新型コロナウイルスの感染拡大で、雇用情勢が悪化している。完全失業者数は昨年11月時点で約195万人。前年同月比で44万人も増えた。非正規や派遣社員の雇い止めが指摘されるが、正社員でも解雇されるケースが増えている。会社からどのように解雇を告げられ、それをどう受け止めたのか。電機、ディズニーランド、飲食。当事者に話を聞き、実態を探った。(ジャーナリスト・岩崎大輔/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「被害相談村」を訪れた男性
2020年12月29日、冬日和の大久保公園(東京都新宿区)には八つのテントが並んでいた。日本労働弁護団らが開いた「年越し支援・コロナ被害相談村」だ。コロナ禍で解雇や雇い止めにあった人たちの相談を受けつけていた。
相談者の一人、東京・杉並区に住む草木聡太さん(仮名、38)は解雇の瞬間をこう振り返った。
「昨年4月29日、いきなり社長に呼び出され、『6月以降の契約はない』と告げられました。これから1カ月は出社せずに仕事を探してもよいから、とも。どうしようかと思いましたが、激務でクタクタだったので、『わかりました』と返しました」
草木さんが正社員として勤務していたのは社員十数人の都内の無線機器メーカー。昨年3月下旬の時点では、会社は東京都の要請に従い、できるだけ在宅勤務をするよう指示していた。システムエンジニア職の草木さんも、在宅への切り替えをイメージしていた。
「会社では無線機器のシステム設計のほか、テレワークの環境整備など、システムに関することはほとんど自分がやっていました。(会社に)貢献していると自負していました」
だが、社長の考えは違った。コロナ禍で業績が厳しくなったことを理由に、草木さんをリストラの対象とした。早期退職の呼びかけはなく、労働基準法20条で定める30日前の解雇予告のタイミングで解雇を通告した。草木さんが理由を尋ねても、社長は「業績が悪くなったのだから仕方ない」の一点張り。もともと業績は数年前から下がっていたため、解雇理由に違和感を覚えたが、会社を辞めることにほっとする面もあった。
「ワンマン社長のもと、長時間労働や責任の重圧で過労死するんじゃないかと思っていました。腰痛もひどく、ストレスによる睡眠障害もあって体はボロボロだったんです」
草木さんは通告を受け入れ、5月末で会社都合退職となった。現在、失業手当は月額約20万円。解雇から半年以上が経過し、起業も視野に入れつつ就職活動をしているが、まだ再就職できていない。
「面接には行っているのですが、自分の持病を心配され、『うちでは厳しいかもしれません』と断られる。コロナ禍で健康面が重視されているからでしょうか。失業手当が切れる3月までに何とかしないと......」
いまは友人に送ってもらったカロリーメイトと野菜ジュースを栄養にし、一日一食の日が続いているという。
夢の国での仕事が一変
総務省統計局の労働力調査によると、2020年11月時点の完全失業者数は195万人にのぼる。10カ月連続の増加で前年同月に比べ44万人も増えていた。「相談村」実行委員の棗一郎弁護士は、2008年のリーマン・ショックでは派遣切りが横行したが、今回のコロナ禍でも解雇しやすい非正規や派遣労働者を「雇用の調整弁」とする構図は変わっていないという。
「民主党政権の2012年に、派遣労働者を簡単に切れないよう日雇い派遣の原則禁止など労働者派遣法はいったん規制強化されました。ですが、コロナ禍のなか、やはり正社員より解雇しやすいアルバイトやパートといった弱い立場の人が、真っ先に声をかけられています」
苦しむ非正規労働者の中には、日本を代表するエンターテインメント施設で働く人もいる。
「ディズニーが大好きなので、いろいろな感情を抑え込んで仕事をしてきました。でも今回の休園で冷静になって立ち止まると、夢だけでは生きていけないんだなと思いました」
東京ディズニーランドで、ミッキーマウスなどの着ぐるみを着てショーやパレードに出演するキャラクター出演者を10年以上続けてきた鈴木花さん(仮名、30代)。ダンサーにはプロダクションに所属している人もいるが、鈴木さんはディズニーランドとディズニーシーを運営するオリエンタルランドとの直接雇用で、年間契約のアルバイト(準社員)だ。
テーマパークは政府から自粛要請も出されたため、ディズニーランドとディズニーシーは昨年2月29日から3月15日まで臨時休園となった。ただ、鈴木さんには会社から休園の連絡はなかった。
