第165回芥川賞受賞会見(全文)石沢麻依さん「どう言葉をつくり上げていくか」
作品のあった場所の記憶
そしてあとは、やはり作品の中でテーマとなる、記憶というテーマですけども、私は特に古い美術を勉強していますので、今では作品というのは、よく展覧会として会場ごとに移動したりとか、空間を移動して、そして持って来られて、そしてたくさんの人に見てもらえますけども、一方で、もともとにあった場所とか、それがどういうふうに置かれていたか、あるいはそういうふうな、かつての、絵の、作品のあった場所の記憶、そういうものを扱い、そしてその当時、それを注文、依頼した人たちがどのような目でそれを見ていたのか。そういうものを追っていくわけです。 そうしますと、当然、現代の私たちが作品を見るというその視線と、昔の人が見る視線というのは、そこには距離感があるんですけども、しかしそこの両方、過去の人たち、まなざしを思いつつ、でも私たちが今これを見るってことの意義っていうのも扱っている。そういうものが、そういうふうな研究アプローチというか、そういうものに触れていくことで、たぶん作品には大きく影響を与えたとは思います。 そして最後のご質問ですけども、やはりそこから私は、過去と現在というものが、やはり当たり前と言ったら当たり前なんですけども、隔たりつつも途切れるものではなくつながり、そして現在にも続いて、さらに続いて、現在を巻き込みながらさらにこの先へと続いていくものっていう、その幾層にも、それが単なる糸のように、あるいは水の流れのように、単なる一方向の一方のようなものではなく、多層なものであると。そしてその多層なものを、今ここにいる私たちが、それをどう見ていくかっていうことを追っていきたいというふうに、それがたぶん次作以降も、私はそれを、これは難しいテーマだと自分でも思ってますので、考えながら取り組んでいきたいとは思っています。
今回の受賞についての思いを
司会:ありがとうございました。最後にお一方。じゃあどうぞ。 読売新聞:どうも、読売新聞の鵜飼といいます。おめでとうございます。 石沢:どうもありがとうございます。 読売新聞:群像新人賞受賞作で芥川賞っていうのは幾つかあるんですけども、最初は大庭みな子さんの『三匹の蟹』があり、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』があり、最近では、さっきの質問でもありますが、そういういわゆるデビュー作で受賞ということ、それともう1つ、先日、非常に高校時代以降に読んできた安部公房さんは受賞者ですけども、彼に影響を受けたという倉橋由美子さんとか高橋たか子さんは芥川賞を取っていないと。 その賞を今回1作目で取ったということに対して、先ほどいろいろな思いを語っておりましたけども、今まで読んできた先人たちのことを思いつつ、あらためて今回の受賞についての思いをお伺いできればと思います。 石沢:ご質問ありがとうございます。まずすごく、やはり私が触れてきた今、挙げてくださった3人の、私が影響を、例えば日本の古い作家の中で影響を受けた3人ですと、その方たちの、ずっと自分の中で、これ、本当に大きな跡を残した方々なので、自分はまだ到底、そこまで届いてないと。その人たちが目指して、本当に極めて、磨き抜いたものには全然届いていないというのは自覚しています。 ですが、やはり1人の書く者として、今、自分が、例えば時代も環境も異なるわけですし、例えば高橋たか子さんなどは、やはりエッセーなどを読んでみますと、高橋和巳さんの奥さま、妻という形で位置付けられて、なかなか彼女の作品だったり、世界だったりいうものが、なかなかそういうものが、結局、高橋和巳の影響があったんだろう、高橋和巳の手が入ったんだろうっていうふうな、そういう言い方をされたりなど、すごく書きたいのに、それをつぶしていく声っていうのもあったと思われると思うんですけども、私は今回、最初で本当にこんなに大きな賞をいただいてしまうっていう、すごく新人としては破格の恵まれた状況にあると思うんですけど、でもそれは同時に試されてる部分でもありますので。 今はただ、じゃあその3人を目指してとか、そういう安直な気持ちではなく、そういう方たちの声が、私の中でも一部引き継がれている。そしてその引き継がれた声を、私は今度、どういうふうに自分の中で膨らませて、自分の声をつくり上げていくか、言葉をつくり上げていくかっていうふうに考えていくべきではないかと思っています。