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「ウイルス 、地獄に落ちろ」 リトル東京の寺放火 米で150%増、アジア系狙いのヘイトクライムとは?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
LAで開かれたヘイトクライム反対集会。写真:spectrumnews1.com

 悲しい事件が起きた。

 2月25日、米ワシントン州シアトルのチャイナタウンで、日系アメリカ人の教師ノリコ・ナスさんとナスさんの白人のボーイフレンドが41歳の男に襲撃されたのだ。男は、硬い物が入った靴下で二人を殴打。ナスさんは顔面と歯を広範囲にわたって骨折する重傷

を負い、病院に搬送された。頭を打たれて8針縫ったナスさんのボーイフレンドは「ターゲットは彼女の方だった。男は僕たちを殺そうとしていると思った」と襲撃された時の恐怖を話している。

アジア系狙いのヘイトクライムが150%増加

 ヘイトクライム(憎悪犯罪)のターゲットというと、アメリカでは主に、アフリカ系アメリカ人やヒスパニック系アメリカ人だ。しかし、今、全米の主要都市で、アジア系アメリカ人に対するヘイトクライムが増加している。

 カリフォルニア州立大サンバナディーノ校・憎悪・過激主義研究センターの調べによると、2020年、人口が多いアメリカの16都市で発生したアジア系アメリカ人に対するヘイトクライムは122件、これは前年比150%増という多さだった。中でも、ニューヨーク市は前年比833%増と激増した。

 もっとも、15の都市では、ヘイトクライム自体の発生件数は1845件から1717件へと平均7%減少した。ニューヨーク市でも、発生件数は前年の428件から265件に減少している。ところが、アジア系アメリカ人に対するヘイトクライムは増加しているのだ。

 「多くの都市で、最近増加していたユダヤ人に対するヘイトクライムを含め、ヘイトクライムは全体的に減少しているが、アジア系の人々に対するヘイトクライムは増加している。2020年は、アジア人に対するヘイトクライムという点では、今世紀最悪の年だ」と同センターのブライアン・レヴィン氏は懸念を示した。

LAリトル東京の東本願寺も放火される

 中でも、アジア系アメリカ人人口が多いカリフォルニア州はヘイトクライムの発生件数も多い。アジア系人権団体Stop AAPI Hateの報告によると、2020年3月から12月までに、アジア系アメリカ人をターゲットにしたヘイトクライムは2808件発生したが、そのうち43.8%がカリフォルニア州で発生している。それに、ニューヨーク州の13%、ワシントン州の4.1%が続く。

 カリフォルニア州ロサンゼルスでもヘイトクライムが増加しており、ロサンゼルス警察本部の報告によると、2020年、ロサンゼルス市ではアジア系に対するヘイトクライムが2019年の114%増に当たる15件発生した。

 しかし、ヘイトクライムの場合、警察に報告されないケースも数多く、英語を十分に話すことができないアジア系の人々は特に報告しないケースが多いことから、潜在的な件数はもっと多数いると推測されている。

 2月25日には、ロサンゼルスのリトル東京にある東本願寺ロサンゼルス別院が襲撃された。30代くらいの白人男性が柵を乗り越えて、高さ12フィートのガラス窓を石で叩き割り、灯籠を壊し、木製の提灯台に火をつけたのだ。1976年に建立されたこの寺で、こんな破壊行為が起きるのは初めてだった。

 事件の予兆を予感させる出来事も起きていた。2月18日、2人の不審者が寺に不法侵入、出て行くよう警告したガードマンを威嚇した。また、ある男がコストコのトラックに身を隠して寺の敷地内に侵入し、庭師のiPhoneを盗むという事件も起きていた。

30代くらいの白人男性に壊されたリトル東京の東本願寺の灯籠。写真:latimes.com
30代くらいの白人男性に壊されたリトル東京の東本願寺の灯籠。写真:latimes.com

中国人と間違われて被害にあう

 なぜ、アジア系の人々に対するヘイトクライムが増加しているのか? 