メールで連絡があったのは休園開始から2週間後のこと。それまで働いていた月給の6割は保障しますという休業補償の内容だった。メールは「読みました」というボタンを押すと、メールが表示されなくなってしまうシステム。一度しか読めなかったが、生活が厳しくなるというのは感じていた。
「私はそれまで週5日の勤務でした。時給1100円から始めて10年以上かけて1500円まで上がりました。それでも月収は20万円ほど。その6割となると、生活は相当厳しいだろうなと思いました」
突きつけられた三つの選択肢
当初、3月15日までだった休園は6月末まで延長された。休業補償は3月から9月末まで、通常勤務時の8割まで引き上げられた。ただし、鈴木さんは休業補償を6月末までしかもらっていない。7月1日からの営業再開でキャラクター出演者として復帰することになり、休業補償から外れることになったからだ。
園は再開したものの、入場者数は1日1万5000人程度に絞られることになった。出演者の労働時間も大きく削られ、鈴木さんのキャラクター出演は週2〜4日と制限された。その影響で、6月末までは休業補償で約15万円ほどだった月収が、7月以降は8〜12万円ほどに減った。
9月初旬、オリエンタルランドはダンサーやキャラクター出演者に対して、三つの選択肢を提示した。一つ目は契約の継続で、契約満了日の2021年3月末まで雇用は続くものの労働時間は短縮する(キャラクター出演者の場合、月50〜100時間)。二つ目は準社員として再入社し、販売や窓口などへ職種転換。三つ目は会社からの退職支援金80万円を受給したうえでの9月末での退職だった。三つの選択肢は労働者を守っているようにも映ったが、内実はもっと厳しかったと鈴木さんは語る。
「たとえば、二つ目の『職種転換して準社員としての再入社』ですが、ダンサーやキャラクター出演者は最低時給の930円からやり直すことになるのです」
鈴木さんをより不安にさせたのは、出演者契約を継続するにしても、職種転換して働くにしても、4月以降、キャラクター出演ができる確約がないことだった。
鈴木さんは18歳から年1回開催される4次審査まであるオーディションを受け続け、5年以上経ってキャラクター出演者の資格を得た。合格通知を見たときは泣いて喜んだ。だが、30代となったいま、あのオーディションに受かるのは「まず無理」と認識している。もし3月末で契約が切られた場合、再びキャラクター出演の仕事に就こうとしても、一からオーディションを受けなければいけない。だからこそ、4月以降、優先的にキャラクター出演ができる確約を求めているが、それは得られていない。
「メール内に『皆さんの出演場所を提供できない』という文面がありましたが、私たちを切りたいとしか思えませんでした」
結局、鈴木さんは「出演者契約の継続」を選び、残る選択をした。併せて翌10月から、オリエンタルランド以外の場で日雇いバイトにも登録した。工場で一日ラベルを貼っている日もあれば、目の前を流れてくる段ボールにせっせと荷物を詰める日もある。日給は約8000円。「ディズニーのような楽しさもないので、正直きつい」とこぼす。
コロナ禍で変転してきた日々を過ごすなか、「夢の国」への幻想を失ったという。
「会社は新しいアトラクションやホテル改築には何千億円も投資しますが、自分たちのような存在は使い捨てなんだなと。そんな感覚は漠然と抱いていましたが、今回のコロナによる休園ではっきりしたように思います」
ディズニー側からの回答は
今回、会社が示した三つの選択肢について、準社員らからどのような反応があったのか、オリエンタルランド広報部に尋ねたところ、個別の状況についてはお答えしていないと書面で回答があった。また、4月以降のキャラクター出演やダンサーの出演について優先的な雇用という要望があることについても尋ねたところ、下記のような回答だった。
「従前から出演者契約については、ショークオリティ維持の観点からオーディションに合格した方と契約を結んでおります」
出演者やダンサーから相談を受ける、労働組合「なのはなユニオン」委員長・鴨桃代氏は嘆息する。
「オリエンタルランドは正社員、嘱託社員約4000人の冬のボーナスを7割減らし、雇用を守ったといわれています。けれども、従業員2万6000人のうち8割を占める、東京ディズニーリゾートの現場を支えるキャスト(アルバイト、パート)には厳しい選択肢を突きつけました。アナリストによれば、同社は3000億円の現金および預金残高もあり、1年間客がゼロでもやっていける、という優良な財務体質のようなのですが......」
コロナが直撃した飲食業界
