「例年の7〜8割のところまで、授業が追いついてきました」。10月上旬、東京都世田谷区立の小学校の男性教諭は言った。子どもたち同士の“教え合い”を増やしたり、学習アプリを導入したり。さまざまな工夫を重ねてきた。新型コロナウイルスによる3カ月ほどの休校で、「学力差が広がった」という声もあるなか、学校ではどんな取り組みがなされてきたのか。現場の教員や児童らに話を聞いた。(文・写真:笹島康仁/Yahoo!ニュース 特集編集部)
“教え合い”で進める授業
世田谷区立の小学校は3月から5月末まで休校となり、自宅でのプリント学習が中心になった。児童は週に1度、封筒に入った紙の束を渡され、1週間後に提出した際に次の課題を受け取る。この方法で新しい単元を学ぶのは難しく、どうしても復習が主になった。
「(6月の)学校再開の直後は、『時間数が足りない』と思いました」と、6年生を受け持つ男性教諭は話す。「でも、修学旅行などの学校行事がなくなった分、授業の時間を確保できた。今は例年の進度に追いつきつつあります」
限られた時間のなかでやりくりをしてきた。国語や理科を総合学習と組み合わせたり、電子黒板を使って板書の時間を減らしたり。中でも効果を実感しているのが、教諭のクラスでコロナ前から実施していた「子どもたち同士の教え合い」だ。
授業中、各自で問題を解く時間になると、できた人から席を立ち、分からずに困っている同級生の元で一緒に考える。「授業が分からない人にとって、全員の前で質問をするのは難しい。でも、1対1の関係ならちょっとした疑問も聞きやすく、対話の中で理解が進んでいく」と教諭は言う。
「一方、休校期間中に塾へ通っていた人は学習が先に進んでいました。そうした人にとって、全体に向けた授業は退屈ですが、誰かに教えることは理解を深めることにつながる。教え合いは双方にとっていい機会になっています」
クラスでは、昨年よりも「教え合い」の時間を増やした。授業の進みは速いが、内容を理解している子どもが増えている実感があるという。
この教諭のクラスに通う河田結衣さん(仮名)も教え合いの時間が好きだという。
以前は「教わる側」にいることが多かったが、友達からのアドバイスで理科の問題が解けたことで理解が進んだ経験がある。この経験をきっかけに学習が好きになり、今では「教える側」に回ることが多い。「教えることでより身につく」と感じているという。
教諭によれば、こうした工夫と努力で時間の効率化を図り、例年の7〜8割のところまで授業は追いつきつつあるという。
「このままのペースでいけば、年度末には6年生の範囲を無事に終えることができそうです」
社会科見学 オンラインで効率化
新型コロナウイルスによる休校などで遅れた学習を取り戻そうと、全国各地でさまざまな取り組みが行われている。
例えば、新潟大学附属長岡小学校。研究主任の倉石智幸さんは、社会科見学をオンライン化した。長岡浄化センター(下水処理場)と教室をオンラインで結び、現地の職員から解説を受けたほか、歴史博物館のストリートビューを活用して、遠隔で館内を巡る計画も立てたという。
「感染症対策に加え、現地で見学しようとすると移動時間も含めて時間がかかってしまいます。五感で感じる部分の弱さはありますが、現地で働く人の声はオンラインでも聞ける。学習を進める上では十分だったと思います。コロナをきっかけにICTの活用が進みました。実際の体験とバーチャルを組み合わせた学びを考えていきたいです」
同校では、道徳の授業での工夫もあったという。休校中には単元を進めなかった。「動画などを自宅で一方的に見る授業では、教員の考えを押しつけることになりかねない」と考えたからだ。学校再開後は、家で教科書を読んで考えをまとめる課題を出しておき、授業時間は子ども同士の議論に使っている。
倉石さんによれば、各教科で工夫を重ねた結果、休校による遅れは10月初旬現在、ほとんど取り戻すことができた。さまざまな工夫を広げるため、県内外の教員を対象にしたオンライン研修会も開催したという。
ICTで学習支援
ICTの活用は、コロナを機に一気に広がった。
福岡県春日市では、小中学校でのオンライン授業を4月から始めたうえで、「子どもたちの学習をサポートしよう」と、夏休み中の学習支援にも活用した。
中学校は市内6校中5校が、3年生の希望者に対して双方向型の授業や動画配信を行った。休校中と夏休みに配信した動画が約90本になった学校もあり、通信環境のない家庭にはDVDを配布したところもあった。
