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「感染させる人の約半数は無症状。若い人はリアリティを知ってほしい」――尾身会長の緊急メッセージ

2020/12/31(木) 17:20 配信

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感染拡大が止まらない。東京都は31日の新型コロナウイルスの新規感染者が1300人を超え、全国的にも高止まりしている。医療体制が崩れるなど、危機的な状況も懸念されている。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、若者への緊急のメッセージとして「このウイルスは誰でも感染するし、感染させる可能性もあることを知ってほしい」と発した。(ノンフィクション作家・河合香織/Yahoo!ニュース 特集編集部)

■感染を抑えられなかった「勝負の3週間」

──11月25日に政府が「この3週間が勝負」と訴えましたが、感染拡大が止まりません。

4月の緊急事態宣言の頃より、私は今のほうが強い危機感を持っています。このままでは、みなさんが空気のように当たり前のように感じてきたかもしれない、質の高い日本の医療が維持できなくなってしまう。医療体制が崩れると、社会の根幹が崩れてしまうことになりかねない。さらに、職を失う人も増えるかもしれません。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会・尾身茂会長(撮影:編集部)

──新聞などの世論調査では、政府の緊急事態宣言を再び求める声も高まっています。

いま緊急事態宣言を出しても、4月頃に比べて国や自治体の協力を得ることが難しくなっています。必ずしも、前と同じ効果が得られるかどうかはわからないと思います。4月の時点では、宣言を出すという行為そのものが、人々の行動を大きく抑制する効果があった。感染防御のため、みんなが協力して自分の仕事を休むなどしてくれた。だが、いま2度目の緊急事態宣言を出しても、あのときのような協力が得られる確証は今のところありません。

感染を抑えるために必要な対策についてリアリティをもって分析し、いま何が求められているかという中身を議論しなければならない。対策は、人々の協力が得られるものでないと意味がないと思います。

緊急事態宣言下の東京・渋谷(4月10日、写真:アフロ)

──効果的な対策は何でしょうか。

ウイルスの性質について、今はわかってきたことが多い。その知見からすれば、一律にすべての国民に自粛を要請するのではなく、リスクの高いところに重点的に対策を強化すべきです。つまり急所を押さえることです。

飲食店が感染の要素になるということは、膨大なデータから明らかになりました。以前のように夜の街だけではなく、昼間のレストランなどでも、マスクを外しての会話で感染の場となり得ることが明らかになった。時間や場所、お酒の有無にかかわらず、食事の場は感染のリスクが高いわけです。

──だから、感染を抑制するには飲食店に行くのを控えなくてはいけないのでしょうか。

確かにそうです。ただし、飲食店側からすれば協力したくても、経営上難しい面もあることはよくわかります。であれば、今まで以上に強力に経済的支援を行うべきだと思います。感染症で亡くなる人も、失業や休業で困窮する人も同じ命です。

「今の協力金では足りない」という飲食店は多い(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

■しっかり経済的支援をするというメッセージを

──営業時間の短縮要請やそれに応じた店への協力金を支援するなど、新型コロナウイルス特措法改正の議論もあります。

事業者に国が十分な協力金を手当てできる法律を制定する計画があるのなら、なるべく早く実行してもらいたい。それにより、しっかりと経済的支援をする強い意志が国にあるというメッセージが国民に伝わると、多くの事業者の協力が得られるのではないかと思います。これは政治の役割だと思います。

(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

──5人以上の会食を控えるように政府は呼びかけていたにもかかわらず、政治家が多数で会食している報道が相次ぎました。

議員が自ら大勢の会食をしていては、いろいろ我慢している市民はついていけないでしょう。もちろん議員の行動で感染拡大が起きたわけではありません。ですが、選挙で選ばれた人たちが宴会をがんがんやっていれば、市民はそれを大人数で会食してもいいんじゃないかというメッセージとして受け取るでしょう。

■約半数が無症状。誰でも感染させる可能性がある

──10代、20代などの比較的若い世代が感染を広めているという指摘があります。事実でしょうか。

はい、そういう傾向があります。しかし、私が強調したいのは、若い世代に責任がないことです。これはウイルスの特徴によるものです。若い人は感染してもほとんどが無症状で重症化しない。その結果、知らないうちに感染が広まっています。

ただし、若い人にはこうしたリアリティも知ってほしい。このウイルスは他の人に感染させる人の約半数が無症状です。知らないうちに家庭内に伝播し、家庭内の高齢者が高齢者施設に行くと、そこには基礎疾患のある人も多くいる。そうなると重症化する方が増え、結果的に医療の負担が減ることはない。

首都圏の医療機関(写真:ロイター/アフロ)

今はみんなが協力して、感染レベルを下げることが重要です。若い人たちには、自分たちの行動が苦境の日本を救う、おじいちゃんおばあちゃんを救うということをぜひ知っていただければと思います。

──社会のために行動を変えて欲しいということですね。

私自身の若い頃を思い出しても、自分のことで精一杯。せいぜい考えるのは自分の家族や恋人のことでした。だから、それを求めるのは難しいことだというのはよく理解しているつもりです。しかし一方で、日本の若い人も災害が起きれば、大勢が自発的にボランティアに行くわけですよね。誰かから強制されたわけでもなく、自ら困っている人を助けたいという気持ちもあるのではないか。それは責任感や道徳観や義務感ではない、もっと自然な思いかもしれませんね。

もちろん、すべての自由を諦める必要はありません。自分の人生を楽しみながらも、少しそういったリアリティに心を馳せてほしい。それだけで感染状況は変わってくると思います。

尾身茂氏。1949年、東京都生まれ。自治医科大学卒業後、地域医療に従事。1990年にWHO西太平洋事務局感染症対策部長等を経て、1999年WHO西太平洋地域事務局長。2014年地域医療機能推進機構理事長に(撮影:編集部)

──現状、政治に足りないものはなんでしょうか。

市民に痛みを伴う対策をお願いするのであれば、政治家自らが強い気持ちと具体的な政策を出さないと人は動かないでしょう。そして、国や地域の代表として、市民や医療を救いたい、今の感染拡大を食い止めたいということを心から訴えれば、人々は動いてくれると思います。

──いま耐えることで、年明けから感染は収まっていきますか。

年末年始に自粛すれば、人の動きが減るのでいったん感染者は下がるでしょう。だが、年明けに社会が動き出すと、再び感染が拡大する恐れはあります。その時にどうするかを今から考えておかなければなりません。市民へのお願いだけでは不十分だと思います。急所を抑えた早急な政策が必要です。

(図版:新型コロナウイルス感染症対策推進室(内閣官房)より)

※インタビューは2020年12月28日に実施


河合香織(かわい・かおり)
1974年生まれ。神戸市外国語大学卒業。2009年、『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で第16回小学館ノンフィクション大賞受賞。『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で2019年、第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第18回新潮ドキュメント賞受賞。

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