「誰もが被害者にも加害者にもなる」ビジャレアル・佐伯夕利子氏に聞く、ハラスメント予防策
「誰もが被害者にも加害者にもなる」。スポーツ現場におけるハラスメントの現状について、「一般社団法人スポーツハラスメントZERO協会」は、そのように警鐘を鳴らす。加害者は、かつての被害者だったかもしれないからだ。その負の連鎖を断ち切るために、自覚したほうがいい言動や心得はどんなことだろうか。同協会理事で、ビジャレアルCFの組織改革にも携わってきた佐伯夕利子氏に、具体例を交えて解説してもらった。ビジネスにも通じる“ハラスメント対策”は必見だ。 (インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=ロイター/アフロ)
トップクラブに求められる指導者像
――学生の強豪チームでは、高圧的で怒鳴るタイプの監督が少なからずいると聞きます。そういうチームが強くなる傾向は、日本的なものなのでしょうか。あるいは、海外でも同じように「従わせる」指導で強くなるケースもあるのでしょうか? 佐伯:たとえばバルセロナのU-12は同年代ではほとんどのチームに勝ちますが、バルサの指導者にそんな人は一人もいません。つまり、そういう指導が強さとイコールではないですし、ニアリーイコールでもないと思います。私がスペインで出会った育成年代の優秀な指導者たちはいずれも真逆のタイプでした。そのうちの一人は今、若くして校長先生をやっている教育者ですが、「怒鳴る」というツールを用いたのを見たことが一度もありません。「不安」と「恐怖」に感情がピン止めされた選手は、大人も含め、怒られることを回避するような行動しかしなくなるからです。人間は罰されたら、その感情を二度と味わわないために、プレーやピッチ外の行動、発言の場でも、大人が求めている答えを出し、いわゆる“お利口さん”で偽りの自分を演じるようになります。そういう結果を招くような指導者はこちらではまず採用されないですし、マーケットもありません。雇う側にも問題があると思います。ビジャレアルでも、時代の変化に合わせて人材要件は変わってきています。 ――ビジャレアルでは、指導者になる人材にどのような要件を求めているのですか? 佐伯:まず、最低限のルールを人として守れることです。「タイトルをいくつ獲得してきたか」で判断するのではなく、彼らのピッチ上の振る舞いを試合や練習風景も含めてチェックします。ただ、人間なのであまり良くない部分を見せてしまう瞬間もあると思いますが、それはクラブが責任を持って方向修正していきますし、指導者の学習や成長のサポートもクラブの役割だと思います。 ――ハラスメントの加害者にならないために、迷った時に立ち返るべき考え方や基準はありますか? 佐伯:指導者やスポーツという領域を超えて、人と対峙する時に私はいくつかの心得を自分の中で持っています。一つは「他者を裁かないこと」です。私たちは、ついつい他者をジャッジしてしまうんですよね。それから「相手を攻撃しない」。懲罰主義的に、相手を懲らしめるために何かをしたり、言ったりすることがないように意識を働かせるようにしています。相手が子どもでも大人でも、上司でも部下でも、そういう約束や基準を持って接することを推奨します。 ――ハラスメントを受けていた選手が、「あの時に怒られておいてよかった」とか「不条理なこと言われたけど、振り返ってみるとよかった」と、経験を肯定的に捉えることについてはどう思われますか? 佐伯:人間は常に記憶を上書きしていて、過去に起こったことに一つ一つ、意味を持たせないと生きていけない生き物です。特に、ネガティブな経験の場合は、その瞬間に間違いなく脳内からネガティブ物質が分泌されて、感情もネガティブになったはずですが、生きていくために記憶を正当化しようと本能が働いている状態だと思います。 だから、「あの時に殴られてよかった」などと言ったとしても、それは本当の感情だと思うし、彼らに責任や悪気があるわけでもありません。記憶が更新されていくプロセスの中で、「その指導方法がダメだった」と気づいても、葛藤しながらそういう発言に至ってしまうのだと思います。ただ、それも本質的には、強さとイコールではないと思います。