絆はゆるくていい? 自殺の少ない町から探る生きやすさのヒント #今つらいあなたへ
互いを気にかけ合う精神やフラットに接する精神が根付いているからといって、「仲よしな感じでもなくて、むしろけんかもするんですよ。しかも20代と70代とかで」と岩本さんが言うように、意見がぶつかることもしばしばある。 旧海部町エリアで、一年で一番町が活気づくのが「大里八幡神社秋祭り」の時期だ。江戸時代からの伝統を引き継ぎ、船などの形をした7台のだんじりが4kmにわたる松原海岸を練り回る豪快な祭りである。 その準備や運営に岩本さんや消防団員らも携わるが、祭り当日は、まだ祭りを楽しみたいと残ろうとする参加者たちと、早く撤収をしたい運営側の言い争いが毎年のように起こるという。
「集団の中の人同士が外でもつながることで、人物評価がひとつに偏らない」
集団の中でそれぞれが言いたいことを言い統率が取れないといった話は、旧海部町出身で海陽町の町長である三浦茂貴さんからも聞いた。 「どんなコミュニティーの中にも、年齢差を気にせず言いたいことを忖度(そんたく)せずに言い合う空気が流れています。自分の子どもが小学生だった頃のPTAでは、それぞれが口々に思っていることを言うせいで、よく会議が長引いていました。先生が運動会の種目や時間配分をあらかじめ決めてくるけれど、それを全部ひっくり返して困らせていましたね。しかし最終的に決まったことは前向きに捉え、みんなで力を合わせてやり切るという風潮もあります」
「本心を言い合える空気や安心感」はどのようにして生まれているのだろうか。三浦さんは、町の人たちがそれぞれ小さなコミュニティーに複数所属していることに起因していると考える。 「僕自身は東京からUターンして戻ってきたら、いろんな団体に入れられました。消防団、商工会、青年団、そして朋輩組(ほうばいぐみ)」 朋輩組とは、江戸時代から続く旧海部町の相互扶助組織である。最初は18~25歳くらいの地元の若者らで「若衆(わかいし)」が構成され、30歳くらいまで祭りや正月の準備、冠婚葬祭の手伝いなど、住民の生活に密接した取り組みを行う。その後、下の世代に役割を渡し、自分たちは朋輩組となって老後まで付き合いを続けていく。