもむしろ、表現の自由という権利があることを嘆くようなことになってしまったわ」

 つまり、ジャラール教授としては、バーバラ夫人の逝去という機会に、ブッシュ政権が始めた戦争や人種差別などアメリカが抱えている問題をツイッターで赤裸々に議論したかったのだが、予期せぬ騒動を招いてしまったということか?

 一方、change.orgでは、ジャラール教授の即刻解雇を呼びかけるオンライン・キャンペーンが立ち上げられ、賛同者が署名を開始した。また、大学に寄付している人々も、ジャラール教授が解雇されなければ、寄付の取り下げを検討したいと話しているという。

大学側の判断は?

 そんな動きがある中、ジャラール教授を雇用している当の大学は最終的にどんな判断を下したのか? 同校学長のジョゼフ・カストロ氏は当初、彼女のツィートについて「“言論の自由”で済まされることではない」と非難したが、24日、以下のような発表をした。

「大学の法律顧問と話し合った結果、ジャラール教授は大学のポリシーには違反していないと判断した。教授の行為は無神経で不適切で、大学の恥となった。彼女のコメントは地元の多くの人々を怒らせ、生徒にも影響を与えた。恥ずべきコメントだったが、アメリカ合衆国憲法修正第一条の言論の自由に保障されている。アメリカ人としての、そして教育者としての我々の義務は自由に様々な意見を交換させることだ。我々がたとえその意見に反対であったとしてもだ」

 「言論の自由」という理由から、教授は懲戒解雇になることはなかった。

 この判断に対し、ツイッターでは早速、大学への“攻撃”が始まっている。同校を“リベラル大学”と揶揄しているツィートもある。しかし、今回の件では、リベラルな人々に限らず、コンサバティヴな識者の間からも「教授の発言は非難されるべきだが、“言論の自由”は守られなければならない」という声が上がっていた。ある意味、リベラルもコンサヴァティブも教授の“言論の自由”を支持したのだ。

 その一方で、教授の発言を心情的に許せないリベラルやコンサヴァティブもいる。前述のchange.orgでは、解雇に賛同する人々の数が米国太平洋時間4月26日22時現在73000人を超え、今も増え続けている。

 Remove Randa Jarrar from Fresno State University for Racist comments

 ジャラール教授は「言論の自由」という名の下、大学側からは守られたが、“人々が非難する自由”からは免れていないのである。

 結局のところ、今回の騒動の根底には憎しみがあるのではないか。憎しみが戦争や差別を生み出し、戦争や差別を体験したジャラール教授の憎しみが今回のツィートを生み出し、そのツィートがまた新たな憎しみを生み出している。“憎しみの連鎖”が起きているのだ。そして、そんな連鎖を断ち切ることができるのは、誰しも自分自身だけなのである。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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