春日市学校教育課の中島翔平さんは「2学期以降はあまり活用していませんが、第3波が来ても学校の学びを止めないよう、ウェブカメラや貸し出し用のモバイルルーターなどを整備しています」と言う。
学習アプリを積極活用
民間の学習アプリの導入は全国的に広がっている。
前述の世田谷区では、授業支援アプリ「ロイロノート」を導入した。カードを組み合わせてパワーポイントのような発表資料を作ったり、教員や子ども同士のコミュニケーションができたりするアプリだ。アンケートや学習課題の配布・回収をすることもできる。
冒頭に紹介した男性教諭によれば、休校期間が明けてからも活用する場面が多いという。授業で使う教材や子どもたちの意見を共有することができ、各自の手元にある端末に表示することができるからだ。放課後、アプリを通じて子どもたちから質問が届くこともあるという。
「子どもとのコミュニケーションに役立っています。業務時間外の仕事になることもありますが、理解が遅れて、クラス内での差が広がるほうが大変です。最初は『操作が難しいのでは?』と心配しましたが、子どもたちはすぐに馴染んだ。大人の側で踏みとどまらず、見切り発車でもやっていくべきだと改めて思いました」
活発になった教員同士の「情報共有」
各地の‶工夫‶を共有する場も生まれている。その一つが、Facebookグループ「コロナ対応で困っている【先生たち】の情報共有グループ」だ。
「休校が始まった当初、大学の教員たちが比較的自由に動いたのとは対照的に、小中高の対応は遅かった。教員同士の横のつながりが少なく、情報共有が少ないことが原因だと思いました」とグループを立ち上げたインフィニティ国際学院の大谷真樹学院長は振り返る。
4月3日、大谷さんが教員同士の情報共有の場をつくろうとグループを立ち上げたところ、3日間で約1000人が集まった。オンライン会議の活用法やオンライン教材の作り方などが次々と投稿され、参加者も増えていったという。
グループには10月20日現在、4000人近くが参加している。ICTに詳しい保護者が学校の情報機器のセットアップを手伝った事例や、Zoomを活用して全校集会を開いた事例、感染防止に配慮した体育の形など、参加者の実践例が投稿されるほか、学校教育に関するニュースやイベントなどの情報も共有されている。
「前例があることを知っていると、管理職を説得しやすい。横のつながりの中で情報共有ができたことは大きかったと思います」と大谷さんは話す。一方で懸念もあるという。
「授業時間を確保しなければという大号令の中、コロナ前に戻ろうとする動きが始まっています。しかし、感染がこのまま収まるとは限りません。ICTの活用法も含め、学校教育の中で変えなければいけない部分が見えました。学校は変われるのか、重要な分岐点にあると思います」
ゆとりをつくる工夫も
教員への取材を続けていくと、「ICTで何でも解決できるような風潮に違和感がある」「行事がなくなり、勉強ばかりになっている」「子どもと向き合う時間が減っている。ゆとりがありません」という声も聞こえてきた。
子どもたちの異変を感じ取り、夏休み後から対応を変えた学校も少なくない。
福井市立至民中学校の小林真由美校長によれば、学校が再開した6、7月は「遅れを取り戻そう」と授業の進度を速めた。「講義型の授業が増え、生徒がじっくり考えたり、話し合ったりする時間が取れませんでした。学期末には生徒や教員が疲れていると感じました」と小林さんは振り返る。
そこで、夏休み中に2学期以降の計画を練り直し、感染対策で控えていた「話し合い」の場面を増やした。多くの生徒が楽しみにしている学校祭も開催した。
修学旅行も「感染防止策も含めて生徒自身が決める」かたちで実施。当初予定していた東京ではなく、県内を旅行先にしたり、医師にも同行してもらったり。生徒たち自ら工夫した。
小林さんは「いろいろな行事を進めていくことが、学校全体の活性化につながりました」と言う。
高知県越知町の町立越知小学校の竹内満(みつる)校長も「休校中にゲームばかりしていたのか、九九などの基礎的な計算力が下がっている子が目についた」と言うが、「今は学習の前提となる、心のケアが重要だと感じています」と口にする。
新型コロナによって経済状況を含め、家庭環境の変わった子どもがいる。マスクやフェースシールドの着用など、終わりの見えない「感染対策」にストレスを感じている子どもも少なくない。学校再開後、登校を渋るようになった子どももいたという。
