被災地に行っても僕には何もできませんでした──ボクシング元世界王者・長谷川穂積「今だから話せる」13年前の約束 #知り続ける
生涯成績41戦36勝5敗。 震災直後のゴンサレス戦の黒星を「もったいない」と長谷川は悔やむ。 「いまだにあの試合の映像をほとんど見ていないんです。何か違うんすよ。あれは僕じゃない。一生懸命勝とうという意思を持ってリングに立っていない。僕じゃないんです」 長谷川は「ただ……」と続ける。 「ボクシングを見る人は2種類いると思うんです。ひとつは井上くんみたいに、マンガのような別世界の強さを見るのが好きな人。もうひとつは、失敗や挫折からもう一度立ち上がろうとする自分の人生とボクサーを重ね合わせる人。両方が好きな人もいるはずです。きっと僕は、自分と重ねる側の人に愛されたボクサーだったんちゃうかな」
13年前に被災地で遊んだ子に伝えたいこと
2021年、長谷川はテレビ番組に出演した際、女川から手紙を送り続けてくれた人物とテレビ電話で会話をしている。その時、あの日かくれんぼをした彼の息子が就職して社会人になったことを知った。 「頑張ったんだな。もうそんなに経つんだなって気持ちでしたね。きっと、今どこかですれ違っても、あの日一緒に遊んだ子だとは気づけないと思います。ただ、どれだけ時間が経っても、震災のことは忘れられない。たった数日しか滞在していない僕ですら、あの日の蒸し暑さやにおいを覚えていますからね」 あの日一緒に遊んだ子どもたちに伝えたいことがある。 「もしあの試合に勝っていたら、母が最後に見た試合は僕が勝つ姿だったのにとよく思ったりしました。でも、過去は変えられない、どう頑張っても。だから、僕があの日遊んだ子どもたちに何か伝えられるなら、『もしも今が幸せやったら、それだけで十分じゃないかな』ということで。人生って、そういう日々を積み重ねていくことしかできないんじゃないかなって」 何ひとつ傷のない“無敗の王者”。きっと全ボクサーが憧れるだろう。 ただ、東日本大震災直後の敗戦を「もったいない」と悔やむ長谷川だが、同時に別のことも思う。 「……あの敗戦も長谷川穂積らしいというか。僕らしいのかな」 かつて“絶対王者”と呼ばれた男は、そう言って優しく笑った。
------------------------------- 長谷川穂積(はせがわ・ほづみ) 1980年12月16日生まれ。兵庫県出身。1999年にプロデビュー。2005年4月にWBC世界バンタム級王座を奪取して、5年間で10度の防衛に成功。2010年11月にWBC世界フェザー級、2016年9月にWBC世界スーパーバンタム級王座に就き、3階級制覇を達成。同年12月に現役引退。