 ヘイトクライムが増加しているシアトルがあるワシントン州キング郡の副検事は、その理由について、「アジア系アメリカ人が新型コロナウイルス拡大の原因だと考えているアメリカ人が多いからだ」と話している。

 そんな偏見を抱くアメリカ人がいるのは、トランプ氏が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び続けたことが一因であると指摘されている。先日の退任後初演説の際も「中国ウイルス」と憚らずに呼んで中国を批判した。

 トランプ氏のこの呼び方が影響を与えたのだろう、前述のAAPIの調べでは、ヘイトクライムの被害を受けたアジア系の人々の40%が中国系アメリカ人だった。しかし、レイシストは同じアジア系であってもどこの国の人かまでは的確に判断できないことから、中国人と間違われた中国人ではないアジア系の人々も多数被害に遭っている。実際、韓国系アメリカ人の被害者は全体の15%を占めている。

 ロサンゼルスのコリアタウンでも、韓国系アメリカ人の空軍の退役軍人が2人の男から「中国ウイルス」という差別的な言葉を放たれ、殴られるというヘイトクライムが起きた。

 確かに、外見だけでアジア系の人々を何人か判断するのは難しい。先日、サクラメントの高校教師が、オンライン授業中に「目尻が上がれば中国人、下がれば日本人」とアジア人を差別するジェスチャーを行ってバッシングされたが、そんなひどいステレオタイプ化がされたのも、何人か判断する難しさからだろう。

60歳以上のアジア系高齢者がターゲットに

 また、アジア系の人々の中でも弱者がヘイトクライムのターゲットになっているという問題もある。女性が被害者となるケースは男性の約2.5倍。また、被害者の13.6%が20歳以下の若年層で、7.3%(126件)が60歳以上の高齢者なのである。

 サンフランシスコでは、チャイニーズ・ニュー・イヤーを目前に、高齢のアジア系の男性がヘイトクライムのターゲットとなり大きなニュースとなった。

 1月28日、散歩中の84歳のタイ人男性が19歳の男に押し倒され、頭を道路で打って2日後病院で死亡した。19歳の男は、殺人及び高齢者虐待の容疑で起訴された。

 1月31日、サンフランシスコ郊外のオークランドのチャイナタウンでは、91歳のアジア系の男性が、見知らぬ男性から押し倒され、道路に顔面が激突した。2人のアクターが犯人逮捕に繋がる情報に25,000ドルを提供するとSNSで発表した。(下の動画)

ウイルス、地獄に落ちろ!

 ちなみに、アジア系に対するヘイトクライムの70.9%以上が言葉によるハラスメントで、8.7%が肉体的暴力だが、高齢者はどんなヘイトクライムの被害を受けているのか? AAPIに報告されたケースをいくつか紹介してみる。

 「薬局に入店するのを待っていたら、建設作業員たちがわざと咳をし、つばを吐きかけ、斜めな目つきをして私をからかいました。誰も彼らに出て行けと言いませんでした」(カリフォルニア州オークランド在住の68歳)

 「ハードウエアショップにいたら、突然後ろから突かれました。その時の防犯カメラには、白人男性が私の背中上部に肘鉄を食らわせ、『黙れ、猿め。ばかやろう、中国人男、中国に帰れ。ここに中国ウイルスを持ってくるな』と罵っていました」(カリフォルニア州サンフランシスコ在住の67歳)

 「妻と散歩をしていた時、2匹の犬が襲いかかってきたのです。その犬の女性オーナーがやってきてこう言いました。『犬があなたたちを怖がっているのは、あなたたちが犬を食べるからよ。自分の国に戻ってよ』。それを聞いてショックを受けました。私は彼女にアメリカ生まれだと言いましたが、彼女はお構いなしで、犬をけしかけたことを謝りもしませんでした。僕は、車のライセンスプレートを撮影し、警察とアニマルコントロールの機関に通報、彼らは調査中です」(ワシントン州サマーミ在住の67歳)

 「夫と食料品の買い出しから歩いて帰宅する途中、横を通り過ぎる車の中から、3、4人の人々が、『ウイルス、地獄へ落ちろ』と叫んで来ました」(カリフォルニア州モントクレア在住の68歳)

アジア系高齢者を守る取り組みも

 アジア系の高齢者に対するヘイトクライムを防止するための草の根運動も始まっている。

 ジャコブ・アゼベードさんが、前述の事件があったオークランドで「コンパッション・イン・オークラインド」というボランティア活動を始めた。アジア系の高齢者が街を安心して歩けるよう外出の際につきそう活動だ。ジャコブさんはヒスパニック系アメリカ人だが、マイノリティーの人々は被害を受けているアジア系アメリカ人のために立ち上がらなくてはならないと感じたという。ジャコブさんの呼びかけはSNSで広がり、300人もの人々がボランティアに登録した。

 また、クラウドファンディングで、高齢者が携帯できるパーソナル警報装置の購入資金も集めた。

 地域ぐるみでアジア系の人々をヘイトクライムから守る取り組みは今後も高まって行きそうだ。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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