コロナによるリストラは、飲食業界でも起きている。
「コロナでどこまで耐えられるかと思いましたが、切られるのはあっさりしたものでした」
そう語るのは川崎市に住む高橋将吾さん(仮名、47)。都内の飲食チェーンで店舗マネージャーとして働いていたが、昨年6月に解雇された。
3月から学校の休校が始まり、企業のテレワークが推奨されだすと客が激減した。食器や座席の感染対策の業務は増える一方、バイトスタッフには勤務の抑制をしなければならなかった。
3月下旬に東京五輪の延期が決まり、小池百合子東京都知事から夜間の外出自粛が要請されると、「本当にお客さんが消えた」という。本社に売り上げの報告や食材の注文をするなかで、高橋さんは自身のリストラを想像しはじめたという。
「店の厳しい状況を妻に話すと、『転職するなら50歳になる前のほうがいいんじゃない』と、最初からやめるような言い方をされました。推奨しているのかなと思いました」
本社からの解雇通告
小学生の息子と妻と暮らす高橋さんが同社に転職したのは2015年のこと。過去に居酒屋チェーンで店舗マネージャーの経験もあり、店を任されるのも早かった。だが、コロナで事情は一変した。3月下旬、高橋さんより10歳近く若い本社の営業部長が、開店の1時間ほど前に店に現れると、「存続が危ないかもしれません」と告げてきた。高橋さんが振り返る。
「各店舗によって対応は違うものの、うちの店は一時的に閉める可能性が高いと営業部長に言われました。その前にまずこの店舗の調理担当を1人減らすことになるが、それは私から言ってほしいとも。調理担当は20代後半で仲が良かったので、この通告は心理的に重かったです」
高橋さんが「本社の判断」として調理担当に解雇を伝えると、「高橋さんは大丈夫なんですか」と逆に心配された。私もわからないと答えたが、4月下旬に再び営業部長がやって来た。
一時的な店舗の休業の通達とともに、「たいへん苦渋の決断ですが、経営破綻を免れるために解雇とさせてください」と頭を下げられた。そのとき、高橋さんは意外と落ち着いていたという。
「ニュースで厳しい状況の人を多く見ていたし、自分が調理担当者に解雇を申し伝えなければいけなかった経験も大きい。彼に伝えた仕打ちを自分が受けるのは、仕方ないことだろうなと思っていました」
高橋さんは退職後、物流の世界に飛び込み、現在は介護事業の契約社員として働いている。飲食業に長く従事し、こだわりもあったが、コロナの収束が見込めない以上、待っていることはできなかった。正社員を目指しながら、この変化を前向きに考えようとしているという。
「コロナ禍でエッセンシャルワーカーという職種が注目されました。どうすれば世の役に立つのかというのは、どうすれば食っていけるのかということにも近い。家族もいるので、まず身を守ることに集中したいと思います」
計算上は7.5万人の失業者発生
今年1月7日、緊急事態宣言が再発令された。東京都など1都3県は1カ月間、飲食業などの営業時間の短縮、不要不急の外出自粛などを要請した。これにより、当然、経済へのダメージは大きくなる。再発令によって通常時に比べて最大マイナス1.7兆円の家計消費が減り、GDPベースでは最大マイナス1.4兆円の損失が生じると第一生命経済研究所経済調査部・永濱利廣氏は見ている。
「問題は、この数字を近年のGDPと失業者数にあてはめると、計算上は7.5万人の失業者が発生するということです」
昨年12月末の東京商工リサーチの発表によると、新型コロナウイルスに関連する経営破綻は昨年2月からの全国累計で843件。ほとんどが中小・零細企業と報告された。今回の再発令で、さらなる被害が想定されると永濱氏は言う。
「もう非正規だけの話ではありません。リストラや借入金で何とか事業を続けている会社がこの先どこまでもつのか。会社が倒産、廃業となれば、もっと影響は広がります。雇用は経済の基盤。GDPや日経平均の数値よりも、雇用が失われないかどうかが大事です。経済政策の根っこは働きたい人に働く場所を与えること。政府はそれが維持できるかが問題でしょう」
仮に10万人以上の人が職を失えば景気の低迷は避けられない。感染拡大を抑えつつ、どこまで経済を維持することができるのか。政府の手腕が問われている。
岩崎大輔(いわさき・だいすけ)
ジャーナリスト。1973年、静岡県生まれ。講談社「FRIDAY」記者。主な著書に『ダークサイド・オブ・小泉純一郎 「異形の宰相」の蹉跌』『激闘 リングの覇者を目指して』『団塊ジュニアのカリスマに「ジャンプ」で好きな漫画を聞きに行ってみた』など。