そんな子どもたちのケアのため、竹内さんはスクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラーによる面談を積極的に行い、その回数は前年の2〜3倍に増えている。「不登校になる前に、予防的なケアが大事。気になった子どもには時間をかけて話を聞くようにしています」と言う。登校時間には地域住民が見守りに立ってくれるようになるなど、地域の協力も大きいという。
学校再開直後は国語や算数といった教科を進めることに力を入れたが、次第に「てつがく」の授業や、総合の時間、学校行事を戻していった。「さまざまな人と話し合ったり、学校外の大人と関わることは子どもの成長に必要」と考えているからだ。「子どもにとって、学校が楽しい場であるように」と毎週水曜日の昼休みの時間を延長したり、6年生の修学旅行は中止せず、日帰りにして県内で実施したりもした。
竹内さんはこう話す。
「学力はもちろん大事です。でも、だからといって子どもの心の安全を抜きに学力を高めようとしては、取り返しのつかないことになると感じています」
東京都内の公立中学校に勤める女性教諭も「しんどい家庭にしわ寄せがいっている」と感じているという。
あるひとり親の家庭では、3人の子どものうちの1人がPCR検査でコロナの陽性と判明し、きょうだい全員が登校停止に。母親も職場に出勤停止になり、経済面だけでなく、母親の精神面も不安定になったことがあった。
女性教諭は放課後などに生徒の横について一緒に勉強を進めるなどして、生徒の心情を受け止めながらの学習支援を続けている。
「できることをしたいと、お母さんからも話を聞く時間を増やしています。前年の忙しさが100だとすると、今年は200くらいにはなっています」
均等配分ではなく、適正配分を
「コロナへの対応を振り返ってみて、子ども不在の議論があまりにも多かったのではないでしょうか」と熊本大学教育学部の苫野一徳准教授は訴える。
「(1年間で教える内容をクリアすることなど)大人から見た『やらなければならないこと』を押しつけることが多く、子どもたちが何に困っているのか聞くことから始めた人たちがどれだけいたでしょうか。『横並び』を意識しすぎて、柔軟な対応ができなかった。『一斉に集まって、全員が同じことをする』という教育システムの限界が露呈したといえます」
多くの自治体で個別の対応がうまく進んでいないのは、平等や一律といった教育資源の「均等配分」を意識しすぎたからだと指摘する。
「必要なのは適正配分です。例えばオンライン化について、タブレットやパソコンなどの情報機器を同じように配布できないからといってオンライン対応をやめても、もともと教育資源のある家庭は自分たちで導入して先へ進むだけ。何もしないという選択は、格差を広げることになる。資源の足りないところに、教育資源を優先的に配っていくことが重要です」
「調査せず」は放置と一緒
教育資源の適正配分には、現状把握が欠かせない。ただ、「一斉休校があったにもかかわらず、まともな調査を実施した自治体はほとんどなかったようです」と早稲田大学の松岡亮二准教授(教育社会学)は指摘する。
「学校が休みになれば、教育に対する家庭の役割が大きくなり、出身階層や出身地域といった”生まれ”による格差は広がると考えられます。社会経済的に恵まれた家庭の多くは、休校期間中も塾の利用も含めて、子どもに勉強させていたでしょう。一方で、社会経済的に恵まれない家庭は、静かに勉強する場所、利用できるパソコン、インターネット環境などをもたない傾向があります」
「休校中にほとんど学習をしていなければ、学校で授業やテストが始まると、学習についていけず疲弊するのは自然なことです。『自分は勉強が苦手だし、そもそも好きじゃない』と思い込んでしまう子どもも出てくるかもしれません。コロナ禍の影響で親が減給、あるいは失職したことで、大学への進学という選択肢を自ら外す子どもが増える可能性もあります」
松岡さんは「コロナ後、自己責任論が強まるのでは」と危惧している。
「このままでは、大学進学に有利な家庭や地域であることを自覚せずに、『コロナでみんな大変だったけれど、私は頑張ったからいい大学に行けた』と感じる人が出てくるかもしれません。早いうちに2020年に何が起きたのか、子ども、親、教員、校長などを対象とした詳細な調査で実態を把握すべきです。現状が分からなければ、有効な対策を打つことはできません。教育行政がまっとうな調査をしないことは、現状を放置することと同じなのです」
笹島康仁(ささじま・やすひと)
記者。1990年、千葉県生まれ。高知新聞記者を経て、2017年に独立。高知県を拠点に取材を続けている。